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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第二十五話 連行先


「お? サムも来たのか。まぁいい、そこに座ってくれ」


 団長であるバルムのために張られた小さな天幕。そこに訪れるとバルムが簡易の椅子に座っており、その横にはすでに来ていたベノがはべっていた。


「いやぁ、さっきはすまなかったね? 一応、団員はそれなりに躾けているつもりだったが、やはり傭兵ってのはどうも根っこが荒っぽくて。気を悪くしたかな?」


 バルムの問い掛けに、クロは用意されていた簡易の椅子に座ってから軽く首を横に振った。


「別に。むしろ整列の仕方や団長なり副団長なりの言葉をあれだけ聴けているのなら上出来だと思う。勝手な想像だけど傭兵ってもっと我が強くて、上官の言葉さえまともに受け付けない連中の集まりだと思ってたから」

「く、クロっ」


 クロの明け透けな物言いに、思わず隣にいたサムが裏返った声を出す。

 当たり前だが入団したばかりの新人が、傭兵団の団長に向かって言っていい言葉ではない。


「ハッハッハ! ベノが言っていた通り、クロは怖れと言うものを知らないらしい。まぁ、俺としてもホッとしたよ。この程度でうちの団の奴らに嫌気がさしていたら――とてもではないがここでは使えないから」


 クロの言葉を一笑に付しながらも、バルムは鋭い視線を怖れ知らずの新人に向ける。


「自分の顔を斬ったのは少々思い切りが良すぎだろう。たしかに、クロがああでもしなければあの場は収まらず、クロとヴルドの一騎打ちなんてものになっていたかもしれないが……そうなればなったらでどうとでもできる。なんであんな真似を?」

「特に理由はないよ。入団早々にヴルドと戦うつもりなんてなかったし、俺が頬を斬れば場が収まるんであれば、手っ取り早いしそれでいいかと思っただけ」

「……なるほど。クロは自分の美貌よりも手間を惜しんだわけか……なんだかねぇ」


 バルムはクロの答えに拍子抜けしたようにベノへと一瞬視線を向け、大袈裟に肩を竦めた。


「まぁ、実際クロのおかげで場を収めやすくなったのは間違いない。あれで少しは団の奴らもヴルドも大人しくはなるだろう。だが、さっきも言ったが俺は正当な理由なく仲間を傷つける奴は許せないんだ」

「……もしかして、それは自分自身でも駄目ってこと?」

「当たり前だ。俺は自傷や自殺をする奴が大っ嫌いなんだ。自殺したいときは素直にそう言って欲しい。手っ取り早く俺がぶっ殺してあげるから」

「うわ、何だかめちゃくちゃだなぁ……了解、気を付けるよ」


 ニヤリと笑うバルムにわざとらしく身をすくめたクロは、自分の斬りつけた頬を軽くなぞった。その動きにつられたのか、バルムの傍に控えていたベノが身を乗り出してくる。


「サム、クロの頬の傷は完全に治りましたか?」

「いえ。塞がりはしましたが、白い跡になって残っています。おそらくは、どれだけ薄くなっても完全に消えることはないかと……」

「白い跡……ああ、たしかに残っていますね」


 クロの頬を食い入るように覗き込んだベノは、サムの見立てを聞いて眉をひそめた。


「本当にもったいないことをしましたね、クロ。それこそ、貴族や高貴な出自でも通用する見事な美貌でしたのに」

「問題ないよ、副団長。ギルに髪で戦うわけじゃないと言ったけど、顔で戦うわけでもないんだから。頬に大きな傷があれば勲章になると思ったんだけど、サムが奇麗に治しちゃってさぁ」

「馬鹿を言いなさい、まったく」

「それに……どうせこの白い跡も消えちゃうんだろうなぁ」

「うん? クロ、何か言った?」


 小さな声で呟かれたクロの言葉をサムが聞き返せば、クロは微笑を浮かべて首を横に振る。どうやら改めて言うほどのことではなかったようだ。


「それで? 団長がオレを呼んだのは、釘を刺すためだけだったのか?」

「いや。お前の人柄を知るためと、あとはまぁ少し聞きたいことがあってね」

「うん? なにかな?」

「クロはベルフィリス伯爵領の者だよな?」


 バルムの問い掛けに、先ほどまで顔に笑みを浮かべていたクロの顔になぜか緊張が走ったように思えた。


「……」

「うん? さっき自己紹介の折にそう言ったじゃないか? あれ、俺の聞き間違いか?」

「いや……うん。ベルフィリス伯爵領のレルーダの街でグラッツたちにスカウトされたから……それは間違いないよ」

「だよな? 良かった」


 クロの煮え切らないような反応に訝し気な顔をしながらも、バルムは話を続ける。


「実は、この山で捕らえた山賊ども……まぁ、どうやら帝国に雇われたごろつきどもらしいが……こいつらの処罰に苦慮していてね」

「なんで? 野盗や山賊は捕まれば死罪。手打ちにしてしまっていいんじゃない?」


 表情一つ変えずに残酷な提言をしたクロに、バルムは小さく苦笑して説明を任せるようにベノへ視線を送る。


「クロ、そう簡単にはいかないのです。一応ここはスラディア王国の領土内。ならば面倒ですが、スラディア王国の法に則って処断しなければならないでしょう。王国の人間でもない我々が勝手に私刑しては、面子めんつを潰されたと後々いちゃもんをつけられる可能性だってあります」

「へぇ? この山の持ち主は山賊を退治する気もなかったのに、そんないちゃもんをつけてくるかな? むしろ傭兵団はふもとの村人たちに感謝されると思うけど?」

「村人たちは感謝するでしょうけど、領主……いえ、領主代行はどうでしょうね? クロの話を聞く限り、あるいは山賊たちを放っておく現状を見る限り、どうもまともとは思えない……」

「なるほど、ね」

「それに、スラディア王国とベレエム聖国とてそれほど仲が良いとは言えません。むしろベレエム聖国の成り立ちを考えると、スラディア王国としては聖国の存在は面白くないでしょう」

「ああ。それはたしかに」


 ベノの説明に、クロは得心が言ったとばかりに数回首を縦に振る。


 ベレエム聖国はかつて、スラディア王国の辺境にある小さな領地に過ぎなかった。それが独立し領土を広げて自分たちと肩を並べるまでの大国となったのだ。スラディア王国としてみれば面白い話しではないだろう。

 現状はガルザー帝国という強大な脅威を前に友好関係を築いているが、それはあくまでも表向きだ。裏では色々な打算や思惑、感情が渦巻いているのは間違いない。


「領主代行が山賊や『月喰い傭兵団』の存在を知らなければいくらでも誤魔化せますが、都合の悪いことに『月喰い傭兵団(私たち)』が山賊退治におもむいたことを村人たちに知られています。きっと村人たちも領主代行に、私たちが山賊退治をしたことを告げるでしょう」

「それが原因でややこしいことになるかもしれないってことですね? 生け捕りにした山賊たちを領主代行の元へと連れて行くんですか?」


「自国の山で悪さをしていた賊を余所者が勝手に退治した」といちゃもんをつけらる前に、捕虜を引き渡して事前に話を通しておく方が無難だ。ベノがそう考えたのだと思いサムが問いかければ、


「いや――」


 思案気に俯いていたクロが何故か首を横に振った。


「……さっき言っていた通り、捕虜を連れて行っても領主代行が素直に納得するか分からない。だから団長はオレに「ベルフィリス伯爵領の者だったな」なんて確認したんだな? 団長はギレンレダ伯爵代行ではなく、ベルフィリス伯爵の元に捕虜を連行するつもりか?」

「おお、話が早くて助かる」


 クロの問い掛けに、バルムは嬉しそうに大仰に頷いた。


「俺としては、団の中から四、五名を見繕って山賊どもを連行させたい。だが、話を聞く限りギレンレダ伯爵代行はちょっと怖いな。大事な仲間が何されるか分かったもんじゃない。というわけで、お隣のベルフィリス領へと白羽の矢を立てたというわけさ。領地は違えどスラディア王国の伯爵には違いない。一応、話を通したことにはなるだろう」

「けど、それじゃあギレンレダ伯爵が「面目を潰された」となりませんか?」

「いや、大丈夫だろう。最悪そうなっても、面目を潰されたことになるのはあくまでもギレンレダ伯爵だけ。スラディア王国自体がベレエム聖国にいちゃもんをつける口実にはならないさ」


 サムの疑問に簡単に答えてから、バルムは改めてクロへ目を向ける。


「そこで、だ。クロ、お前に聞きたいんだが……ベルフィリス伯爵と言うのはどんな人だ? もちろん、領民からの評判や噂なんかでいい。山賊どもを連行して問題ないかが知りたいんだ」

「……私見でいいのであれば答えるよ。多分大丈夫だと思う。現当主はアーノルド・ベルフィリスって名前。真面目で実直な人だから、無辜むこの民や戦えない人たちを一方的に傷つける輩には容赦はしないけど、逆にそう言った奴らを懲らしめる人間には味方する。きっと傭兵団に感謝こそしても、妙な逆恨みなんかはしないと思うよ」

「ほう……なら、やはり賊を連れて行くのはベルフィリス伯爵領に決まりだな」


 俯き加減ながらクロの説明は随分と具体的で、バルムは背中を押されたようにすぐに結論を出した。


「しかし、ベルフィリス伯爵家か。スラディア王国でも代々戦の要とされる名門貴族だな。竜を国章に描くスラディア王国で、直系王族以外に唯一竜を用いた家紋が認められているはずだ」

「へぇ、凄い家柄なんですね」

「ああ。なんせベルフィリス伯爵家の始祖は竜だとも言われていて――っと、話が脱線したな」


 得意になってベルフィリス伯爵家について語っていたバルムは、我に返ったように顔の前で手を振ってから思い出したようにクロの方をみる。


「クロ。お前もよければ賊の連行に――」

「お断り」

「――そ、そうか。まぁベルフィリス領から来たばかりだしな……」


 にべもないクロの拒否に、バルムは乾いた笑みを浮かべて無理やり納得するように頷いたのだった。



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