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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第二十二話 団長と呼ばれる男


 グラッツとヴルドの殴り合いが痛み分けという形で一応の決着を見せる頃には、ベノやギルデークたちは山にいた団の面々とあらかたの情報交換を終えていた。


 お互いに顔や体の至るところをあざだらけにしたグラッツとヴルドの姿には、さすがの傭兵団の豪胆な面々も忌避きひするように視線を向けられないでいる。サムなどは二人を治癒しようと考えたのか近寄ろうとしたが、


「放っておきなさい。仲間内で争う馬鹿にはあなたの治癒はもったいない。馬鹿にかける治癒はないのです」


 ベノが見咎みとがめて制止してしまった。

 

 ここが戦場であったり決戦の前であったりすれば話は別だが、現状ではグラッツやヴルドの傷を今すぐに治す必要はどこにもない。二人は仲間内で争ったことによる見せしめとして、しばしのあいだ無様をさらしてもらうことにしたのだ。


「ところで、団長はどこに行ったのです?」


 非難染みた視線を向けてくるグラッツとヴルドをむしろ冷やかな目で一度見返してから、ベノは少しだけ苛立ちを含んだ声音で近くの団員に聞く。

 先ほどから一向に姿を見せない傭兵団のかしらに、少なからずヤキモキしているのだ。


「すみません、副団長。他の奴に洞窟の中にいる団長を呼びに行かせてます。結構時間が経ってるので、もうすぐ来るかと」

「そうですか。団長が来てから改めて皆に話さなくてはなりません。捕らえた賊を見張っている者以外は、この場に集まりなさい」


 ベノの一声によって、警戒していた者や雑談していた者、休んでいた者や事務的な会話をしていた者がぞろぞろと集まり不格好ながらも整列した。

 無論、その並びは歴戦の兵士のように洗練されてはいないが、それでも傭兵団と言う荒くれ者たちが集う組織にしては随分と様になっている。

 これは上下関係がしっかりとなされ、日頃から団長や副団長の言葉を傾聴する環境が作られていることの証左だろう。


 サムやギルデーク、グラッツまでもが列に加わり、クロもそれに続こうとしたがベノがその姿に待ったをかけた。

 団長が来てからクロを傭兵団に推薦するつもりなので、手間のないようクロをすぐ傍に置いておくことにしたのだ。


 ベノの隣と言えば整列した傭兵たちの真ん前。ちょうど傭兵たちと向かい合う形となっており、彼らから遠慮のない好奇に満ちた視線を向けられる。

 だが、フードの下に顔を隠したクロに、特に動揺したところは見られない。やはり、肝の据わった少年であるという思いをベノは強くした。


「おや? みんなお揃いでご機嫌だねぇ」


 そしてそこに鞘に納められた一振りの剣を左手で持つ、中肉中背の男が現れた。

 屈強な体つきの団員たちにせば、決してその男は大きい方ではない。

 引き締まった腕や膨れ上がった太腿など、よく見れば筋肉質であると気付くが、一見すればベノのような優男に近い印象を受ける。彼ほど整った顔つきをしているわけではないが、それでも童顔に分類される上品な顔立ちをしていた。知らぬ者が容姿だけを見れば、とてもではないが傭兵とは思わないだろう。

 

 その男は洞窟からゆったりとした歩調で進み出ると、列をなす傭兵たちを一瞥いちべつし小さな笑みを浮かべる。そうして列の先頭から無表情に見つめてくるベノに気付くと一層笑みを濃くし、


「やぁ、ベノ。久しぶりだね。任務、ご苦労さん」


 剣を持っていた手を掲げてねぎらいの言葉を掛けた。


「はっ。お久しぶりです、団長。ただいま帰還いたしました」


 そんな男に対し、ベノは足早に歩み寄ると膝と腰を折って、最大限の敬意を示す挨拶をする。いつものことなので居並ぶ団員たちは表情を変えなかったが、近くにいたクロが驚くような気配があった。

 傭兵団の副団長であるベノが、騎士のような礼をしたことに違和感を覚えたのかもしれない。


「相変わらず仰々(ぎょうぎょう)しいなぁ。そんなことをするのはお前くらいだぞ?」

「失礼、癖ですので」

「ふっ。なら仕方ない、か」

「ええ」


 男の呆れた顔にベノも薄い笑みを浮かべると、素早く身を起こした。


「団長、帝国が引き揚げたと聞きましたが」

「ああ。おそらくは『殲滅期せんめつき』による帝国内の都合だろう。斥候せっこうを出したが、少なくとも一日二日の距離に帝国兵がいないことは確認しているよ。つまり、我々は帝国兵の撃退に成功したと言えるね」

「では、現在は国境付近に脅威はないと?」

「斥候の話では、近くに四、五十人程度――小隊規模の野盗らしき徒党を組む一団を見つけたそうだ。が、以前からいた連中らしい。規模も規模だ。国境の残存兵力でも脅威にはならんだろう。我々が戻ってから改めて撃滅する予定だ」

「そうですか……」


 小隊規模の野盗の存在に引っかかりを覚えたが、しかし男の言うようにその程度は国境に残った兵力でも脅威にはなるまい。国境の村にはベレエム聖国から派遣されている兵と残っている『月喰い傭兵団』を合わせれば、野盗の十倍程度の数にはなる。

 これを脅威に感じるようでは、帝国兵を撃退することなど不可能だ。


「国境の安全を確認して、ここまで団を率いてきたのですね?」

「ああ。話に聞いたとは思うけれど、スラディア王国から聖国に渡ってくる旅人の苦情が多くてね。それに、任務の帰りにお前たちがこの道を通ると聞いてもいた。その前に露払いをしておこうと思ったんだが……どうやらいらぬ世話だったらしい」

「いえ、助かりました。ご配慮、ありがとうございます」

「なんのなんの。それよりも、護衛任務の途中で有望な新人を見つけてきたんだろう? そろそろ紹介してくれないか?」


 頭を下げたベノに片手を振ると、男はさっそく興味深そうにベノの背後にいるクロへと視線を向けている。ベノは苦笑しながらクロを手招きした。


「来なさい、クロ」

「……了解」


 この男が何者かであるかなど、クロとてとっくに気付いてはいるのだろう。しかし、少しも気後れすることなく堂々とした足取りで近づき、躊躇ためらうことなくベノの横へと並んだ。


「やぁ、はじめまして。俺は『月喰い傭兵団』の団長をしているバルムと言う者だ。少し、お話させてもらっても構わないかい?」


 そんなクロへと人の好い笑みを浮かべ男――『月喰い傭兵団』団長であるバルムは、握手を求めるように右手を差し出したのだった。



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