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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
22/55

第二十一話 合流


「……これは一体……」


 目の前に広がる光景を見て、クロが眉根を寄せて呟く。

 その声音には予想外な事が起きたためか、幾分いくぶんの緊張が混じっていた。


 今まさにおとしいれようとしていた山賊の拠点が制圧され、中にいたと思われる賊たちが洞窟の外で縛り上げられてたのだ。

 そしてその周囲で、屈強な体つきの男たちが警戒しながら何やら話し込んでいる。


「おいおい……なんだってここに主力が……」


 クロの隣に立ったグラッツも、状況が呑み込めずに首を傾げた。だがその声はクロのものとは違い、緊張感ではなく呆れを多分に含んだものである。


「よぉ、グラッツ。妙なところで会ったじゃねぇーかよ」


 そんなグラッツに気付いたように、話し込んでいた集団の中からひと際大きな身体つきの男が口の端を吊り上げ近づいてくる。

 その背丈はグラッツと勝るとも劣らないほど大きく、身体の幅も見事なものだ。顎鬚あごひげを蓄え、鍛え上げられた肉体のたくましさは目を見張るものがあった。

 背中にはこれまた大きな、長柄ながえつちを背負っている。


「ヴルド……一体これは何事だ? なんだってお前らがここに出張ってやがる」

「あぁ。スラディア王国から聖国に来た旅人の中に、「山で賊に金を巻き上げられた」なんていう奴が多くてな。俺たちが片付けてやることにしたのさ」

「だが国境沿いの守備はどうなる? ガルザー帝国を前に手薄にはできないだろう?」

「へっ。ここから国境は目と鼻の先だ。そんなに時間はかからねぇ。それに帝国の奴らは今は引き揚げてんだ」

「引き揚げた? なんだってまた……」

「忘れたのか? 今は五の月……帝国は『殲滅期せんめつき』の準備に入ったんだろうぜ」

「……なるほど」


 ヴルドの口から飛び出した『殲滅期』という言葉に、グラッツはあっさりと納得した。しかしグラッツの傍にいたクロは、物言いたげに彼の袖を引っ張ってくる。


「うん? ああ、『殲滅期』っていうのはだなぁ――」

「『殲滅期』なら知ってる。ガルザー帝国にある金銀が採れるサファード鉱山に大量の魔物が湧き、年に一度帝国がその対処に追われる時期のことだ」

「お、おう」


 どのように説明をしようかと首を捻ったグラッツに、クロがその必要はないと言わんばかりに応えてみせた。グラッツとしては鷹揚おうように頷く他ない。


「それより、さっき「主力」って言ったか? つまりここにいる戦力が、『月喰つきくらい傭兵団』の全てってことか?」

「いや、さすがに全戦力は言いすぎだ。念のために国境に残している奴らもいるんだろう。ただ一目見た限り、団でもそれなりの奴らがそろっているのは間違いない。おいヴルド、団長は来ているのか?」 

「あぁ、来ているぜ。だがなんだ? そのチビは。妙なもん連れてきてんじゃねーよ」


 ヴルドはにらむようにフードを被った姿のクロを見下ろし、吐き捨てるように鋭く言った。その凄み方は、大の大人でも怯んでしまいそうな威圧感だ。

 

 しかし例のようにクロは一度首を傾げ、何でもなさそうに再びグラッツの服を引っ張った。


「なぁ、このおじさんは誰だ?」

「こいつはヴルドっていう団の中でもそれなりの手練れ――」


 クロにヴルドのことを紹介しようとしたグラッツが言葉を言い切る前に、クロはグラッツの傍から一歩退いた。

 そして今までクロがいた場所にはまるで岩のように大きな拳が突き出されていた。


「ヴルド……」

「口の利き方を知らねぇ餓鬼がきだな。腹立たしいことに、勘だけはいいらしい」


 突然の暴挙に呆れた目をヴルドに送れば、当の本人は忌々しそうに自身の拳をあっさりとかわしたクロへ顔を向けていた。

 

「やめろ、ヴルド。こいつはクロ。俺がスカウトした傭兵団の新入りだ。仲間に手ぇ出すんじゃねぇよ」


 クロとヴルドの間にグラッツが割り込むように立ち塞がれば、団の中で唯一視線が横並びとなる偉丈夫が敵愾心てきがいしんきだしにして睨み付けてきた。


「仲間だと? 頭湧いてんのかグラッツよぉ? こんな餓鬼に何ができるってんだ?」

「多分、お前が思っている以上にいろいろできると思うぞ」

「はっ、ほざけ。だいたい、団長はおろか副団長だって認めねぇーだろう。俺だって認めねぇ」

「お前には残念だが、すでに副団長の了承は得ている。団長が来てるってんなら話は早い。さっそく団長にも許可を得るとするさ」


 グラッツが皮肉気に肩をすくめて言ってみせると、ヴルドは少し離れた場所でこちらの様子を観察しているベノたちへと視線を向けた。


「すでに了承済みだと? 副団長は気でも違ったか?」

「副団長はクロの能力を総合的に見て団に相応しいと考えたんだろうさ。もちろん、俺もそうだ」


 落ち着いた声音でグラッツが諭せば、ヴルドはやはり険しい目をグラッツへ送る。そしてしばし睨み合いが続き、やがてヴルドはグラッツの背後にいるクロへと目を向けた。


「……おい、餓鬼」

「なんだ、おじさん?」

「このっ――けっ。どんな手を使ったのか、どうやら副団長もこの脳筋馬鹿もテメェを高く評価しているらしい。だが、団長に認められると思うなよ? あの方は合理的で実力主義だ。けっしてテメェを過大評価することはねぇ」

「そうなんだ? ありがとう」

「……なぁ、グラッツ。やっぱりこいつ殺してもいいか?」


 クロの淡々とした声の調子がかんに障ったのか、ヴルドが拳を握りしめてこめかみに青筋を浮き上がらせる。


「やめろ、ヴルド。クロもこいつをあおるのはやめろ。ヴルドはギル以上に頑固で物分かりが悪い。おまけにキレやすくてどうしようもない奴なんだ」

「よしっ! グラッツ、テメェからぶち殺してやるっ!」

「いってぇっ――お前、本気で殴りやがったな? 上等だぁ、おらっ! やってやらぁっ!」


 こうして約一週間ぶりとなる団との合流は、何故かグラッツとヴルドの殴り合いをもたらすことととなった。


――そしてそれは、『月喰い傭兵団』においては割といつものことであったりするのだった。

 


お待たせいたしました。

今後はもう少しペースを上げられるかと思いますので、よろしければ今後もお付き合いください。

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