第二十話 疑念
戦闘で生き残っていた二人の山賊を縛り上げて転がすと、合流した『月喰い傭兵団』一行はすぐさま情報の交換を行う。
「この山賊が帝国に雇われたならず者? なんで帝国はそんな回りくどい真似をしたんでぇ?」
ベノから話を聞いたギルデークは、まるで話が見えないとばかりに首を傾げた。クロは何やら考えるような顔つきをしている。
「むろん、各個撃破が目的です。この山で待ち伏せ、団から離れ少数である我々を確実にたたくためだったのでしょう」
「なら、なんで自国の兵を使わねぇんで? ならず者を雇うよりもよっぽど早いですぜ? 腕も確かだろうし……」
「おそらくは、大事になるのを避けたかったんじゃないか?」
ギルデークのもっともな疑問に、考え込んでいたクロがベノよりも早く顔を上げて応えた。
「大事?」
「ああ。帝国兵がこの山で山賊まがいの真似をしたり、聖国所属の傭兵と戦闘になったりしたことがスラディア王国に知れたら戦争になる可能性もある。そうなれば、帝国は聖国とスラディア王国の両方に戦争を仕掛けられる大義名分が発生するんだ」
「クロの言う通りです。いくら強国と言えども、ベレエムとスラディアの両国を敵に回しては勝ち目も薄い……ベレエム聖国に小競り合いを仕掛けている帝国としては、スラディア王国をあまり刺激したくなかったのでしょう」
「なるほどなぁ……たしかに雇った山賊なら、仮に王国に捕まっても帝国は無関係を貫けばいいってことか。ならず者どもがいくら「帝国に雇われた」って言ったところで、証拠がなければ話にならねぇーしな」
クロとそれを補足するベノの言葉によって、ギルデークが納得したように頷いた。そして自分なりに呟いて考えをまとめる。
「私が尋問した男は帝国の人間のようですね。素性についてはなかなか強情でしたが、帝国の士官であることを吐かせました。どうやらその男が手配書を頼りに、サムの正体を見破ったようです」
「……すみません。あの男の声かけに、まんまと返事をしてしまいました。せっかくクロが、危険を冒してまで先に偽名を名乗ってくれたのに……」
落ち込むサムの肩を、クロが拳で軽く叩いた。
「気にするなよ。オレもなんとなく嫌な予感がしただけなんだ。奴らが本気で『月喰い傭兵団』を狙っているかは半信半疑だった」
「けど君は、入ったばかりで敵に情報がないのは確実。なのに咄嗟に偽名を名乗ったのは、僕に偽名を使わせるためだったんだろう?」
「まぁな」
「……すみません」
「だから気にするなって――そうだ、副団長」
再び頭を下げたサムに、クロは苦笑しながら首を横に振った。そして表情を一変させると、鋭い目をベノへと向けた。
「山賊は依頼人――つまり帝国に標的以外を襲うのは禁じられていたみたいなんだ。俺たちにもご丁寧に名前を確認してきたくらいだからな。それは悪評が広まって山賊退治に王国や領主が乗り出すのを危惧したからだと思う。誤魔化せるとはいえ、捕らえられた山賊から帝国の名前が出るのを万が一にも避けるために……」
「ええ、おそらくはそうでしょう」
「帝国はそこまで考えて立ち回っている。なら当然、行き当たりばったりでここで待ち伏せしていたとは思えないんだ」
「でしょうね」
「なぜ、帝国は副団長たちが護衛任務で団を離れることを知っていたんだ? この道を復路に選ぶことは予想できたかもしれないけど、行きは別の道を通ったんだろう? 帰りもその道を選ぶ可能性だってあったのに、山賊たちは見越していたかのようにこの山に待ち伏せていた。それも、一週間も前だ」
「ええ」
淡々と話すクロの言葉を聞き、ベノも同じように淡々と相槌を打つ。
しかしそのやりとりを傍から聞いていたグラッツは、自身の脳裏にとある可能性が浮上してくるのを止めきれなかった。
「おまけに山賊たちは傭兵団の手配書を持っていた。オレ以外の四人――商人の護衛でスラディア王国に訪れたあんたたちの情報を向こうは正確に知っていた。これってつまりさぁ……」
「――聖国に内通者がいるってことか?」
首を傾げてベノを見上げるクロに、ベノが頷く前にグラッツの口から抑えた低い声が漏れ出る。
その言葉に、サムとギルデークがハッとしたようにグラッツを見た。その目は驚きに見開かれており、とても信じられないといったありさまだ。
「グラッツの兄貴……ほんとかよぉ? 冗談だろう?」
問いかけるギルデークの眉間には深い皺が刻まれ、
「う、嘘ですよね? たしかに最初は聖国のお偉方とは対立したりもしましたが……まさか今になって帝国に『月喰い傭兵団』の情報を売るなんて……」
窺うようなサムの声は心細そうに震えている。
これまで貢献し、拠点を築いてきた聖国に裏切られるなどと言うことは考えたこともなく、またそんなことはありえないと疑ってすらいなかったのだろう。
二人のその反応が、如実にそう物語っていた。
「帝国の間者が紛れている可能性だってあるし、聖国の連中だって全員が俺たちを快く思っているわけじゃねぇ。そういう見方もあるって話だが――今は何とも言えねぇ。その話は頭の片隅に留めておけ」
「ええ、そうですね。今我々がすべきことは山賊の拠点を叩くこと……考察は後からでもできますから――いいですね、クロ?」
「……了解」
ベノの鋭い口調と視線に、クロは肩を竦めて頷く。その様子を見ていたグラッツには、ベノが「これ以上は余計なことを言うな」とクロに釘を刺したようにも見えた。いや、おそらくはそうなのだろう。
ベノはきっと、これ以上の話を今はすべきではないと考えたのだ。
「ギルデーク、サムを守りなさい。これから賊の拠点に乗り込みます。どうやら奴らは、山頂付近の洞窟にいるようです」
「了解でさぁ」
「洞窟……ああ、あの小さな洞穴か。よくあんなところに二十人も……」
山賊の拠点に心当たりがあったグラッツは思わず呟いた。
山頂付近にある洞窟は、この道を以前通った際に宿代わりとして入ったことがある。とても狭くて十人はいれば十分なように思える狭さだった。
「基本的に四、五人が通行料を巻き上げ、その場所の近くで十数人が応援に待機。そして残った山賊どもが洞窟に籠っているという役割分担なのでしょう」
「あまり快適とは言えないなぁ……まぁ、賊どもの事情なんてどうでもいいが」
雨の日や夜間などに苦労が多そうではあるが、同情してやる気も起きない。むろん、手心を加える気にもならない。相手の狙いがこちらである以上、完膚なきまでに叩き潰すまでだ。
そもそも村人と約束した以上、見逃すなんて論外だ。
「さて、残りの賊どもはわずかでしょうが、油断は禁物ですよ? 全員、心して拠点に向かいましょう」
ベノの注意を促す言葉に、それぞれが気を引き締め直すように頷いた。
そしてクロが投げたナイフを回収したり、捕らえた山賊が逃げ出せないことを確認したりして準備をしっかり整えてから、ベノが尋問して聞き出した山賊の拠点へと向かう。
そして辿り着いたその拠点は――しかし。
「……はぁ?」
両側から削られた満月の旗を掲げる集団によって、ものの見事に占拠されているのであった。




