第十九話 見立て
「こほんっ。お話はすみましたか?」
グラッツが煙草を唇で挟んで弄んでいると、背後からベノが咳払いをして話しかけてきた。
その傍にはサムがおり、驚いたような表情でギルデークと彼に抱き着くクロを見ている。グラッツは苦笑いしながら煙草を仕舞い直した。
「……ああ、見ての通りさ。どうやらだいぶ、仲良くなったようだ」
「いやいや仲良くなったって……ギルさん、すごく嫌がってません?」
「ククク。それでもああやって一応は抱き着かせているのです。どうやら随分と打ち解けたみたいですね」
「いや、あれは単純にクロの力が強くて振りほどけないだけだろうがな……」
「ところで――」
ベノはグラッツの台無しな見立てを聞き流すように周囲を見やり、死屍累々と言った有様の山賊たちに眉根を寄せる。
「遠目で見ていましたが大した腕ですね、彼は。グラッツ……」
「なんだ?」
「正直に言いなさい。あの少年と……クロと戦って勝つことはできますか?」
突然、離れた所にいるクロやギルデークには絶対に届かないよう小声で聞いてきたベノに、グラッツは小さく首を傾げた。
「なんでそんなことを?」
「いいから。間近で彼が戦う姿を見た、あなたの意見が聞きたい」
再度促され、グラッツはその声音でベノの本気を悟った。
「――十中八九、俺が負ける」
「えっ?」
グラッツの答えに、サムが驚いたような声を出し、慌てて自らの掌で口を塞いだ。ベノの表情は変わらなかったため、半ばグラッツの答えを予想していたのかもしれない。続きを促すようにグラッツを見ている。
「あの身のこなしに人間離れした力。おまけに剣の腕もいい……へっ、『剛腕』のグラッツが力で負けてるんじゃあ、勝ち目はねぇよ」
おどけるようなグラッツの言葉は、しかしこれでも本心だ。
グラッツは自己流に研鑽を積んだ剣術を、恵まれた体格から生み出される力によってより優れたものに昇華している。当然その戦い方の肝は人並外れた膂力だ。抜きんでた腕力によって、自分よりも剣の腕が優れた相手を倒し、今日まで生き抜いてきたのだ。
そんなグラッツにとって、クロの存在は驚異的といえよう。
客観的に見て山賊たちを屠ったクロの実力は、剣術においてもその腕力においてもグラッツを圧倒していたのだ。
これでは勝てる道理もない。
「……なるほど」
納得したように頷き、ベノは目を細めてグラッツへ視線を向けた。
「では、私と彼――戦えばどちらが勝ちますか?」
その眼に「嘘偽りは許さない」と書かれていたため、グラッツも真っ直ぐに見返して本心を答えた。
「――私見でいいのなら……奴が勝つぜ、副団長」
「ぶぶっ!」
サムが掌で塞いでいた口から、驚くような息を漏らす。
それだけグラッツの言うことが信じられなかったのだろう。
ベノと言えば『月喰い傭兵団』でもその人ありと知られた傭兵だ。
傭兵団結成当時からの古株であり、その実力も団長に次ぐものと自他ともに認められている。そんな人物よりも自分より年下の少年が強いと断じられたら――やはりサムのように驚いてしまうのかもしれない。
「そうですか……弱りましたね」
「あん?」
だがサムとは違い、ベノはグラッツの私見に対して悔しがるでも怒るでもなく困ったように眉根を寄せた。
「もしもの場合――いえ、今言うべきことではありませんでした。忘れなさい、グラッツ」
「おいおい気になるじゃねぇか。なぁ、サム」
「あ、いや……あの……」
含みがありそうなベノの言葉にグラッツがサムに同意を求めれば、サムはベノとグラッツの方をおろおろと見やり、結局小さく首を振った。
「僕は副団長を信頼してるので。ええ、大丈夫、です」
しかしそうは言いつつベノの方へ戸惑うような視線を向けているので、間違いなく気になっているはずだ。
ただその言葉通り、副団長であるベノを信用して深くは尋ねないようにしたのだろう。
「……まぁ、副団長にもなにか考えがあるんだろう? だが、クロは俺が仲間に引き入れた人材だ。妙な手出しはやめてくれよ?」
グラッツもサムにならい今は聞かないでおくことにした。が、それでも念のために釘を刺しておく。
クロはグラッツが半ば独断で傭兵入りを認めた存在であるため、できる限り目を掛けてやりたいと考えているのだ。そのためであれば、多少は副団長であるベノと衝突しても甘んじて受け入れる覚悟があった。
「ええ、もちろん。私もそうなることがないように祈っていますよ」
「けっ。相変わらず胡散臭い言い方だなぁ……」
「失礼な。それより、山賊の拠点が割れました。奴らが仲間が倒されたことに気付く前に踏み込むとしましょう」
「おう――へ?」
ベノが軽い調子で提案してきたのでグラッツも軽く頷くが、すぐに驚いて喰えない顔の副団長を見返した。
やはり、ベノは怪しく笑う。
「サムからおおよその事情は聴きました。そしてクロが蹴りで気絶させていた男を起こし尋問したんです――すぐにいろいろと教えてくれましたよ」
「尋問? 拷問の間違いだろう? おっかねぇえな……」
この貴公子然りとした顔で上品な容姿をしているベノは、意外にもそう言った荒事が得意だ。ベノにかかっては、どんなに口の堅い密偵や間者であっても容易に口を割ってしまう。
特に、今回は傍にサムがいたのだ。それはもう、遠慮なく男の身体に聴くことができただろう。
「聞き出した情報によれば、この山賊どもは帝国に雇われた者たちのようですね。どうやらもともとがならず者たちで、帝国に金で雇われ山を占拠し山賊の真似事をしていたようです」
「はぁ? なんだってまたそんな……」
「我々にぶつけるためですよ。彼らが山に現れるようになったのは一週間ほど前から。つまりちょうど我々が護衛任務のために聖国を離れた時期に一致します。我々が復路にこの山を選ぶと想定し、見張っていたのです」
ベノの口から語られる耳を疑うような話を前に、グラッツはギルデークとクロの二人を近くに呼んだ。




