第一話 入団希望者
日が暮れようとする街の広場に設置された長椅子。そこに腰を落としていた大柄な男は、懐から取り出した煙草を咥えた。
「……暇だ」
息を吸いながら、『火熾し草』と呼ばれる草を擦り合わせて火を着け一拍、苦い紫煙と共にそんな言葉を吐き出す。
男の名はグラッツ。とある傭兵団の団員で、ここで人員の募集を行いながら仲間が戻ってくるのを待っていた。
三日前に配ったチラシで傭兵希望の募集を掛け、そして今日がその最終日だ。明日には拠点のあるベレエム聖国に戻らなければならない。それまでにこのスラディア王国で掘り出し物の傭兵が見つかればと思ったが……どうやら今回は縁がなかったようだ。
そもそも募集期間がわずかに三日。通常では五日以上はあって然るべきなのだ。今回の空振りは仕方がない事なのかもしれない。
「それでも、スラディアの主要都市なら骨のあるやつが見つかると思ったんだがなぁ」
スラディア王国は現在、中央大陸の覇者ガルザー帝国やベレエム聖国と肩を並べられる強国である。そんな大国において将軍職を歴任してきた名門ベルフィリス家が治める土地ならば、あるいは精鋭の一人や二人見つかりそうなものだが……そう上手くはいかないらしい。仮にそんな猛者がいたとしても引く手は数多だ。わざわざ傭兵など希望しないのかもしれない。
「副団長がどっかでスカウトしてると面白れぇーんだけどな」
落ちかけた陽を前に、閑散とする広場を見やってグラッツは呟く。この状況では、今さら入団希望者は目の前に現れまい。可能性があるとすれば明日からの長旅に備え買い出しを行っている仲間たちが、見込みのある者を連れてくるぐらいだ。だがそれも、あまり期待できるものではないだろう。
「あの」
だからそんな風に声を掛けられた時、グラッツは入団希望者が声を掛けて来たとは思わなかった。いやもっと言えば、自分に声を掛けているとも察することができなかった。
「ふぅー」
「あの、おじさん」
「うん? え?」
呑気に煙草をふかしてみたところで、その怪しい人物が自己主張するように目の前に立ったのには驚いた。すっかり油断していたとはいえ、気配も何も感じなかった。こんなにも不審な人物が近づいてきたにも拘らず。
――不審……そう、目の前の人物は明らかに怪しい。
背丈はグラッツの胸の辺りにようやく届く程度。グラッツが大柄な事を差し引いても明らかに子供のそれだ。それも成人手前などではなく、十を超すか越さないかだろう。
低身長の病気か、あるいはそう言う種族でなければ間違いなく子供と言える。
声も高く、まだ二十六であるこちらをおじさん扱いしたのだ、おそらくは子供の方に違いない。
むろん、顔が見えればどちらであるかなど一目瞭然だ。しかし残念ながら、頭からすっぽりと被っているフードのためはっきりとは判らないのだ。
身体つきにしたって、全身を覆い隠すように纏っている外套のお陰で判然としない。
ただ長年の経験から、グラッツは相手が腰のあたりに武器を携えている事は感じた。
フードに外套に腰元の武器。これで警戒心を抱かないでいられる程グラッツの経験は浅くないし、泰然と構えられるような悟りを開く事もできていなかった。
「……俺に何か用か?」
得体の知れない相手に対し、少しだけ低い声で尋ねた。煙草の火を揉み消して捨て、さりげなく隣に置いてある剣の場所を視線を向けずに確認する。相手が不審な動きをすれば直ぐにでも斬ることのできる自信があった。
「このチラシを見て来た。おじさんが傭兵団の人?」
相手が外套に手を突っ込んだため思わず剣を手元に引き寄せたが、その外套から取り出されたのは自分たちで作った団員募集のチラシであった。これにはグラッツも呆気にとられる。
「お、お前さん。まさか、入団希望者か?」
「そうだけど、おじさんが傭兵団の人でいいのか?」
「あ、ああ」
入団希望者が本当に来るとは思わなかった。いや、すでに何名かは来ていたが、ほとんどが冷やかしや剣を握ったこともないような素人ばかりだった。到底受け入れられるはずもない。
しかし今回の希望者は、それらとは明らかに毛並みが違う。
背の低さや声の高さが気になるが、立ち姿は立派なものだ。
何気なく立っているように見えるが、その実隙がない。いざとなれば左右前後どちらにも動ける体重のかけ方だ。
おまけに強面のグラッツを前に少しも怯んだ様子がない。鈍いのか、あるいはグラッツ程度では臆さないような肝を持っているのか。
「チラシには、入団希望者はこの広場に来るように書かれていた。だからここに来て、この広場で一番傭兵らしいあんたに声を掛けたんだ」
「そうか。いや……来てくれて嬉しいぜ」
半ば諦めていたまとも(?)な入団希望者の登場に戸惑いながら、グラッツは何はともあれ入団審査を始めることにした。
「初めに自己紹介だな。俺の名前はグラッツって言う。傭兵団『月喰い』の下っ端さ」
「わた……オレの名前はクロ……クロ。よろしく、グラッツ」
「ああ、よろしくだ。ところで早速で悪いんだが……そのフードを取ってくれるか?」
「え? 取るのか、これ」
「いや、普通は取るだろう……」
どこの国にフードを被ったまま受ける面接があると言うのか。いくら豪放磊落な団長が作った傭兵団であっても、素性はともかくとして人相さえ知れない者を受け入れるほど開けていない。
「……分かった」
よほどこだわりがあるのか逡巡する素振りを見せながら、それでもクロと名乗った入団希望者はフードを下す。
そしてそこから現れたのは――見たことのないような美貌の幼い子供だった。