第十七話 新人への期待
「おーい! 無事か?」
クロがサムの目の前でわずか一蹴りで山賊の男を倒すと、その向こうからグラッツとギルデークの二人が駆け寄って来た。
二人とも剣を抜いていつでも戦える構えだが、戦闘をしてきた形跡はなかった。
「グラッツ、山賊たちは?」
クロもサムと同じことを考えていたのか、傍に来た偉丈夫に向けて首を傾げる。声を掛けられたグラッツは駆けてきた方へ視線を巡らした。
「ああ。あいつらなら副団長がまとめて相手してるよ。たった三人なら、あの人に任せてお前らの援護に回った方がいい――そう思ってな」
「そうか……まぁ、必要なかったけど」
「ふっ。そうみたいだな……どうやら慌てることもなかったようだ」
事も無げに言ったクロの言葉に、今度は倒れ伏している男を見下ろす。グラッツのその口元には苦笑が浮かんでいた。
そしてグラッツの隣に、禿頭の偉丈夫が並ぶ。
「こいつ、オメェが倒したのか?」
「ああ。けどまだ生きてるよ。生かしてる……こいつ、何か色々知ってそうだったんだ」
「いろいろ? おい、サム。一体何があったんでぇ? なんでこいつらに襲われてんだぁ? 通行料をケチったのか?」
ギルデークにじろりと見られ、サムは大袈裟な動きで首を横に振った。
「ち、違いますよ! ちゃんと払いました! なんならクロの分も払って、僕は銀貨十枚も払ったんですよ?」
「そうなのか? それならなんで、襲われたんでぇ?」
「それは――」
「――退けっ!」
サムがギルデークにわけを話そうとしたその瞬間、クロが機敏な動きでサムを押し退け彼がいた場所へと移動する。
「な、なにをするんです……か?」
急に突き飛ばされたサムはその暴挙に抗議しようとし、クロの右掌に握られた矢を見て押し黙った。なにが起こったのか、突然のことに理解が追い付かなかったのだ。
「――! 狙撃……あそこか?」
クロの掌に握られた矢の矢尻の位置から飛んできた方角を看破したグラッツは、すぐさま首を巡らせる。そのグラッツの視線を追えば、進行方向を三十歩ほど進んだ木の陰に、弓を持った山賊の姿が見えた。
「ちっ! あの野郎っ!」
すぐさま背負っていた盾を構え、弓を持つ山賊へと駆け出そうとするギルデーク。当然だが、彼が辿り着くよりも早く山賊は矢を放てるはずだ。そうなるとなまじ近づいた分だけ、放たれる矢の危険度を増す。
片手用の小さな盾で、至近距離から放たれた矢を防ぐことができるだろうか?
「ギルさんっ!」
ギルデークの身を案じて思わず叫んだサムの横で、クロが懐から素早くナイフを取り出した。それは昨晩、クロが狩った猪を調理する際に使ったナイフだ。そしてそのナイフを肩と腕、肘のみの力を使って力強く投擲する。
手首を固定したままクロの掌から勢いよく放たれたナイフは回転することなく真っ直ぐに突き進み、前を走っていたギルデークをあっさりと追い抜かす。
今まさに矢を番えようとしていた山賊は、自身の元へ飛び込んでくるナイフを認め驚いたように目を見開いた。が、高速で飛来するナイフを前に為す術もない。
躱すことも防ぐこともできなかった山賊の胸元に、ナイフは深々と突き刺さった。
「ぐうぁ」
小さく、それでも距離のあるこちらの耳に残るような呻き声を上げ、山賊は弓矢を取り落としてうつぶせに倒れた。
経験からその倒れ方を見れば分かる。即死だろう。
「……へー、いい腕だな」
軽く口笛を吹きながら、グラッツがナイフを放ったクロを称賛した。だがクロは表情を険しくしながら山賊が倒れたあたりを睨み付けている。
「俺が最初に倒した男、笛で仲間を呼んでいたんだ。増援が来ると思って覚悟した方がいい」
「なに? そういやたしかに、ここに来る前に高い音が鳴っていたな……」
クロの言葉にグラッツが眉根を寄せるのとほとんど同時だった。武装した十数人の集団が木々の間から現れたのだ。
「おいっ! あれが『月喰い傭兵団』の団員みてぇだぜ!」
「なんだぁ? 聞いてた話よりも餓鬼が多いし、弱そうだな?」
「見ろよ! 禿がいるぜっ! はっはっは!」
威勢よく姿を見せた山賊たちは、傭兵たちを指さし侮るように口々に囃し立てる。グラッツはその山賊たちの隙だらけの態度に呆れた顔になり、指を差され馬鹿にされたギルデークは戦意溢れる瞳を彼らに向けた。
「上等でぇっ! テメェら全員、磨り潰してやらぁっ!」
集団に単身で突っ込んでいくギルデーク。それを見て、すぐさまクロもその後を追う。その際グラッツへ流し目を送って来たのは、おそらくサムの身の安全は守れと言うことなのだろう。
とはいえ、グラッツとしてもそういうわけにはいかない。
いくらギルデークといえどもあの数を一人で戦うには厳しいだろうし、未だ実力の片鱗しか知らないクロを矢面に立たせるには不安がある。このまま放っておくことはできなかった。
「ああもう、あいつらめ……サム。ここを動くな。すぐに副団長が来るはずだ」
「え? でも副団長も三人を相手にしてるんですよね?」
勝手に敵へと殺到した二人に忌々し気な声を出すと、グラッツがサムへ言い聞かせるようにいってきた。それに対し疑問を抱いたサムが首を傾げれば、その背後から声がかかる。
「おやおや、今度は団体さんが現れましたね」
息一つ乱さず現れたのは、二振りの剣を左右に持ったベノだった。どうやらこのわずかな時間で三人の山賊を返り討ちにしてきたようである。
「副団長、サムを頼めるか? 俺はギルデークとクロの加勢に行ってくる」
「構いませんが……二人――いえ、三人で大丈夫ですか?」
「問題ねぇよ。それより意外だな」
「なにがです?」
「いや、副団長がクロを戦力に数えているってのがさ。口では「即戦力」なんて言いながら、あんまり当てにはしていないようだったからな」
グラッツの揶揄い交じりの言葉に、ベノは感情の読めない微笑を浮かべる。
「ふふん――早く行きなさい」
「へっ、おっかねぇ。じゃあ行って来るぜ」
すでに交戦状態に入っているギルデークたちと山賊の集団。グラッツは鼻を鳴らすとその戦いの中に飛び込んでいった。
「――戦力に数えている、か」
「副団長?」
そのグラッツの背中を見送ったベノが、表情を険しくさせて独り言のように小さく呟いた。小声であったが故によく聞き取れなかったサムは、聞き返そうとベノの方を見て首を傾げる。しかしそれは本当に独り言だったのか、ベノがサムの方へ視線を向けることはない。
「私としたことが……いつの間にか過度の期待なんて――」
ただ自嘲するかのようなベノの口から零れ落ちたその言葉は、サムの耳に強く残ったのだった。




