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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第十五話 山賊問答


 岩陰から姿を見せたのは、四人の男たちだった。

 

 村で話に聞いていた通り、ちぐはぐながらも不自然なほど奇麗な皮鎧や鉄製の剣などの装備を身に着け、それなりに戦えそうな身なりをしている。


 体格はグラッツやギルデークなどと比べれば劣るだろうが、それなりに鍛えられた身体つきをしていた。


「二人か……よぉ、あんちゃんたち。どこへ行こうってんだい?」


 四人の中で一番歳を取っていそうな男が進み出て、笑みを浮かべ聞いてきた。


「ぼ、僕たちはこの山を越えてベレエム聖国に行こうかと……」


 サムが震えた声で答える。

 別に男たちの威圧感に怯んだわけではない。さすがにこの程度の修羅場は戦場で何度も経験してきたので、今さら怯えるような可愛らしい心臓ではないのだ。もちろん演技である。


「へぇ、聖国にねぇ? けど残念だなぁ……この山は今、俺たちの土地なんだよ。許可なく通ることは許せねぇなぁ?」

「ひえぇぇっ!」


 笑みをひっこめ凄むように剣の柄に手を置いた年嵩としかさのある男に、サムは大きな声で悲鳴を上げる。


 これは背後からこっそりと追いかけているであろうグラッツたちに、山賊と遭遇したことを伝えるためである。当然、打ち合わせ通りだ。


「おいおい、静かにしろよ。そんなにビビらなくてもちゃんと通行料を払えば手は出さねぇーよ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、どうやら目当ての人間じゃなさそうだしな――一人銀貨五枚だ。自分の命の値段だと思えば、安いもんだろう?」

「……そうですね、お支払いします」


 たしかにこの手の賊にしては安い値段だ。

 賊によっては理不尽な金額を要求し、身包みをぐような者たちもいる。いや、むしろそういう手合いの方が多いだろう。

 村人に話を聞いた時も思ったが、賊にしては随分と良心的だ。


 だが、山賊が口にした「目当ての人間じゃない」とはどういうことだろうか? 

 

 気になりはしたが、とにかくこの場は切り抜けることが先決だ。余計な事は聞かず、山賊を刺激しないように従順に彼らに従う振りをする。


 そうしてサムが身じろぎもせず動かないクロの分も含めて銀貨を十枚払ってやれば、山賊たちは歪な笑みを浮かべて「へっへ」と笑う。


「よし、通っていいぞ」

「あ、ありがとうございます」

「あ、いや。ちょっと待て。一応確認しておこう。お前ら、名前は?」


 四人の囲いを抜けようとした二人に、山賊の一人が立ち塞がって何気ない様子で聞いてきた。

 だからサムも軽く答えようとして、


「はい? サ――」

「シロだ」


 けれど今まで一度も言葉を発さなかったクロが、サムの言葉を遮って偽名を口にする。ここにきてクロが喋るとは思わなかったのか、山賊たちが呆気にとられたような表情を浮かべた。

 サムもおそらくは山賊と同じような表情になっていただろう。

 サムの言葉を遮ったことと言い、偽名を口にしたことと言い、クロの考えていることが分からない。けれど直感的に、自分よりも幼いこの少年が無意味に偽名を口にしたわけではないとサムには思えた。


「驚いたなぁ……こっちの坊主も喋れたのか」

「ああ、俺もてっきり話せねぇかと」

「けど、可愛らしい声してたなぁ……ちょっと、そのフード外して顔見せてみろよ」


 声を出したことで興味を持たれてしまったのか、今までサムの方にばかり視線を向けていた山賊の目がクロへと向いてしまう。


「ちっ」


 クロはサムにだけ聞こえるように舌打ちし、覆っていたフードを取り払った。


「……」

「……すげぇ」

「へぇ……」

「こいつは、驚いたな」


 クロの素顔を見た山賊たちは、当初のサムや傭兵団の面々のように、呆けた顔でクロを食い入るように見つめる。


 なぜだろう。

 サムはその様子が面白くなくてクロのフードを素早く被せ直した。まるで自分の大切な宝物を、他人が許可なくジロジロと鑑賞しているような心持にさせられたのだ。


「も、もういいでしょう? お金も払ったし、通してください」


 クロの手を引いて山賊たちの間を擦り抜けようとするも、すぐに回り込まれて立ち塞がれてしまった。


「ちょっと待てよ。おい、どうする? こんだけの上玉、指をくわえて見送るってのももったいないぜ」

「けど男だろう? 売れるか?」

「世の中には好事家こうずかがいるんだよ。なんならかしらにやってもいいんじゃねぇーか? あの人、男もいけるんだろう?」

「いやぁ、親分はえげつねぇからな……この坊主が壊れちまうぜ。へっへっへ」


 山賊たちが物騒な会話を始めたことで、この場を無事に切り抜けられるか分からなくなってしまった。

 サムは冷や汗を掻きながら、クロの手を握りしめていつでも叫び声を上げられるように準備する。


「……静かにしねぇか。目的の獲物じゃない以上、ここは見逃すしかねぇ。そう言う約束になってただろう?」


 クロへよこしまな視線を向けていた山賊たちへ、年嵩ある男がきっぱりと告げた。それでも不満そうに残りの三人が口を挟む。


「けどよぉ、黙っておけば誰にもバレねぇだろう?」

「今回だけだよ、今回だけ。村の女にも手を出せねぇんじゃ、他の奴らも飢えてるって」

「まぁ男ってのは気に食わねぇーが、こっちの坊主も可愛らしい顔してるしなぁ。へっへっへ」


 サムにまで露骨に下心がありそうな視線を向けてきた山賊たち。さすがにこれには心底恐怖を覚えてしまった。


 男ばかりの『月喰つきぐらい傭兵団』に所属しているため、過去にもそういった視線を向けられたことは度々ある。実際に団員に寝込みを襲われたことだってあるのだ。

 しかしいずれも未遂で終わり、そう言うことをした輩は例外なく団長や副団長によって粛清されているので現在は穏やかな日々を過ごせていた。

 それが、ここにきてこんな賊どもに性的な対象に見られようとは……サムでなくともげんなりするというものだ。


「駄目だ駄目だ、諦めろ。奴らを始末さえすれば莫大な額の金が手にはいる。その金で正真正銘の女を買えばいい。ここで自棄を起こして男を抱くなんざ馬鹿のすることだ」

「う……そりゃあそうだがよぉ」

「まぁ、それもそうか」

「だなぁ。日数的にもう少しで山暮らしともおさらばだ。それまで我慢するか……」


 名残惜しそうな顔をしながらも、山賊たちは道の脇に移動した。どうやら見逃してくれるらしい。


「あ、ありがとうございます」


 サムは素早く頭を下げ、クロの手を引いて小走りに包囲から抜ける。生きた心地がしなかったが、これでなんとか役目を果たせた。


 そう、安心して気を抜いたのがいけなかった。


「おい、サム」

「はい?」


 突然背後から名前を呼ばれ、サムは何の気なしに振り向いた――振り向いてしまった。


「やっぱりか……『月喰い傭兵団』の治癒師、サムで間違いないな?」


 身体中からサーっと血が抜けるような感覚に襲われながら、サムは岩陰から現れたもう一人の山賊と目が合った。


 その山賊の手には、一枚の紙が握られていた。


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