第十三話 副団長の企み
村人たちに山賊の話を聞きながらわずかながらも昼食を恵んでもらえた傭兵一行は、腹ごしらえを済ませさっそく山へと赴いていた。
「あのぉ……僕とクロは残っていた方が良かったのでは?」
朝に下ってきたよりも遥かに険しい山に登りながら、サムが何度目かになる言葉を投げかけグラッツを見た。
「諦めろよ、サム。俺も副団長に何度もそう進言したが、認めてもらえなかったんだ。今さら翻意は無理だろう」
そんなサムにグラッツは肩を竦めてそう言い、サムの代わりにギルデークも不満げな声を上げる。
「いったい副団長はなにをお考えなんでぇ? サムはまだ戦いの場に慣れているだろうからいいけどよぉ、この坊主は今まで戦いとは無縁だったんですぜ? いきなり集団との戦闘なんて無理でさぁ」
「おや、そうなんですか? クロ」
ギルデークの言葉を受け、面白そうな顔でベノはクロへと視線を向けた。その様子を見るに、ベノはクロがそれなりに戦えることを見抜いているのだろう。
――さすがは副団長だな。実際に剣を交えたわけでもねぇってのに……。
グラッツはクロの入団試験の際に剣を交え、そのたしかな実力を肌で感じている。そのためこの少年が見た目通りの存在でないことは理解しているが、他の者はまだ知らないはずだ。
いくら一人で猪を狩る力があろうとも対人戦はまた別だ。まだ幼いクロが人と斬り合いをした経験がないとギルデークが思っても不思議ではないのだ。
「……対人戦は経験あるよ」
「本当かよ? 剣は持ってるみてぇだが、どうせ人を斬ったことなんざねぇだろうが? 実際に殺し合いになった時、オメェは相手を斬れるか?」
「必要があれば、ね」
侮るようなギルデークの言葉に、クロは少しだけ顔を上げてフード下の視線を彼に向けた。その視線の光に感じるところがあったのかギルデークはわずかに目を細め、それでも納得いかないと言わんばかりに首を振る。
「俺だって察しが悪いわけじゃねぇ。オメェがそれなりに戦えることなんざ気付いてるんだ。けどよぉ、さすがに複数戦闘はオメェみたいな餓鬼には荷が重いってんもんだぜ」
「ふふ。本当にギルデークは優しいなぁ」
「あん?」
いつになく真面目な口調で語ったギルデークに、クロは小さな笑みを浮かべた。当然それが気に障ったように、ギルデークの表情が険しいものとなる。
「別に馬鹿にしてるわけじゃない。ただ、心配はいらないよ。複数を相手取った戦闘も経験あるし、他者との共闘も慣れている。それに――副団長はもともと俺やサムを戦力になんて考えてないんじゃないか?」
「なに?」
「……ほう」
クロの言葉に困惑した表情となるギルデークと、二人の会話を聞いていたのか面白そうな笑みを浮かべるベノ。そしてその興味深そうな表情のままベノはクロへと視線を向けた。
「君やサムを戦力として数えていない――なぜ、そう思いました?」
「うん? いや、そう思ったというよりは、俺たちをもっと有効に活用する方法があるじゃないか。副団長ならその方法を試すために、俺たちを連れてきたんじゃないかと思ったんだ」
「へぇ……察しがいいですね」
「……どういうことですか?」
クロの言わんとすることが理解できないのか、サムが眉根を寄せて首を傾げた。
ギルデークも明らかに良く分かっていない風情だが、誇りが許さないのか尋ねたりしない。ただ、クロやベノへちらちらと視線を送る辺り、気になっていることは間違いない。
「……なるほど。副団長はこいつらを囮にしようって魂胆か?」
一方、クロの言葉でベノの考えに思い至ったグラッツは、感心したように腕を組む。しかしグラッツのその言葉でも分からなかったのか、サムがグラッツへと視線を向けた。
「……囮、ですか?」
「ああ。村長に聞いた話じゃ、山賊どもは山の中腹で隠れて待ち伏せし、旅人が通ったら姿を見せて通行料を脅し取っているらしいじゃないか」
「ええ」
「もし、俺や副団長、それにギルだけで山賊どもの待ち受ける場所に行ったところで、出てこない可能性の方が高い。山賊総出で待ち伏せしているとは思えんし、たとえ大人数だろうと俺たちは明らかに戦える人間だ。勝てると踏んでも山賊側にだって死傷者が出る可能性を考慮しなくちゃならねぇ」
「……なるほど。三人だけじゃ山賊が出てこないかもしれないのですね?」
グラッツがそこまで説明してやってサムも納得したように頷き、誰よりも早くベノの考えに気付いたクロへと、複雑そうな視線を向けた。
そう、山の麓にはいつでも略奪可能な村があるのだ。わざわざ武装した一目で手練れと分かる旅人を襲う必要はどこにもない。
むろん、武器を目当てにリスクを承知で仕掛ける場合も考えられるが、話に聞いた限り山賊の武装もそれなりに揃っているとのことだ。今さら無理してまで手に入れようとはしないかもしれない。
もちろん、三人で行って出てくるのであれば構わないが、出てこなかったときのことを考えると後が面倒になる。一度通った道を引き返すのは明らかに不自然だからだ。疑念を抱き、余計に警戒心を生んでしまう。
「……そうですね。そろそろこれからとる行動を話しておきましょう」
ベノも一度クロへと改めて視線を送ってから、全員を見渡し話を始める。
「私の考えでは、まずサムとクロに先行してもらい、他の旅人と同じように通行料を巻き上げられて貰います」
「えぇ……」
「村人の話では、素直に通行料さえ払えば危害は加えられないようです。彼らも無茶をして悪評が高まりすぎれば、さすがに領主も黙っていないと知っているのでしょう……大人しく銀貨五枚払っておきなさい」
「……はい。あとで取り返してくださいよ?」
あからさまに顔を顰めたサムにベノが苦笑しながら言い聞かせる。それを受けて、サムも渋々と言ったように頷いた。
「それで副団長の考えは、オレとサムが安全な場所まで進んだら、隠れていた三人で姿を見せた山賊を一網打尽にするってことでいいか?」
「ええ。少々危険ですが、これが一番手っ取り早いかと」
「……ふーん。やっぱり強いんだね、『月喰い』って」
「うん?」
頷いて見せたベノに、クロが面白そうな声音でもって首を傾げる。
「だって相手は二十人以上いるって話だ。もちろん、待ち伏せしている人数はもっと少ないだろうけど、十人はいたっておかしくない。いや、それ以上かも」
「ええ」
「けど、副団長はたった三人で制圧できると確信してる。それも、オレたちを巻き込まないで倒しきるつもりなんだろう? そしてその副団長の作戦に誰も違和感を持たない。不安な様子も躊躇いも一切ない。みんなそれができるとわかっているんだ。大したものだよ」
そんなクロの言葉にベノを始め傭兵団の面々は顔を見合わせる。そして一拍置いて、その顔に小さな苦笑を浮かべた。
「クク。そう言えば妙なことですね。誰も私の作戦に異を唱えない……グラッツ、ギル、なにか意見はありますか?」
「へへ。ねぇよ、そんなもん。俺と副団長だけでもいけるとは思うが、今回はギルもいるしな。万が一にも問題ないだろう」
グラッツが薄く笑えば、それに同意するようにギルデークも大きく頷く。
「兄貴たちがいるんなら、俺も問題ないでさぁ。俺はてっきりクロも戦わせるかと思って冷や冷やしやしたぜ」
「オレは別に、戦っても問題ないけどな」
ギルデークの視線を受けて、クロはフードの下にある顔が少し見えるように首を動かす。そんなクロに、ベノがやんわりと首を横に振った。
「クク。さすがに実力未知数な新加入者を、山賊狩りに参加させたりしませんよ。君はサムに敵が迫った時の保険です」
「なるほど、サムのお守ってわけか」
「く、クロっ! 別に僕は君に守って貰わなくたって大丈夫だ!」
さすがにクロの言い方が引っかかったのか、サムが声を荒らげてクロへと迫る。その口元に、クロが人差し指をあてがった。
「ん?」
「しっ! 静かに。山賊が待ち伏せしているのはもう少し上だろうが、その手前に見張りを置いていてもおかしくはない。ここから上へは慎重に行くべきだ」
冷静に言い諭され、サムはそれでも反論を探すかのように視線を彷徨わせる。しかしすぐに言い返さない辺り、クロの意見ももっともだと理解しているのだろう。
「……そうですね。クロの言う通り、念のためここから先は別れて行動するとしましょう。クロとサムに先行してもらい、我々がこっそりとその後をつけます。よろしいですか?」
「おう」
「了解でさぁ」
「……」
ベノの確認の言葉に、グラッツとギルデークがあっさりと頷く。しかしサムだけは、複雑な表情を浮かべて黙り込んでいる。そんな彼に訝し気な視線を送り、ベノは改めて問いかけた。
「サム? いいですか?」
「……はい」
サムの口から紡がれたその返事は、なんとも弱々しい物だった。
拙作に初のレビューをいただきました。
人生で二度目のレビューです。ありがとうございますっ!
とても素敵なレビューですので、ぜひご覧ください。




