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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第十二話 山に潜む脅威


「な、何だお前らは……この村に何の用だ」


 サムが声を掛けた村人は、警戒したように持っていたくわを構えた。もちろん急にその鍬で殴りつけられてはたまらないので、サムは両手を上げて一歩下がる。


「お、落ち着いてください、見ての通りただの旅人です。あなた方に危害を加えるつもりはないんです」

「旅人だと? そんなこと言って、あの山賊の仲間じゃねーのか?」

「ん? 山賊?」


 何のことかといぶかし気な顔になったサムに、村人は背後にそびえる大きな山を指さした。


「この前からあの東の山を根城にしている山賊だよ。もしかして……本当にただの旅人なのか?」


 村人は半信半疑なのか、サムの後ろに控えている仲間たちを胡散臭そうに見る。グラッツやギルデークは体格や顔つき、武装からして明らかに堅気ではない。比較的細身のベノだって一応武装はしているし、身のこなしから戦い慣れしていることは明らかである。さらに言えばクロなどは怪しさ満点の風体だ。信じきれないのも無理はない。


「ま、まぁ彼らは山賊に見えて仕方ないかもしれませんが、僕はどうみてもその辺に居そうな若者でしょう?」

「自分でそれを言うか? しかし、まぁたしかにそうだな。山賊にしては、ちょっと頼りないし弱そうだな」

「……そこまで言いますか」

「そ、それで? その旅人とやらがこの村に何の用だ?」


 少し落ち込んだ様子のサムだったが、どうやら一定の信用は得たらしく、村人は構えていた鍬を地面に下した。


「いえ、僕たちはあの山を通ってベレエム聖国へ行こうと思っているんですが、村の皆さんの様子がおかしかったので気になって。できれば村長さんとお話したいのですが」

「あの山を通る? やめとけっ! さっきも言ったがあの山には山賊がみついて、通る者やこの村の者に危害を加えてくる。今から迂回した方が身のためだぞ」


 真剣な顔で注意してきた村人へ、サムの背後からゆっくり近づいてグラッツは声を掛けた。


「山賊ねぇ? 規模は? 何時から棲み付いて、何だって野放しになってんだ? 領主は何してんだ?」

「ひっ? え、え……あの……」


 先ほどまでサムには淀みなく喋っていた村人が、グラッツの強面を見て萎縮いしゅくするような顔になる。まぁ、それが普通の反応だろう。いや、普通より幾分か大袈裟な反応かもしれないが、山賊の脅威きょういさらされている村人ならば仕方ないのかもしれない。


「せっかくサムが順調に話を聞いていたと言うのに、君は何をしているのですか? やれやれ、下がっていなさい」

「悪かったよ」


 見かねたベノがグラッツを下げさせ、咳払いをして自ら話しかける。


「ごほん、それで? 山賊について話を聞きたいので、村長さんとお話しできませんか? この村の長は……たしかルゾン殿だったかと思いますが、お元気ですか?」

「あ、あんたら村長の知り合いか? それを先に言ってくれ、今すぐ呼んでくるよ」


 村の中で一際大きな家へと駆けていく村人を見送り、ベノは得意げな顔でグラッツを見た。


「どうです? やはり私の話術もなかなかのモノでしょう?」

「……へっ、ちげぇねぇ」


 先ほどのやりとりはあまり話術は関係ないと思ったが、最初の村人に逃げられたことを気にしているのだろう。まぁ、それでベノの面目が保たれるのであれば、同意してやるかと頷いたグラッツだった。




 ふもとの村の村長は、小さな村にありがちな随分と老いた男であった。

 その村長である老爺ろうやは、ベノの姿を見て記憶を探るように視線を彷徨さまよわせた。しかしそれは本当に一瞬のことで直ぐに驚いたような顔を浮かべた後に笑みを作る。


「おおっ! たしかあなたは『月喰い傭兵団』の副団長、ベノ殿でしたな? 相も変わらず見事な美形じゃな、息災か?」

「おや、随分と詳しく覚えておいでで恐縮きょうしゅくです。お会いしたのはかれこれ三年近く前だと思いますが、そちらもお元気そうで何よりです」


 手を差し出して来たルゾンにベノがその手を握り返して言えば、老爺は苦々し気な顔で首を振った。


「生憎、儂の身体は問題ないが、この村には頭の痛い問題があってな。一週間ほど前から東の山に山賊が棲み付いて騒ぎを起こしおるんじゃ」

「一週間前ですか……それで実際の被害の方は?」

「三日前に村を襲って家畜や貯蔵していた食料を持っていかれた。五日前にもじゃ。拒めば女をさらうと言われては抵抗もできん」

「規模はどのくらいです?」

「村を襲ったのは二十人ほどじゃった。みな武装し、頭は一人だけ鉄製の鎧を身に着けておったな……じゃが、東の山で猟をしている者は、「根城にいるのは二十よりももう少し多そうに見えた」と言っておった」

「二十よりも多い……それは中々の規模ですね」


 村長の話を聞き、ベノは考える顔つきになる。


 おそらくはそれほどの集団が一体どこから現れたのかと訝しく思っているのだ。

 グラッツ達がやってきたベルフィリス領からならば、ここを通るのでこの村の者たちが気付かないはずもない。

 ならば単純に考えて、東の山を越えて直ぐのベレエム聖国からやって来た聖国の人間の可能性が高い。そうなれば、聖国に拠点を置く傭兵として捨てては置けない。


「……領主には伝えたのですか?」

「それが……この辺り一帯の領地はギレンレダ伯爵所有なのじゃが、なにぶんここは辺境。ギレンレダ伯爵は王都に近い場所に領地をもう一つ持っておってな、そこにおるんじゃ」

「しかし、近くに徴税や領地の管理をしている代行者がいるはずです。まずはその方にお伝えしてみては?」


 ベノの提案に、ルゾンは大きく首を横に振った。


「駄目じゃ。ここら一帯を任されておる伯爵の息子が近くの町におるのじゃが、てんで話にならん。いくら山賊退治を依頼しても「伯爵に許可を取らねば兵を動かせない」の一点張りじゃ。そのくせ、伯爵に山賊の存在を伝えておる様子もない」

「ほう、それは大変ですね」

「とんでもねぇ代行者だな。副団長、山賊どもがベレエム聖国の人間って可能性もあるし、俺たちで片付けるか?」


 困った様子の村長を見るに見かねてグラッツがベノに提案すれば、彼は提案したグラッツを見ずにクロの方へと視線を向けた。


「クロ、あなたはベルフィリス領の人間ですね?」

「……ああ」

「この辺りの領主代行者について何か知っていますか?」

「まぁ、隣接する領地だからな。村長も言ったけど、ギレンレダ伯爵の次男でウッテムデルダ・ギレンレダと言う男だったはず。女と酒と金が好きって噂は聞いてる。あんまり評判は良くない」

「そうですか。隣とは言え他所の領民にまで悪評が伝わっているのであれば、やはり問題があるのでしょう。そのウッテムデルダ卿に山賊退治の気がないのであれば、こちらで引き受けましょう」

「本当か?」


 ベノの言葉に村長は信じられないとばかりに目を丸くする。


「よ、良いのか? 御覧の通り大した村ではない。報酬などを期待されても困るのじゃが」

「構いませんよ。ここは聖国とスラディア王国を繋ぐ重要な通り道です。無法者にのさばられては私たちも迷惑なのですよ」

「おお、ありがたい……」

 

 ベノの手を両手で掴み目頭を熱くさせる村長に、他の村人も戸惑いながら傭兵たちに頭を下げる。どうやら信頼を勝ち取ることができたようだ。

 そのことを確信したのかベノは仲間の傭兵に一つ頷いた後、真面目な顔つきで村長に問いかけた。


「では、賊についてもう少し詳しく教えていただいても構いませんか? どういった装備で山中のどのあたりにいるかなど……」



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