第十話 意外な収穫
「グラッツ、そろそろ食事にしましょう……彼は?」
焚き火に木の枝を投げ入れたグラッツの背後から、サムの踝の様子を見ていたベノとギルデーク、そして支えられるようにサムが現れた。
「あの野郎、呑気に小便にでも行きやがったか。ったく、緊張感の欠片もない奴だぜ」
サムを焚き火の傍に座らせてやりながら、ギルデークが吐き捨てるように呟く。そんなギルデークを苦笑しながらベノが取りなした。
「別に用を足すぐらいならいいでしょう。ここには魔物は棲まないと言う話です。それよりいない者は仕方ありません、先に我々だけで食事としましょう」
「あ、副団長。その事だが半時近く前に、あいつは「自分で食料を調達する」ってんで繁みの中に入って行ったぜ。どうやら動物を狩るらしい」
「……はぁ?」
食料の詰まった背嚢から保存のきく干し肉を取り出したベノが、戸惑ったように首を傾げた。
「……兄貴、なんの冗談で? こんな夜に、一体なにが狩れるっていうんでぇ?」
「グラッツさん、止めなかったんですか?」
さすがに怒りや呆れよりも面食らったと言わんばかりな顔のギルデークと、グラッツを非難するような顔を向けるサム。
どうやら実際に獲物を狩りに行ったクロよりも、それを止めなかったグラッツに批判が集まっているらしかった。ここまで大きな反応は止めなかった本人としては意外だ。
「い、いや、俺も止めようとしたんだが……ここは副団長の言う通り魔物も出ねぇし、ギルの言うようにこんな暗闇じゃあ何も狩れねぇよ。どうせすぐに諦めて帰ってくるさ」
「……まぁ、グラッツの言う通りですね。中々しっかりとした少年です。焚き火を目印に、おそらくは帰ってくることぐらいはできるでしょう。魔物はいない、険しくもない……こんな山で窮地に陥るようならば所詮はその程度だったと言うこと。我が傭兵団には不要です」
理知的な口調から紡がれた、そんな遠慮も情けもない言葉。長い付き合いであるグラッツは、ベノの言葉の裏にある物に気付いて特に何とも思わなかったが、まだ一年目で新参のギルデークはそうもいかなかったらしい。
「副団長、流石にそいつはあんまりじゃねぇですかい? 奴はまだ子供だ。例え傭兵団に入る器はなくとも、こんな山で置いてけぼりにしていいはずがねぇ。俺たちが引っ張って来たからには、俺たちが最低限の面倒は見るべきでさぁっ!」
「おや、毛嫌いしていたようですが、ちゃんと心配はしてあげるんですね? ギルは優しいですね」
「副団長、冗談言ってる場合じゃねぇーでしょうがっ!」
ベノの言葉に揶揄われていると感じたのか、ギルデークが一層強い口調でベノへと迫った。さすがに見かねてグラッツが横からその肩を掴んで止める。
「落ち着けよ、ギル。副団長はあの坊主の実力を認めてるのさ。この程度の山であれば、間違いなく帰ってこられるってな」
「けどよぉ、グラッツの兄貴。奴はまだ十二でおまけにここは夜の山だ。餓鬼にしては妙な勘を持ってはいるが、いくら何でも無理ってもんでさぁ」
「僕もギルさんの言う通りだと思います。半時も経っているのは気になります。今からでも探しに行った方がいいんじゃないかと」
険しい顔を浮かべるギルデークに、消極的ながらも同意するサム。二人が心配するのも無理からぬことではあるが、クロの実力の一端を知るグラッツにしては、彼らの反応は少々過保護すぎる。
いや、無論グラッツとて全く心配していないわけではないが、何故かあの奇妙な少年であれば無事にここへ戻ってくると言う確信があった。
そしてそれは、ものの見事に的中する。
「お、お揃いか。悪い、遅くなったか」
朝の待ち合わせ場所へ来たときも同じようなことを言っていたが、けろりとした顔でクロが繁みの中から現れた。多少なりとも心配していたこちらがまるで馬鹿みたいだが、無事な姿にギルデークもサムもほっと一安心と言った顔だ。
「ったく、勝手なこと――」
そう、繁みから現れたクロが、肩に担いでいるものに気付くまでは……。
「な、おま……何担いで……」
「うん? ああ、ちょうど突っかかって来たからさ、返り討ちにしてやったのさ。オレ一人じゃ食べきれないし、皆で分けよう」
クロが肩に担いできたのは、担いでいる少年よりも下手をすれば大きな猪であった。腹の部分を自分の首に引っ掻けて、両手で前後の脚を掴んでいる状態だ。
こんな持ち方、大人だってできる者は限られる。そもそもこんな巨大な猪を狩ったと言うのが子どもだなんて、とても信じられることではない。
あまりの衝撃に、一同はそろって固まってしまった。
「よいせ、っと。いやぁ、本当に運が良かったよ。いい薄暗さだったから、活発になってる野兎でも狙おうと思ったんだけど、その前にこいつが現れてさ」
何も言えない一同を置き去りにし、降ろした猪を外套から取り出したナイフで手際よく捌いていくクロ。血抜きはその場で済ませたのか、猪の首には深い切り傷があった。それが致命傷なのだろうが、気になるのは、猪の両目に深くまで突き刺さった木の枝だ。恐らくはそれで猪の動きを止めたのだろう。ただの木の枝を猪の瞳に突き刺すなど常人にはとても不可能だ。
一体、クロと狩られた猪との間に何があったのだろうか。
「内臓食べたい人いる?」
猪の腹を捌いてあっさりと奇麗に内臓を取り出して見せたクロに、呆気にとられながら誰もが首を振った。「あっそう。まぁ、奇麗に洗わなきゃあたりやすいし、好みはあるよな」なんて分かったようなことを言いながら、今度は皮を剥がし始める。
その手際の良さと言えば、本職顔負けである。もしやかつては猟師だったのではないかとグラッツが思ったほどだ。
「……その猪は、君一人で狩ったのですか?」
驚きから立ち直ったのか、クロの手際を感心したように見ながらベノが問いかけた。
「もちろんだよ、まぁ、いつもこんな大物が獲れるとは限らないけど、今日はついてた」
「そうですか。その解体の手際を見るに、こういったことには慣れてるんでしょうね?」
「うーん……最近は狩りなんてしてなかったけど、小さい頃から鍛錬に山へ籠ることはあったかな? あれだよ、老いても馬は道を忘れないんだ」
「……そうですか」
なぜか猪を狩って来た事よりもそれを手際よく捌いている事よりも、奇妙なことを言って得意げになっているクロ。ズレているにもほどがある。
大体まだまだ幼い少年でしかないクロが老いた馬を引き合いに出すのは、あまりにも滑稽に感じられた。
「小さい頃って……オメェは今でも小せぇだろうがい。ったく、親はどんな教育してんだか……」
「うぷ……」
いつもの憎まれ口にも力がないギルデークと、猪の解体シーンを見たためか気分が悪そうになるサム。サムはもともとこういったことには慣れていないのだ。
「サム、なんで人間の傷口はどんなものでも平気で猪は駄目なんだよ?」
「わ、分かりません。怪我人や病人は割り切れるんですけど……」
「お前も大概妙な奴だなぁ……」
「全く、近頃の若者は――」と内心で呟いてみるグラッツ。そういう彼こそまだ二十六であり、どちらかと言えば若い方なのだが、そうでもしなければ心の平穏が保てなかったのだ。
「グラッツの兄貴、うちの団であの猪を無傷で狩れる奴ってのはどれくらでぇ?」
「……多分、やろうと思えばサム以外なら全員できるだろうよ」
傍に寄ってきて、決してクロに届かないような小声で話しかけてきたギルデークにそう返せば、禿頭の偉丈夫はゆっくりと首を横に振る。
「そうじゃねぇ。大した準備もなく突然出会って、おまけにこの暗闇の中での話でさぁ。正直、俺にはちっと荷が重い……」
「そうだなぁ。その条件下なら、副団長と団長、俺と……ヴルドの奴が辛うじてってところか? もちろん、見つけるなんて真似は全員に不可能だけどな。襲い掛かってきた気配に反応して倒すしかない」
「……あいつ、ぜってぇなんかおかしいですぜ? ただの餓鬼じゃない」
「ふんっ、だからずっとそう言ってんだろう。お前、俺がまさか本気でただの餓鬼を『月喰い』に誘ったと思ってんじゃねぇーだろうな?」
「すいやせん、思ってやしたっ!」
威勢よく謝って来たギルデークの禿頭をぺしりと叩いてやってから、クロの方へと背中を押した。
「あ、兄貴?」
「お前、この団の炊事担当だろうが。新入りに何もかも押して付けちまっていいのか? ちっとは協力してこい」
「あ、兄貴がそう言うのなら仕方ねぇ。手伝ってきまさぁ……おい、小僧っ! なんだその肉の捌き方はっ! なかなか様になってんじゃねぇーかっ!」
文句なのか褒めているのか良く分からない怒声を上げながら、大股でクロへと近づいていくギルデーク。グラッツはその後ろ姿を、笑いを噛み殺しながら見送った。




