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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
序章
1/55

令嬢は家より剣を選ぶ



 夕暮れが迫る空の下、一目で堅城と分かる強固の造りが為された城の庭において、小柄な影が剣を一心不乱に振っていた。


 クロル・ベルフィリス。この城の持ち主であるアーノルド・ベルフィリス伯爵の四女である。

 

 男児に恵まれなかったアーノルドは末の娘であるクロルを後継ぎと定め、あらゆる武術を叩きこんできた。

 竜を始祖に持つと言われるベルフィリス伯爵家。スラディア王国にあって代々戦の要と称されてきた伯爵家の後継者たらんとする者が、剣一つ満足に扱えないようでは困るからだ。


 そのためクロルは女を捨て今日この日まで、ひたすらに武芸に打ち込んできた。父の指導の元、剣術も弓術も馬術も戦術も――ベルフィリス家に恥じない様に懸命に励み習得してきた。

 幸いクロルにはベルフィリス家始祖の血が色濃く現れたため、彼女の修練の助けになってくれた。アーノルドが教えれば教えただけ、クロルはそれを自らの力に変えていった。

 初陣とて齢九つにして無事果たし、その後も少数ながら兵を率いる立場として戦に参加している。 

 このままいけば問題なく、ベルフィリス家の当主として認められることだろう。


 ところが――だ。


「剣を捨てよ、か」

 

 振り下ろした切っ先をそのまま地面に叩きつけ、クロルは苦々しげに呟いた。

 地面は大きく抉れ、辺りに飛び散った泥は自身の鍛錬着まで汚すがクロルは頓着しない。彼女の心をめるのは、先ほど父に言われた言葉だけだ。


 今年の六月で十二になるクロルに、今日、弟が生まれた。

 本来であれば体が丈夫ではないアーノルドの妻モリアが四人の娘を生んだことだけでも奇跡だった。当然、適齢期を過ぎた今、五人目など望めるはずもなかった。ない、はずだった。


 それにも関わらず出産は無事に成功し、ベルフィリス家は待望の男児を授かった。これで、クロルが男児の代わりとして後継者を目指す必要が無くなったのである。


 普通の娘ならば、これ以上泥臭い真似をせずにすむことを嬉しく思うのかもしれない。貴族の令嬢然りとした優雅で華やかな世界に、心を躍らせるのかもしれない。


 だが、クロルは駄目だ。


 今の今まで男児として生き、剣を振るうことに生きがいを感じ、馬上で風を切ることに楽しみを見出し、戦術を学ぶことに高揚感を覚えるようなクロルがこれから女として生きる。誰にも分からなかったとしてもクロルには分かった。そんなものは断じて無理だ。


「しかし、父もひどい。男児が生まれればあっさり私を見限るのか……私の今までは、一体何だったのだ?」


 恨み言が口を突いて出てきたが、クロルもアーノルドの気持ちは分かっていた。

 アーノルドも負い目に感じていたのだ。本来であればきらびやかな世界で生き、血生臭い事とは無縁の場所で生きるはずの貴族の娘を、自身の後継者として戦場に送り込もうとすることに。だからこそ男児を授かったことをこれ幸いと、クロルにお役御免やくごめんを言い渡したのだろう。


「――私はそれでよかったのに。武人として生き、武人として死ぬので良かったというのに。今さら、今さら女になどなれるものか」


 ベルフィリス家に男児が――自分に弟が生まれたことを祝福する意思はもちろんあった。だがそれ以上に、今までの生き方が否定されようとしているこの現状にクロルはただただ戸惑っていたのだ。

 

 明日からはベルフィリス家四女のクロル・ベルフィリスとして豪奢ごうしゃなドレスを着飾り、男に守られ男を立てる存在として淑女のたしなみを学んでいく――糞喰らえである。


「家を継ぐべき弟が生まれ、すでにどこに出しても恥ずかしくない姉たちがいる。なら、私のこの家にいるべき理由は何だ? 私は、私は必要ないではないか」


 およそ十二になるかならないかの少女が考えるには、あまりに残酷な問題だった。しかし、そんな少女だからこそ、思い切った決断に繋がったとも言えよう。


「――城を出よう。剣を捨て、女として生きるぐらいであれば、家を捨て、武人として死んでやるとも」


 クロルの父、アーノルドの唯一にして決定的な間違いを挙げるとするならば、男児が生まれたことに舞い上がりすぎて性急に事を運び過ぎたことだ。

 これが時間をかけ、懇々(こんこん)とクロルを説得していれば話は違ったのかもしれないが、もはや何を言っても手遅れである。そもそもおよそ十二になるばかりの娘が、このような大それた決断をすることを予測しろと言うのも無理と言うものだ。


 結局この数日後、ベルフィリス伯爵家の四女であるクロル・ベルフィリスの名は、表舞台から姿を消したのであった。





以前他サイトにて、PV0を記録した問題作です。

悲しかったので供養代わりにこちらでも投稿させてください。



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