VSガエバロス・上
モルゾ島。
それは大陸から70キロ以上も離れた場所にある、どこの国にも属さない有人島。
強いて言うならその島自体が原住民、モルゾ・キナ族の王国。
しかしその地を支配する王は彼らではない。
黒縄竜ガエバロス。
そう呼ばれる怪物がこの島の支配者であり、原住民達を虐げる暴君である。
そんな辺境の島にとある冒険隊の一団が足を踏み入れる。
一体、どんな展開が待ち受けているのか……
◆
「悪く思わないでくれよ、客人」
モルゾ島唯一の現住部族、モルゾ・キナ族の族長は目の前の四角い檻に謝罪の言葉を投げかける。
正確にはその中に閉じ込められている捕虜……『カーチス冒険隊』に対して。
「客人、か……そうお呼びいただけるのなら、ここから出して部族に伝わる昔話でもお聞かせ願いたいものだ」
「悪いが、それはできぬ。この島に訪れた客人は、全てコクコク様の供物する決まりだ」
「……コクコク様というのは、黒縄竜ガエバロスのことかな?」
「そうらしいな。そんな大仰な名で呼ばれる存在といえば、コクコク様しか思い当たらん」
「ふむ、なるほど。的を得た推理だ」
冒険隊の長であるカーチス・ダルメヒューズ隊長は、興味深そうに頷いた。
そんな中。
「族長さんよぉ……俺達を供物に捧げなければ、一体全体どうなっちまうってんだい?」
冒険隊の幹部である、ザッカスが軽いノリで訪ねた。
青い髪と褐色の肌が特徴的な、野性味のある男だ。
「我々、モルゾ・キナの民の半分が喰われる。次に来た客人を捧げなければ、また更に半分になる」
「へえ、おっそろしい話だねぇ」
ザッカスは、ケラケラと笑って見せる。
これから供物になるとは思えない、男の不遜な態度に眉を顰めるモルゾ・キナ族の民達だが、哀れみからか、わざわざ声を上げる者はいない。
しかし。
「ねえ7代目! どうすんのさ、このままじゃ僕達、食べられちゃうよ! 僕、怪物の御飯になるのなんて嫌だからね!」
小人種の少女、ヤハローアが、ぶりっ子全開の口調で駄々をこねる。
その恰好はゴシック調のロリータファッション。
髪型は、紫色の髪をツインテールにした幼さを感じさせるものだ。
しかし幼い外見とは裏腹に、この少女は御年322歳の大ベテラン。
冒険隊のリーダーが4度代替わりする前から集団に籍を置く、最古参だ。
そんなヤハローアの言葉に、カーチスは朗らかに笑って答える。
「はっはっは……当然、脱出するに決まっているさ! なあ、ザッカス?」
「おうともよ! こんな鉄のヒモ、こうしてやる!!」
ザッカスが両腕に力を籠めると、ギチギチと鎖が軋み出す。
まさか、といった表情を浮かべるモルゾ・キナの一族だが、もう遅い。
鎖は、木っ端微塵に弾け飛んでしまった。
更に。
「なぁ~んだ! これ、抜け出して良かったんだね! 大人しくして損しちゃったよぉ!」
ヤハローアがそういうと、彼女の体を縛っていた鎖がフっと消えてなくなる。
彼女の得意魔術、『物質転送』が発動したからだ。
「ふい~やっとこさ、冒険の始まりかぁ? 長いプロローグだったなオイ!」
「まったくだ! 腰が凝ってきちまう所だったぜ!」
冒険隊のメンバーが、各々の特技で鎖を解いていく。
もっとも、経験の浅い新人勢だけは先輩に抜け出すのを手伝ってもらっていたが。
「さて……愛すべき冒険隊の諸君! 今回のミッションは、黒縄竜ガエバロスの討伐だ! その亡骸を祖国に持ち帰る事ができれば、我々の冒険は後世に、書物となって残り続ける事だろう! 伝説になる準備は済んだかね!?」
『オー・イエッサー!!』
「ならばゆくぞ! まだ見ぬ冒険が、我らを待っている!」
『オー・イエッサー!!』
一糸乱れぬ掛け声に、呆然とする部族の大人達。幼い子供達は、面白がって冒険隊の真似をしていたが。
◆
密林を進む事、3時間。
冒険隊は狼人種の女性、ジョセフィーヌの嗅覚を頼りにガエバロスの居場所を探る。
「クンクン……こっち! こっちから強烈な蛇の匂いがするわ! ガエバロスかどうかまでは分からないけれど!」
「そうかそうか! じゃあ、向かう前に食事と行こうか!」
『オー・イエッサー!!』
速やかに火をおこし、キャンプ用の鍋で食材を煮込む。
──シュロロロロロ……
蛇が舌を鳴らす音。
火の熱気に誘われるようにして現れたそれは、漆黒の鱗を持つ巨大な蛇。
全長70メートルを優に超える事は明らかな、暴虐の化身。
「出やがったな!! 黒縄竜ガエバロス!! お前の好物はしっかりとリサーチ済みだぜ!!」
ザッカスが鍋で煮込まれている黒曜石に目をやり、得意げに叫ぶ。
そして、ガエバロスは大口を開けて鍋の中の黒曜石にかぶりついた。
「さあ! ガエバロスが現れたぞ! みんな、私に続け!」
『オー・イエッサー!!』
皆一様に、剣を抜き、槍を構え、斧を振り上げた。
魔術師は攻撃魔術を、呪術師は弱体化の呪いを。それぞれガエバロスに仕掛ける。
総勢44名からなる冒険隊が、討伐隊へと姿を変えた瞬間だった。
「副長ザックス・シファー!! やってやんよぉ!!」
「名誉顧問ヤハローア・リトルファス!! いっきまーす!!」
冒険隊幹部の中でも、リカルドに次ぐ立場にある2人が攻撃を仕掛ける。
ザックスは斧、ヤハローアは刃を仕込んだ鉄扇。
それぞれの武器を手にガエバロスへと挑みかかる。
──ジュラララララララ!!
舌を震わせ、激しく威嚇するガエバロス。
しかし、その喉の奥へ突如として黒い球体が出現する。
ヤハローヤの能力で転送された爆弾だ。
「はい、どかーん!」
ヤハローヤの言葉に呼応するかの如く、激しい爆炎を起こす。
並の生物ならば無事では済まないその爆撃に、ガエバロスは原形を留めた状態で呻き声をあげていた。
──ジュロォ……ペッ!!
お返し、とばかりに吐き出された唾。
それは、猛毒を含んだ触れた者に死をもたらす粘液だ。
新人隊員が1人、モロに直撃してしまう。
「ウグッ……」
苦しむ暇もなく、即死する。
その場に倒れこんだ仲間の様子に、隊員達の表情が引き締まる。
「皆の者! ウィグルの仇を取るのだ!! そして、ウィグルの亡骸は指一本でもいいからしっかり回収しろ! 蘇生できなくなるからな!」
『オー・イエッサー!!』
老衰以外の死因で命を落とした者は、神殿の祭壇に亡骸を捧げる事で復活させる事ができる。
それ故、隊員達は少し緊張する程度で済んだのだった。
「部下の無念……冒険隊の長であるこの私が晴らして見せよう!」
カーチスは長剣を天に掲げると、自身の体に宿る魔力を流し込む。
そして。
──雷光剣
カーチスの剣が、電光を放つ。
天属性・雷電系・闘気型に分類される魔術の一種。
ヤハローアの『物質転送』と違い、魔法戦士ならば誰でも似たような事が可能な、基礎中の基礎に位置する魔術。
しかし、優れた術者が使えばそれは戦況を変える強烈な一撃となる。
──ジュラアアァァァァアアァァァ!!
ガエバロスの咆哮に、一切の怯みを見せないカーチス。
それどころな、強気な笑みを浮かべてすらいる。
「よく味わって食べるんだぞ……怪物くん!!」
──雷光十字斬!!
迸る閃光。
ガエバロスの鼻先に、帯電する十字の斬撃が刻まれる。
──ジュラアアアアアアッ!!
通常、蛇という生き物は発声器官をもたない。
しかしガエバロスはそんな事をお構いなしに、絶叫した。
異常進化の過程で獲得した声を震わせ、患部よりドクドクと紫色の血液が流れ出る。
「トドメは俺が貰うぜっ!!」
ザッカスが木の上から舞い降りる。
落下の勢いを利用して、斧を鎌首目掛けて振り下ろす。
──ジュラァッ……
ガエバロスは、力なく呻きながら分離した頭と胴体を地面に倒れさせた。
◆
冒険隊はガエバロスを倒したという報告を、亡骸と共にモルゾ・キナ族の村へと運ぶ。
「こ、これは……!!」
「はっはっは……あれだけ恐れていたガエバロス……いや、コクコク様が生首となってご登場だ。これでもう、客人を供物にする必要もないでしょう」
目玉を引ん剝く族長に、カーチスは誇らしげにそう伝える。
「バカモノ!! なんて事をしてくれたのだ!!」
しかし族長は感謝するどころか、カーチスらに対して激昂して見せた。
なぜだろうか。
「確かにこの亡骸はコクコク様のものだ……しかし、コクコク様は1体だけではない!! このコクコク様は、四番目に大きい個体……つまり後2体、これより巨大なコクコク様がいるという事だ!! この意味が分かるか!?」
族長は、捲し立てるようにそう言った。
「こんな事をすれば……コクコクヌシが黙っていない!! モルゾ・キヌ族も、お前達よそ者も、全員食われて死ぬだろう!! もう何もかも終わりだ!」
狂乱する族長。
そんな時。
──ジュラアアアァアアッッ!!
重なり合うようにして響く、怪物の咆哮。
それは、村のすぐ近くから聞こえるようだった。
勢いだけで書きました。
楽しかったです。




