爆裂忍者 女丸(オンナマル)=サン!!
猛暑が激しく照りつける木曜日。
この日、『超異世界レベルのキモオタ』の才能を持つ30半ば過ぎの男性:神風 紀夫は、盛大に腹に溜め込んだ脂肪の塊を揺らしながら、最寄りの本屋へと疾走していた。
紀夫が向かう先はもちろん……『小説家になろう』をはじめとするネット小説の書籍化コーナーである!!
紀夫は汗をダラダラ流しながら、食い入るように『異世界転生』などをテーマとしたいわゆる"天蓋を覆う意思"作品を読み漁っていた。
「ブヒヒッ!!やっぱり、現代人の主人公がメイドやエルフや女騎士にちやほやされる作品は最高なんだな〜!!こういうのを読んでいると、明日から頑張ろう!!って気持ちになるんだよな〜!」
やる気を出して職安にでも行くのだろうか?
明日から、などと言っている時点で望み薄だが……。
まぁ、答えは当然の如く"否"であるーー!!
「よ〜し、こうなったら僕ちんもネットで仕入れたライフハックの知識を活かして、来月からサクサク!っと30万円稼ぐんだな〜!……でも、今月はあと十日間あるわけだし、それまでは母上から一日一万円ずつ貰って切り抜けるしかないんだな〜!」
……これである。
『コイツに期待するだけ無駄だな……』と他人に思わせる言動だが、当の本人はキラキラと期待に瞳を輝かせながら、一冊の新刊を手に取っていた。
「は、はぅあ!?こ、これは……僕ちんが期待に胸膨らませていた"35ボチ"の最新刊ではありませぬか!……ブホフォ〜!!今日はお買い得日和なんですぞ〜〜〜ッ!!」
"35ボチ"。
それは、『小説家になろう』発の大人気ネット小説:『35歳過ぎの無職童貞だけど、異世界でボチボチ元気にやっとるわ。 〜〜母さん、俺の事生んでくれてありがとな!〜〜』の事である!!
内容は35過ぎの無職童貞だった主人公がテクノブレイクの末に命を落とした結果、気づけば異世界の日本で22歳の異世界フェリピーナ:マリアに転生していた、というモノである。
マリアとなった主人公は、それまで都会コンプレックス剥き出しの異世界日本人女オーナーのもと阿漕な値段設定と劣悪な労働環境で働かされていたのだが、前世で溜め込んだフラストレーションと異世界フェリピーナ特有のネイティブな英語でオーナーを撃破し、適切な値段設定と快適な労働環境のもとに異世界フィリピーナの仲間達と店を経営していった結果、なんと!遂には夜の街に君臨するまでの存在になる!!……というなろう読者に大人気な痛快サクセス異世界ストーリーなのである!!
そんな"35ボチ"を手にしながら、嬉しそうにニコニコしていた記夫だったが、表紙に再び視線を移すと、今度は鋭く驚愕に目を見開くーー!!
だが、それも一瞬のことであり、すぐさましんみり……とした顔つきになっていた。
「……そうか。これでとうとう"35ボチ"も最終刊なんだな〜……」
そう、紀夫が口にした通り、35ボチは今巻を持って完結することとなっていた。
歴史の転換期を象徴する劇的な出来事を前に、いつもはふざけたことばかり口走る紀夫もこのときばかりは自然と神妙な面持ちになっていた。
「前巻のマフィア組の組長に”落とし前”をつけさせる話は帯の煽り文句の割に、マリアが冷静なまま話し合いの場についたから思ったほどの暴れっぷりが見られなくて残念だったけど、確かに物語としてはやるべきことはあらかた終わってるもんな~……ここまで完走した以上、無事に大団円で終わって欲しいんだな~」
一抹の寂しさを胸に抱えながらも、作品への期待を込めて少ない予算から購入する事を決意する紀夫。
目に見えてしんみりとした表情の紀夫だったが、すぐに気分を前向きなモノへと切り替えていく。
「こうなったら、期待だけじゃなくて股間を膨らませるためにも、もう一冊このボーイッシュな巨乳少女の表紙が魅力的なノクターン的小説を購入しちゃうんだな~~~♡」
こうして紀夫は、家に一銭も入れない身分でありながら、”35ボチ”とその近くに配列されていた成人向け書籍化作品をホクホク笑顔でレジへと持っていく……。
ニヤついた笑みを顔面に張り付かせながら、颯爽と自転車に乗り込み帰宅しようとする紀夫。
自転車カゴに商品を入れて、いざ出発!……しようとしていた、そのときである!!
「オイ、そこのオッサン!キモい薄ら笑いを浮かべてんじゃねーよ!!」
ぶひっ!?と紀夫が振り返った先には、中学生くらいと思われる素行があまりよろしくなさそうな3名の悪ガキッズがゴミを見るような目つきでこちらを睥睨していた。
悪ガキッズ達の威容を前に、20歳も年上でありながら思わずたじろぐ紀夫。
それでも、何とか事態を切り抜けようと必死に少年達へと返答する。
「き、君達は一体、何なんだな~!!」
「は?誰に許可取って口開いてんの、キモオタ?……少なくとも、俺はお前の口答えなんか微塵も許した覚えとかねーんですけど?」
そんな紀夫に対する返答は、案の定辛辣なモノであった。
それを皮切りに、紀夫に絡んできたリーダー格の少年に呼応するかのように隣にいた2人の少年達が畳みかける。
「どんなエロ本購入したのかと思えば、このオッサン『異世界転生』小説を買ってやがるぜ〜〜〜!?」
「お前は異世界やら平日の真っ昼間から本屋に行くよりも先に、ハロワに向かわなきゃダメだっしょい!」
悪ガキッズ達の心ない発言を前に、紀夫が顔を真っ赤にしながらつばを激しく飛ばして反論するーー!!
「う、うるさい!!僕ちんは現在人生の夏休み真っ盛りだから別にいいんだい!無問題!」
「あ?僕ちんだと?テメェは夏休みどころか、毎日が日曜日だろうが!!」
「夏休みの宿題を達成出来なかった結果、僕ちゃんは小学生の二学期からずっと不登校にでもなってたんでちゅか~~~!?」
そのように罵倒しながら、「ギャハハ!」と盛大に紀夫を嘲笑する悪ガキッズ達。
ひとしきり笑ってスッキリした表情のリーダー格の少年が、そのままの状態で紀夫に詰め寄る。
「なぁ、キモオタ!……今ちょっと手持ちがないからさ、お小遣いをチャチャッと渡してくんねぇかな?そうしたら、俺達は財布の中がホットになって儲けモンだし、お前は怪我を負わずに安心してお家に帰れる。……何より、ここいらで自分より遥かに年下のガキである俺達に屈辱を味わわされることによって、そんな惨めな現実を忘れさせてくれる現実逃避の『異世界小説』とやらを今以上に楽しめるようになるわけじゃん?」
「マ、マジかよ!それってwin-winどころか、一石三鳥ともいえる天才的発想じゃん!……オイ、お前!こんな天才的発想を思いついた俺らに感謝しろよな!」
「う~、こうしちゃいられねぇな!……オッサン!このビッグウェーイwww!部!!に乗り遅れないためにも、今すぐ俺達に有り金全部寄越すしかないってばよ!」
「な、何を勝手なことを言ってるんだな~!!」
「あぁっ!?口答えしてんじゃねぇぞ、テメェ!!」
緊迫した空気が張りつめる。
このまま反抗したところで、紀夫が為す術もなく悪ガキッズ達に殴り倒されカツアゲされるのみかと思われた……そのときである!!
「待ちたまえ!!それ以上、”天蓋を覆う意思”作品を馬鹿にするのはやめたまえ!!ついでと言っては何だが、大人を相手に集団でよってたかって恫喝するのもやめたまえ!」
「あ、あなたは……!?」
紀夫が驚愕のあまり目を見開く。
紀夫と悪ガキッズ達の前に姿を現したのは、忍者装束に身を包みながら、屈託のない少年のように白い歯を見せる紀夫より少し年上に見える中年男性だった。
彼の名前は、忍者:女丸。
現代社会を生きる忍者の末裔を自称する者である--!!
本人の言曰く、若い頃は美少女と見紛うほどの絶世の美貌であったことからこの名がついた、と言っているが、彼を知る巷の人々の間では「性欲が強すぎて、年がら年中女の事ばっか考えてるからそんな名前になってんじゃねぇの?」というのが定説となっている。
そんな逸話を持つ女丸が、紀夫を庇うかのように悪ガキッズ達の前に立ちはだかる。
「なんだぁ~、テメェ……!!」
「我が名は女丸。普段は裏の世界に生きる”忍”なれど、今回ばかりはゆえあって、貴様等悪童めらに誅を下すこととなった。……悪く思うなよ?」
「な、なんだと~~~!!……オイ、そこのオッサン!自分一人じゃ勝てないからって、忍者を雇うなんて卑怯だぞ!!」
「ぼ、僕ちんは知らないんだな~!!」
突如現れた謎の忍者の介入に困惑する取り巻きと紀夫。
だが、リーダー格の少年は動じることなく女丸に対して悠然と歩を進める。
「フン、ニンジャだろうが何だろうが、所詮金づるがまた一人増えただけの事だ。……オイ、お前等!さっさとコイツを片付けるぞ!」
「「オ、オウ!!」」
呼びかけに応じた取り巻き達が、リーダー格の少年とともに女丸へと殴るかかる--!!
「ブ、ブヒィィィッ!?」
迫りくる危機を前に、思わず悲鳴を上げる紀夫だったが、女丸は不敵な笑みを崩すことなく懐から自前の武器を取り出す。
「クソガキども、これでも喰らえ!!……”女手裏剣”!!」
”女手裏剣”。
それは文字通り、”女”という文字の形に作られた女丸特製の手裏剣のことである--!!
「ッ!?あぶなっ!」
……ただ、そんなデザインであるため手裏剣はあらぬ方向へ飛んでいくうえに、投擲する意思を口に出しているため、簡単に悪ガキッズ達に避けられた結果、女丸は簡単に距離を詰められる事となった。
「……へへっ、驚かせやがって。どうやら、それで手詰まりのようだな?」
「クッ!……最早、ここまでか……!!」
流石の女丸といえど、ここまで悪ガキッズ達に接近されてしまっては最早打つ手は皆無に等しい。
女丸はこれで人生86度目となる危機を迎えようとしていた。
(仕方ない。適当に殴られたあとに、有り金全部渡した後に土下座でもして許してもらうか……!!)
と、女丸が最後の手段を考えていた--そのときである!!
「お待ちなさい!私の前で乱暴狼藉は許しませんよ!」
「は、はぅあ!……あ、貴方は!!」
再び紀夫が驚愕の声を上げる。
悪ガキッズ達に静止を呼びかけたのは、厳粛さの中にも母性を感じさせる雰囲気を持った年配の尼僧らしき女性だった。
だが、その女性を前にして動きを止めたのは、紀夫だけではない。
あの怖いもの知らずを体現したかのような悪ガキッズ達ですら、その人物の登場を前に驚愕の表情を浮かべていた。
この場にいる者達の気持ちを代弁するかのように--尼僧が遂に名乗りを上げる。
「海より深く、山より高く……北条 政子、北条 政子でございます……!!」
北条 政子とは、鎌倉幕府を開いた源頼朝の正室であり、『女将軍』の異名を誇る鎌倉時代最強クラスの女傑である--!!
多くの現代人が『小説家になろう』の”天蓋を覆う意思”作品の影響で、中性ヨーロッパ風の異世界や戦国時代の織田家に転生や転移を繰り返す中で、彼女は逆に遥か昔の鎌倉時代から現代へと転移してきた、という異色の経歴の持ち主でもある。
肝っ玉母さんを彷彿とさせる人柄の良さと、一軍の指導者ともいえるリーダーシップの高さから、彼女はこの現代社会において学校の教師をしており、その独自の教育方法とキャラクター性によって、世間の人々から『政子様』として親しまれながら、日々活躍し続けているのである--!!
現にこのときばかりは悪ガキッズ達も、「ウオッ!?本物の政子様じゃん!」「はよネットに投降して、自慢しまくってやろうぜ!!」と、年齢相応の子供らしく興奮を隠し切れない様子である。
そんな悪ガキッズ達に対して、政子が柔和な笑みを浮かべながら話しかける。
「これ、そこな少年達。……どうして、その男の人達に暴行を加えようしていたのですか?」
そんな政子の問いかけに対して、リーダー格の少年がバツの悪そうな表情をしながらも、淀みない口調で返答する。
「だって、コイツ等は現在進行形で起こっている現実の問題には全く見向きもせず、自分に都合の良い妄想垂れ流しな異世界小説とやらにハマってブヒブヒ言ってんだぜ?……そんなモンを作ってる作者も読者も全員クズだから、俺達未来ある若者が一発ブチ込んで目を覚まさせてやらなきゃいけねぇよな、ってこのオッサンとか見てそう思ったんだよ」
見かけと言動からは思えぬしっかりとした受け答えを聞き、政子がフムフム、と頷く。
「これも”HEAPS”とやらの影響なのでしょうかね。……ですが、異世界小説というのは、実は貴方達が言うほど悪いモノではないのですよ?」
「……いくら政子様の言う事でもそれは信じられないッスね。だって、異世界小説なんて良い年齢して何の取柄もない主人公が、自分達よりも文明水準の低い時代や国の人間を相手に、適当な現代社会の道具やら知識とかをひけらかして好き勝手しながら、チヤホヤされるような作品ばっかりなんだろ?……そんなの現実でうだつが上がらない奴が自分より格下のヤツ相手にマウント取りながら優越感に浸りたがってるだけじゃん」
それに対しても頭ごなしに反論するでもなく、「なるほどね」と頷きながら政子は言葉を続ける。
「でもね、君達。作者の方々はみんな『戦乱や貧困で苦しんでいる社会的弱者や困っている人達を助けたい』という気持ちを胸に、日夜異世界小説を執筆しているのよ?」
「ッ!?え、えぇっ!?マ、マジかよ……政子先生!!」
政子の発言を前に、悪ガキッズ達だけでなくそういう作品を読み漁っている紀夫や幾千もの修羅場を潜り抜けてきた忍者:女丸まで信じられない!と言わんばかりに驚愕の声を上げる。
だが、政子様はそれらの激しい動揺を前にしても、「フフッ……」と微笑み返して言葉を続ける。
「本当よ、本当!……なんてったって、情報源は私の脳内ですからね!」
「マジかよ……でも、政子先生がそう言うなら、そうなんだろうな……」
「今まで、異世界小説の事とか完全に誤解してたわ……」
あまりの衝撃的な事実を前に絶句するほかない悪ガキッズ達。
そんな彼らが自分の言葉を理解するのをじっくりと待ってから、政子がおもむろに口を開く。
「……確かに、異世界小説というモノには貴方達が指摘するような問題点もあるかもしれません。ですが、そういう作者の方の『誰かを助けたい』という気持ちが読者の人達にまで伝わっていけば、社会はきっとより良いモノになっていく……と思いませんか?」
政子様のありがたい話を聞いて、取り巻きの少年達2人が滂沱の涙を流す。
リーダー格の少年は面子があるのか、人前で泣きむせぶような事はしなかった。
だが、顔をそむけるような形で紀夫の前に立つと、
「さっきは色々絡んで悪かったな……これは少ないけど、詫びみたいなモンだから、それでスーツ代か異世界小説とやらの足しにしてくれや」
と言いながら、紀夫に一万円を差し出した。
紀夫は「ブヒッ!」とどういう感情が込められたのかよく分からない鳴き声を一言だけ発すると、少年の手からひったくるように一万円を瞬時に抜き取る。
そして、すぐに自転車に乗り込んでこの場を去ろうとしたのだが……。
「……」
何か思うところがあったらしい。
紀夫は、またいでいた自転車から降りると、政子の前におずおずと歩み寄っていた。
「……如何なされましたか?」
政子の問いに対して、まだいくぶんか躊躇していた紀夫だったが、意を決したかのように政子に対して勢いよく頭を下げた。
「政子様!以前、ネットで貴方の事を誹謗中傷してすいませんでした!!」
「……それはどういう事でしょうか?」
柔和な表情を浮かべながらも、厳粛さ奥底に秘めた政子の問いに多少ビビりながらも、紀夫が訥々とあらましを騙り始める。
それは一年前ほど前に、紀夫が政子の対談をネットの記事で見かけたことに遡る--。
そのときの対談のテーマは、「異世界や戦国時代に漂流した現代人についてどう考えるか?」というモノであり、政子はその対談の中で著名な学者たちと意見を交わし合っていた。
政子「私はその時代の人間じゃないんですけど、戦国時代に行かれたこの時代の人達って、皆さん紋切り型みたいに信長さん、もしくは織田家の方のところばかりに士官なさってるでしょう?もしくはせっかく中世ヨーロッパ風な異世界に行ったりしても、同じ日本出身の転生者や転移者で群れたがったりとか、良くも悪くも”ムラ気質”っていうのが抜け切れていないんですよね」
パンナコッタ・アヘンダ-(魔導術学者)「私も以前旅行会社を経営している日本人の友人から聞いたのですが、最近では老後に海外へ移住する日本人の方が増えているそうなのですが、日本人だけのコミュニティに所属する方が多く、そこでも旦那さんが勤務していた企業の格、年収などでランクが決められているため、本当に老後にゆったりとしたスローライフを過ごしたいのなら、海外に移住するよりも閑散とした地方の田舎で借家でも借りながら農業でもした方が、よっぽど自由に出来る!と力説していました(笑)」
政子「あら、老後になってもそうなの(笑)ですから私としては、たまには、閉鎖的かつ権威主義的な世の中になることが分かっていながらも、時代を盛大に塗り替えるために足利義昭さんのもとで、『現代人を大量に引き連れた織田家完全討滅事業に着手しよう!』とか、『異世界でいがみあっている両勢力の男女をくっつけさせたことによる生じる凌辱風純愛エネルギーの抽出技術の開発』みたいに、せっかく見知らぬ時代や国に行ったのなら、もっと思い切った冒険を皆さんにはして欲しいんですよね」
この対談を目にした紀夫は、自分がハマっている異世界小説を馬鹿にされたように感じ、ネット上で政子やアヘンダ-を中傷する書き込みを連投するようになっていた。
その結果、ネット上の痕跡から居場所を特定され、現実で職場に電凸されたことにより問題視した店側からバイトを首になり、以来ただでさえ少ないやる気を出すことなくダラダラと無職を続けていたのである。
「これまで、僕ちんは一方的な思い込みで政子様の事を恨んでいたんだな~……けど!そこまで異世界小説の事を思ってくれている政子様の気持ちに報いるためにも、これからは、心機一転して現実社会で生まれ変われるように今から速攻ハロワに行って職探しに頑張るんだな~!!」
紀夫の告白に対して政子は、激するでもなく瞳を閉じて深く頷き返す。
「その意気ですよ。……これからの時代、色々厳しい事もあるかもしれませんが、一歩一歩踏み出していけば必ず道は切り拓けるはずです。私の愛読書である貞観政要にも記されている通り、志は高く!成功したとしても、それを維持していくことの大事さを忘れないように心がけてくださいね!」
「ま、政子様~~~ッ!!」
オロロ~ン!!とオノマトペがつきそうな勢いでむせび泣く紀夫。
政子はそんな紀夫からそっ……と目を離すと、今度は無言のまま呆然としていた女丸へと話しかけていた。
「さて、女丸さんと仰られましたね。……先程の少年達にも色濃く影響を与え始めている”HEAPS”に見られるように、現在”天蓋を覆う意思”作品を取り巻く現状には、暗雲が立ち込めています。……ですが、この時代を生きる忍びともいえる貴方に、この天下の静謐を守るお役目を果たして頂けるよう、心から伏してお願い申し上げる次第です」
「ッ!!な、なんと恐れ多い!!……政子様の御言葉通り、必ずやこの女丸!”天蓋を覆う意思”を無法の逆賊から守り抜いてみせましょうぞ!」
そう言って膝をつきながら、頭を垂れる女丸。
そんな女丸を優し気な眼差しで見つめる政子。
感動的な和解と決意の光景を前に、店に訪れていた他の買い物客や騒ぎを聞きつけて店の前に飛び出してきた店員までみな目頭を熱くしていた--。
宵闇の中を、一人の忍者--女丸が疾駆する。
彼が紀夫を救おうとしたのは、善意から……などではなく、政子に述べた通り『異世界小説といった”天蓋を覆う意思”を守る』という使命のためだった。
胸に宿した使命感と共に、険しい顔つきのまま女丸が思案する。
(現在の『小説家になろう』では、不遜なる”山賊小説”なるモノを担ぎ始めているという……このままでは、”天蓋を覆う意思”によって守られてきた天下の安寧が危ういモノとなる!!)
女丸が思案した通り、現在『小説家になろう』では、異世界小説で現代人がチートや現代技術の知識などを駆使して無双したり、ハーレムを築く展開に飽きた読者達が、冒険者にならずに山賊になった主人公が好き勝手やるような作品を持て囃し始めていた。
その人気にあやかりなろうの作者達が山賊小説を書き始め、それに惹かれてより多くの読者が山賊小説を読み漁る……という悪循環が完成しようとしていた。
山賊小説が跋扈するようになれば、現実社会でも山賊が溢れ、この世は無法の荒野と化すことは間違いない……。
それを食い止めるために、現在『小説家になろう』では有志の作者達による”追放モノ”や”寝取られ”といった新ジャンルの開拓に取り組んでいるのだが、”アカシック・テンプレート”を始めとする新鋭の山賊小説家達の侵攻を前に、状況は芳しくないモノとなっている。
(ゆえに、この世界に生きる者達の平穏を守るためにも、”天蓋を覆う意思”の潮流は必ず守り抜かねばならぬ……!!)
異世界に生きる者達にははた迷惑かもしれないが、少なくともそれらの”天蓋を覆う意思”作品の影響で現実に不満を持つ者達が異世界や別の時代に行けば、彼ら彼女らはその場で大抵定住するため、この社会に波乱を持ち込ませずに済む。
……だが、アカシック・テンプレートが執筆するような”山賊小説”が現在の異世界小説を塗りつぶし、”天蓋を覆う意思”に取って代わるようなことになれば、前述した通り世界の廃滅は避けられない。
今や『異世界小説』は単なる娯楽などではなく、『小説家になろう』を通じて現実社会に引き起こされる波乱を食い止めんとする最後の砦ともいうべき存在、と言っても過言ではなかった。
(むっ、感じるぞ……どこからか、”天蓋を覆う意思”作品を愛する者の悲鳴を!!)
天下の平穏を守るため、今日も人知れず女丸は闇の中を飛翔する。
頑張れ、女丸。
めげるな、女丸。
明日にゃ〜明日の〜、風がぁ〜吹くぅ〜。(byとっつぁん)
~~神風 紀夫宅・自室~~
女丸が世界の平和を守るために奔走していた頃。
紀夫は新たなる職探しに向けて頑張って
「ぬほほぉ~~~ん!!これは活発な女友達とイチャコラするだけの話かと思ったら、親友の彼女である幼馴染と浮気ックスする話だったんだな~~~!!」
いるはずもなく。
家に帰って速攻袋を開けると、本屋で購入したノクターン的な書籍化作品を読み漁りながら、激しくテクノブレイクしていた。
人によっては「あの政子様に誓った言葉は何だったんだよ……」と言いたくなるかもしれないが、その場の雰囲気に流されながら、即物的な欲求に忠実に生きる、というのは”屑の典型”として、この激動の時代においてもある意味世の理が守られている証左なのかもしれなかった。
「そんなすぐに人間変われるようなら、ダラダラと無職なんてやってませ~~~ん♡レロレロレロレロレロッ!」
~~おしまい~~