60 見捨てない
「反重力発生装置、起動」
調査船にかかるすべての重力がキャンセルされる。
「メインエンジン、最大出力に移行」
同時にメインスラスターからエネルギー派が放射され、調査船がぐぐぐと持ち上がっていく。
慣性の法則にしたがい、ゆっくりと、しかしだんだんと早く。
調査船は宇宙に撃ちあがっていった。
― ― ―
アメノの調査船の中。
操作席の壁は全面モニターに切り替わり、360度の景色が表示されている。
眼下には青い惑星が広がり、空に見えるは万余の星々。
それをウィルは特別にしつらえた乗客席のバーに捕まりながら見渡していた。星の海を見ながらひとり呟く。
「アメノは星の彼方から来たのか」
「その通り」
なお、ウィルが檻に閉じ込められているように見えるのは、危険な離着陸時の安全確保のためであり、他意はない。
生物サンプル捕獲用のケージがたまたま最適な客席だっただけで他意はない。
「そろそろ出ても大丈夫か?」
「もう少し待って」
他意はない。
ウィルが恐る恐る聞いてきた。
「……自分の国、いや、星か?? に帰るのかアメノ……」
「帰る」
怖い。
私も恐る恐る呟く。
「私が帰るなら、ウィルはどうする?」
来てくれるのか。残るのか。
科学者クローンとして、調査結果の報告は義務だ。
生まれてから今までの努力を無にすることはできない。
だから、ちゃんと報告する。
ケイ素生物との闘いはこの星だけの問題じゃない。
全銀河の知性生命体の勝利のためにも、この情報を持ち帰って解析し、科学の発展に役立てないと。
「俺には……守るべき人たち、俺についてきてくれた世界がある」
「知ってる。あなたは決して人々を見捨てない」
だから私は。
ウィルが。
「俺は人々を見捨てない」
知ってた。ウィルを拉致するために用意した睡眠薬投与のコードを選択する。
眠らせて連れ去ってしまえばいくらウィルでも諦めるだろう。
そのコードを選択して。
選択して。
保留した。
ウィルが、人を見捨てるようなら、きっとそれは違う。
そこにウィルの声が聞こえた。
「アメノも見捨てない」
「……は?」
それはどういうこと?
「違う見捨てるとかじゃない。アメノと一緒に居たい、結婚したいんだ」
そういうとウィルは私の目をまっすぐに見据えて、言葉をつづけた。
「毎日一緒に寝起きして
毎日一緒にご飯を食べて
毎日一緒にお話しして
毎日一緒に仕事をして」
そこまで一気に言うとウィルはちょっと恥ずかしげに俯くと言葉を続ける。
「……子作りもして
子育てもして
幸せな家庭を築く。
これが結婚の要件だ。だから俺にはアメノが必要なんだ。何か質問は?!」
「えっと、いろいろと待って……私は帰るから一緒に来てくれる? そこで結婚するならそれで……」
話を総合するとそうだ。
「違う」
「違うって?!」
私は冷静じゃない。ウィルは何を言ってるんだ。
「帰るって言ってるアメノは嬉しくなさそうだ、そんなアメノは見捨てられない」
「……………そっか」
うん。そうか。
そうだ。
私は、自分を調査に使い捨てる中央のために。
私に人生の楽しみを一切教えてこなかった、無駄だと切り捨ててきた統合政府のために。
簡単に見捨てられるようにクローンを量産した統合民主主義のために。
帰るのが嫌だったんだ。
「ウィルは私を見捨てない?」
「不幸になろうとしているアメノは絶対に見捨てない」
ウィルは、私の目を見据えてはっきりと言い切った。
……うん。こういうウィルだから私は。
「嬉しい……」
そして私はウィルの入ったケージの中に駆け込み、抱き着いて。
キスをした。
檻の中は狭いけど、ウィルのたくましい腕に包まれているととても幸せだ。
ウィルがささやいてきた。
「……服の脱がせ方教えて?」
「うん」
大丈夫、意味は分かるよ。
◆ ◇ ◆
ウィルが昔仕えていた王国の首都。
ローダイト王城。
その石造りの要塞の周りには大量の死体が転がっていた。
人間、ゴブリン、オーク、コボルト、エルフ、ドワーフ。ありとあらゆる種族に加えて、犬や牛といった動物の死体もある。
すべてゾンビだ。
その要塞に武装した数百名の人類帝国軍が詰めていた。人間や森人の混成軍は思い思いの武装を担いで意気軒高。
指揮者は湖畔の伯爵ウィル。
魔道戦艦からの空中挺進により電撃的に確保したこの拠点を中心に、死者の掃討を続けていたが、今日はついに死者側が本気を出してきたようだ。
次々に伝令が駆け込んでくる。
「東からバケモノ軍の接近を確認!」
「西からバケモノ軍の接近を確認!」
「南からバケモノ軍の接近を確認!」
「北からバケモノ軍の接近を確認!」
「やつらは全方角から接近してきています!!」
「地面が見えません!!! 地面がゼロで、バケモノが十です!!!」
ウィルの本陣に次々と報告が届く。
そこにメイドゴーレムのエーアイが淡々と報告を付け加えた。
「偵察ビーコンからの報告です、敵の総勢は九憶六千七十五万……あ、いま十億を超えました」
「たいへん結構!!」
「結構じゃないぞ……」
森人の長、ティリルが怯えたように言うが、余裕しゃくしゃくのウィルがにこりと笑って受け止める。
「どうにもゴブリンの比率が多い。9割がたゴブリンだ。どうやら効率的に養殖する方法を開発したようだな」
人類皇帝が辟易したような表情でつぶやいた。
まぁ、それならそれで問題はない。これがこの大陸でため込んだ死者のほぼすべてだろう。
「アメノ、用意はできた?」
「できた」
隣ではアメノが手元の端末で調査船を操作していた。
調査船にはそれまではなかった不格好な突起が八本ついている。
「メインエンジンの全リミッター解除。オーバードライブ開始」
調査船がすさまじい音を立てて振動しはじめた。
突起にバチバチと巨大な火花が発生し、まばゆい光を放つ。
「敵、射程範囲内です」
「総員、地下シェルターに退避」
「ほら、こっちですよ! 急ぎやがれです!」
土魔女のジョセルが作成した巨大な地下室に全員で逃げ込む。
超巨大な閃光が辺りを包む。
その日、旧ローダイト王国は、十億の死者とともに消滅した。
そして、死者に大きく傾いた大陸の生者と死者の勢力の天秤は綺麗にリセットされ、均衡することになる。
ここからは生者と死者の実力勝負だ。
ウィルは犠牲になった王国に祈りを捧げた。無駄な犠牲ではない。思い出のある国だからこそ、絶対に復活させる。
ウィルの目の前には、見渡す限りの荒野が広がっていた。
◆ ◇ ◆
湖畔に作られた人間コロニーにウィルと私の家はある。
アメノは調査船から移設したコンソールの前で宇宙空間に射出されていく小型ロケットを観測している。
サポートAIが報告してきた。
「マスター。広域妨害人工衛星の射出、完了しました」
「ありがとう」
あの後、宇宙空間でありとあらゆる通信を試したが、あの謎のブラックホールの磁場の影響で超光速通信は一切通じなかった。
これはケイ素生命体側も同じだと推測されるが、万が一にもケイ素生命体が母星からの援軍を呼ばないように妨害衛星を設置することにした。
この副作用により、謎のブラックホールの活動が弱まっても、銀河知性統合政府からこちらの観測は不可能になるだろう。
やむを得ないコストだ。他意はない。
「ごはんができたぞー、今日は肉炒めだー」
ウィルの楽しそうな声が聞こえる。私は、私の幸せに返事をした。
「はい!」
一旦彼らの話は終わりです。ありがとうございました。
この後も大陸を開拓したり、生き残った他の人類種族と合流したり、子作りとか子作りとか子作りとかいろいろやることはあります。これからが本番でしょう!
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