59 ドラゴンゾンビ
眼下に広がるは紺碧の波。
強い風と動きに振り回されながら、視界が蒼穹の空に移る。
雲一つない青空から二つの太陽が刺すような日差しを浴びせてくる。
その光の中から一体の影が現れた。
真っ赤なうろこに包まれた巨体には人一人分の大きさに等しい棘や角が生えている。
その赤い影が一つ大きく息を吸ったかと思うと、目の前が火炎に包まれた。
火炎王の治める島国。スール王国上空。
ウィルはアーマードゴーレムに乗って空を駆け、ドラゴンゾンビとの空中戦を繰り広げていた。
「くっ、熱い!!」
竜の火炎の息がゴーレムごとウィルを包む。バリアで火炎を遮断をしているとはいえ、じりじりと内部の気温が上昇し、身体がひりつく。
全力で推進風を放ち離脱する。
アーマードゴーレムに搭載された上下左右三十六基の魔道具から一斉に圧縮空気が射出され、姿勢を制御する。
「こんのぉおおお!」
アーマードゴーレムの魔法式がウィルの脳波と白兵戦ノウハウを読み取り、全自動でイメージ通りの機動を実現しているのだ。
体勢を立て直して竜に向い、アメノが加工した無限刃ロングソードを構えて、十本の機械腕が十振りのロングソードを振り下ろす!
ガキガキガキッン!!!!
竜のうろこを引き裂き、角がはじけ飛ぶ。
皮に浅く切れ目が入ったが、致命傷にはほど遠い。
「巨大すぎるっ!」
ウィルは叫んだ。
オークや人間なら一撃でミンチにできる攻撃も、竜の巨体に対しては薄皮一枚剥がせるだけであった。
ガグン!!!!
ドラゴンゾンビの右手が振りおろされ、アーマードゴーレムに爪の一撃が直撃した。
「ぐあっ?!」
一瞬目の前が真っ白になった。
斬撃はバリアではじいたが、衝撃を軽減してこの威力である。
バランスを崩し一気に高度を落とす。
青い海が一気に視界にひろがり、あわや沈没という寸前で、全力で風を吹かせてブレーキを踏んだ。
やはり世界の王者たる長老竜である、パワーもサイズも何もかも規格外だ。
しかし。
「まだまだぁ!」
再度、高度を取ってウィルはドラゴンに向かっていった。
そのころ、地上では死者の群れが総攻撃を再開していた。
崩された肉橋に次々と死体を埋めて修復し、その上を数万から数十万の死者が渡ってスール島に襲い掛かってきたのだ。
島の本陣から魔法と弓矢が飛ぶ。
地上でも死闘が始まった。上空での戦いは誰も手出しはできない。
◆ ◇ ◆
調査船の中で、アメノはモニターや計器類に囲まれながら戦況を監視していた。もちろんすべて撮影して記録してある。
サポートAIが進言してきた。
「攻撃の決め手がないですね、レーザーを使わせないのですか?」
「威力と追尾力が不足してる。ウィルの戦闘センスに合わせたロングソードがベストな選択」
無理やり船外活動用のパワードスーツを持ち出したが、そもそも調査船もパワードスーツも軍事用途ではない。敵と出会ったらまず逃げる前提の装備である。
最低限の自衛装備しかついてないのだ。
「どうする……」
アメノは次の手を検討し始めたが、サポートAIの報告で思考を中断された。
「マスター、偵察ビーコンに反応あり」
アメノは上空に浮かべた偵察ビーコンからの超遠隔視覚情報を展開する。
死者の群れ。
それは人間だったり、森人だったり、ゴブリンだったり、豚人だったりしているのだが。
その中にひときわ異様な生物が居た。
それは巨大な水晶の鉱石に手足が生えたような外見で黒灰色の突起が複数飛び出ており、そして大きく膨れ上がった頭部と巨大な丸い目を二つ持っている。
「……指揮官級ケイ素生命体」
データベースに照合して確認する。珪素代謝生命群の典型的なユニットの一つだ。
指揮官級は一瞬だけ画面に映って、すぐ消えた。
「画像データで視認できたのはこの一秒半のみです、狙撃を警戒しているようですね」
サポートAIが報告した。
知恵がついている。
指揮官級ユニットが来ているならば、一億もの死者が組織立って攻撃を仕掛けられている理由も理解できる。
逆に言えば、コイツを倒せば一億もの動員は長く続けられないはずである。
◆ ◇ ◆
天空での一騎打ちは続いていた。
ガン!!!
爪の一撃を避けて機動したところで尻尾の一撃を食らい、ウィルはよろめいた。
もともとの怪力に加えて、死者化による強化で竜の攻撃力は異常に膨れ上がっている。
一撃を食らうだけですさまじい衝撃である。
グオオオオ!!!
動きが鈍ったところに竜が巨大な火の玉を吹き出し、アーマードゴーレムが火に包まれる。
一気に周囲の気温が上昇し、炙られるような熱気に包まれた。
「はぁ……はぁ……」
このまま打ち負けるのか。
バリアはある。
しかし殴られ続けたら自分の身体が耐え切れない。もしくは火炎の息で蒸し焼きにされるだろう。
嫌だ。
まだアメノにきちんと結婚して何をするのか説明していない。
このまま死んでたまるか!!
刺し違えてでもこいつは倒す!
ウィルの意思にこたえて皇竜のメダリオンが光を増した。
全力で魔道具を動かして風を噴射する。
一気に上昇する。
「うおおおお!!!」
ウィルは天高く飛び上がり、太陽の中に入った。
太陽の圧倒的な光に包まれ、ドラゴンが一瞬ウィルを見失う。
そこに十本の無限刃ロングソードを構え、一気に急降下した。
狙うは竜の喉元一つ。
急に目の前に現れたウィルに対して、竜が今までにない強烈な火炎のブレスを吹き付けてきた。
ちりちりと服が燃えはじめる。
構わない、この一撃にかける!
そのまま竜の口元に飛び込み、身体を燃やしながら。
機械腕を高速で回転させ、切り裂いた。切り裂き続けた。
喉の一点に絞り。
そして突き抜けた。
花火のようにあたり一面に真っ赤な竜の血が広がる。
そして、竜の巨体が。
死者の群れの中に落ちて行った。
ズオオオオン!!!
◆ ◇ ◆
『マスター、敵の指揮官級……が居たところにドラゴンが墜落しました』
「終わったね」
敵の動きに変化が生じた。
海に、地上に、千万もの死体を残し、死者が引き上げていく。
味方の陣営から歓声があがった。
 




