57 人海戦術
全力での戦いが続いた。
ありとあらゆる戦術を駆使した。
四属性すべての魔法使いを動員し、フルに支援を受けた騎士が超高速で敵に斬り込んだ。
そして人類皇帝の魔道戦艦が上空から矢の雨を降らせる。
撃破確実だけで十五万、不確実も合わせると数十万の敵を屠った。
しかし、死者の足は止まらない。
― ― ―
「一億とはなんじゃ一億とは!!! そもそも中つ国の人間をこぞってもそんな人数は居らんじゃろうが!」
赤いドレスを振るわせて火炎王の娘、シャル姫が叫んだ。
「敵の主力……えっとこれは何?」
アメノは偵察ドローンから得た偵察結果を映写した。数千万の異形の姿をした小人。目はらんらんと赤く輝き、牙と爪が長く伸びて痩せた身体にはまばらに毛が生えている。
「……ゴブリンではないか?!」
「まさか、各国の管理ダンジョンから?!」
ゴブリンは繁殖力に優れ、主な住居にしているダンジョンから定期的にあふれ出てくるので、各国の魔法使いや騎士団がちょうどいい訓練相手としているぐらいである。
ダンジョンに討伐隊をいれて駆逐するには危険が大きすぎるし、どうせ一か所で駆逐したらまた四か所に沸く種族である。
よって、特定のダンジョンを管理ダンジョンとして溢れないように定期的な討伐を繰り返していたのだが。
火炎王が絶望したかのように呟いた。
「全世界の千か所にも及ぶ管理ダンジョンが乗っ取られ、ゴブリンが好きに増えているとすると……」
とんでもない数になる。やつらは弱いだけに繁殖能力と成人速度だけは異常なのだ。
「こういう種族もいる」
アメノが次の映像を映し出す。そこには数十万の反りあがった鼻をした大型の種族に、数百万のとんがった耳をした毛むくじゃらの小型の種族。
「荒地の豚人どもではないか、草原の犬人もいるぞ……」
「ちょっ?! 森人もいるじゃないか?!」
ティリルが叫んだ。
どこか別の森が攻め落とされたのだろう。数千の弓矢を持った森人死者が虚ろな目で歩いている。
「山人の死者もいるな、ははは。全人種総揃いではないか」
人類皇帝が笑ったが、だれも続かなかった。
― ― ―
昼夜問わない攻撃が続いた。
すでに外壁は陥落し、内壁も陥落寸前である。
「内壁も放棄する!! 最後の防衛隊は魔道戦艦に急げ!」
魔道戦艦の甲板に鈴なりになった森人弓兵が矢の雨を降らせ、支援する中でウィルたち足止め部隊が魔道戦艦から垂らされた縄梯子にしがみつき。
そして死者が大陸を完全に制覇した。
対岸の島側の陣地。
撤退してきた兵を火炎王たちが出迎える。
すぐさま武具の修理と矢玉の補給が行われた。
島全体が臨戦態勢にあり、全力で戦闘のための用意を行っているのである。
「じゃが……矢の本数ですらやっと数十万本。敵が一億もおるのじゃ……」
「ははっ、ご心配なく。足りない分はこの剣で打倒しますよ」
ウィルは軽く笑い飛ばしたが、カラ元気なのは否めなかった。
火炎王が目の前の幅千歩に及ぶ海峡を指さした。
「しかし、この千歩海峡あるかぎりこの島は難攻不落。ここから少しずつでも反撃して敵を削っていくしかあるまい」
皆が深く頷くと、伝令から報告が入った。
「敵が……敵が……海峡を埋めています!!!」
「何ぃいい?!」
見ると、豚人死者たちが次々に死体を海峡に投げ込み始めている。そして手持ちの死体が尽きると。
豚人どもがそのまま海峡に沈んで行った。
一万、二万とどんどん海峡に沈んでいきそのまま動かなくなる。
しかし、次から次へと海に沈む中で、やがて。
死体の山で道ができた。
「なんだとおおおお?!」
火炎王の陣営は驚愕に包まれた。
― ― ―
「我々は死者に対する認識を改めなくてはいけない」
ウィルは陣幕の全員に説明していた。
「奴らは進化する。そして奴らは一番の脅威と見た目標に全力を集めることができる」
火炎王以下の全員がうなづいた。
ウィルが続ける。
「ただのバケモノではなく、何らかの意思をもって我らを攻め滅ぼそうとする悪意を持った連中だ」
そしてアメノが言葉を続ける。
「私は彼らを知っている。彼らに似た生命体を」
珪素代謝生命群。
決して交渉しない。決して意思疎通を取らない。全く未知のエネルギー体系のもとに生活しており、すべての炭素生物を憎み滅ぼして、星系をまるごと珪素代謝体系に組み替えることだけが目的の生命体。
銀河知性統合政府の最大最悪の宿敵である。
「知っているならば、倒し方もわかるのじゃな?!」
シャル姫が食いついてきた。
分からなくはない。ただやるには結構なリソースが……
「そのために……その指輪がほしい」
「はっ?」
シャル姫の指には白金族の指輪がきらりと白く光っていた。
― ― ―
数千のゴブリンゾンビが一斉に肉の橋を渡ってくる。
「~海幸い聞き給え!~」
水魔法使い隊が波をぶつけてゴブリンを押し流す。
しかし肉橋の幅が広がり、さらに数万のゴブリンゾンビが豚人とゴブリンの混成肉橋をわたり始めた。
肉橋が島に接近しつつあるところに土魔法で即席の城壁を設置し、弓矢やバリスタを持ち出して死者たちを薙ぎ払う。
ある程度固まったところには火炎王が大火炎魔法をぶつける。
全員が全員魔法耐性を身に着けているわけではなく、何割かは瞬時に焼却されていった。
「ふむ、この義足はなかなか調子が良いぞ! さすがはアメノ殿!」
その火炎王であるが、ぴんぴんして城壁の上を歩き回っていた。
食われた脚もアメノが作った義足で何ら問題なく機能しているようだ。
しかもこの義足は木や金属で形だけ作ったものではなく、本人の意思に合わせて自動で動くものである。
「敵の第二派来ます! 次は山人! 斧を持っています!」
しかし肉橋とは言え、しょせんは大人が二人も手を広げて並べるぐらいの幅しかない。
せいぜい数十から数百しか同時に戦えない以上、数を活かすいつもの死者たちの戦い方は出来なかった。
ドワーフゾンビの斧を切り払いながらウィルは考えた。
「これならまだまだ耐えることはできる……ん?」
見ると大陸側の死者陣地で何かの動きがある。
大量のゴブリンゾンビと人間の死者が見渡す限りの幅で並び……
そのまま海に沈んで行った。一列、二列……百列が海に沈んでいく。一万二万百万以上が海に沈み。軽くもがいて、動かなくなる。
そして広大な陸地ができた。
「っておおおおい?!」
ウィルが呆然と目の前の光景を見て立ち尽くす。
「これぞまさしく人を海と為す、人海戦術と名付けよう! 歴史書に書くぞ!」
粛然とする火炎王の陣営の中で、元気なのは人類皇帝だけであった。
日曜日三回目の更新です。
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