56 ガラス
火炎王の支配する島国、スール王国。
ウィルたち人類帝国軍(総勢五十名)は作戦に備えて内壁の中で備えていた。
大陸側領地を護る最後の内壁。その内側には入植地と陣営が設置されており、死者の群れに突破されたら大陸反攻は一気に絶望的になるだろう。
そこに死者軍が一斉に攻めかかった。外壁を乗り越えつつあるその数三万から四万。
「撃てっ!」
森人の長、ティリルの指示で人類帝国軍から天に向かって一斉に矢が放たれる。
それに引き続いて、スール王国の平民兵も天に向かって一斉に弓を放った。手持ちの弓をすべて動員したのか、未熟な兵の放つへろへろ矢も混ざっている。
これでは敵陣に届かない。
いや、届く。
「~風幸い聞き給え~」
「~風帝よ応えよ!~」
スール王国の風魔法使い部隊十数名が一斉に風を吹かせ、そしてそれを人類皇帝の風魔法がまとめ上げて暴風となし矢を一気に上空高く巻き上げ。
そしてそれを一斉に投げおろした。はるかに高き天空から打ち下ろされる千本の矢は地に引かれ加速し。
千体の死者を貫いた。
それでも死者の歩みは止まらない。
土魔法で荒く整地された急ごしらえの広場を矢に射倒されながらも進む。
城壁に水魔法使い部隊が立った。十数本の杖が突き上げられ、詠唱が響く。
「~海幸い聞き給え~」
魔力で誘導された海水が外壁と内壁の間に流し込まれる。
勢いはなく、死者を倒せるわけではないが。
しかしもともとが土魔法で急増された地盤であり、万近い死者の行進そのものが土と海水を捏ね上げ、たちまちに泥濘の海が発生した。
そして見渡す限りの死者の群れが外壁と内壁の間の泥の海に腰まで浸かってしまった。
そこに土魔法使い隊がおどおどと現れた。そもそも土魔法使いは前線に出ることは少なく、荘園の土の改良や、土木工事がメインなのである。
土魔女のジョセルが土魔法使い隊の先頭に立った。
「~土幸い聞き給え~」
見渡す限りの泥が一斉に固まり、無数の土の腕が伸びて死者の足腰に絡まって、そのまま硬化した。
それを見てウィルが内壁の上から喝采をあげる。
「よし、敵の動きが止まったぞ!」
「おお、湖畔の伯爵ウィルよ。そなたの言う通り魔法は補助に徹すればまだまだ使えるではないか! 歴史書……いや今すぐ人類に共有すべきであるな!」
人類皇帝が黒マントをなびかせながら、ウィルをほめたたえる。
「いやいや、自分の魔力に自信のある人は直接吹き飛ばす戦い方しますから。こういうからめ手の戦い方は、こちらの土魔女に学びまして」
「どうせ土魔法は非力で陰険で足引っ張る戦い方しかできませんからねぇ?!」
ジョセルが何か不満なようだが、今がチャンスだ。
「スール王国騎士諸君! いくぞ!」
「おう!」
これまた今までは大魔法の陰で護衛ばかりしていた、騎士隊の先頭に立ち、ウィルは足止めされた死者の群れに突入した。
鉄と肉の暴風が吹き荒れ、まるで麦を収穫するように死者が刈り取られていった。
ウィルが高速で駆け抜け、的確に死者の首だけを落として回る。
それに続いた森人剣士とスール王国の騎士隊が敵を斬り伏せる。
その後をはっはっはと高笑いをしながら、人類皇帝とホムンクルス二体が戦場を闊歩していた。支援魔法のかけなおし以外は特に戦っていないが、周りを見ながら負傷兵を回収したりしている。
一方的な戦いがしばらくつづき、一万近い死体を積み上げたところで、死者たちが撤退していった。
すぐさま追撃を行い、外壁を取り戻す。
「おお、勝利だ! 大魔法が無くても勝ったぞ!」
「土魔法使いでも役に立つのだ!」
「騎士が戦いの主役になろうとは……」
スール王国の軍には喜びの声が満ちていたが、ウィルには違和感が残っていた。
……死者って撤退する頭あったっけ?
◆ ◇ ◆
患者と献血の検体を急造のタンカに載せ、サポートAIに担がせて陣営に戻ると、やけに騒がしい。
「勝った! 我々はまだ勝てる!!」
「勝利だ勝利だ!」
「マスター、確かに大陸側の城壁に寄せてきた敵は撤退に移っています」
「……整然と撤退している?」
気になる。サポートAIに探索範囲の拡大を命じる。
テントの中に入ってバイタルモニターの設置などをしていると、火炎王とシャル姫が麻酔から覚めたようだ。
「……生きておる。助かったのか?」
「人殺しーー?! ……って何もされてない? な、なんか異常にだるいのじゃが何の呪いじゃー?!」
うるさい方に回答だけしておく。
「麻酔から完全に覚醒していないだけ、血は抜いた」
「吸血鬼ーー?!」
もう一回寝かせたほうがいいのではないかこの子はうるさい。
そこにウィルたちが大勢の軍人と帰還した。
「……陛下の病状は?!」
軍人たちが迫ってくる。うう、暑苦しい。
「手術は完了した、これが死者の正体」
軍人たちがどよめく。だから迫らないでほしい。
アメノは手元の樹脂板に塗り固めた、黒灰色に光るガラス質の繊維を見せた。これを脚を切り裂いて取り出したのだ。
「もう少しで脳に達するところだった、すでに除去は終わっている」
「おお、では王は助かるのか!?」
そう言っているだろう。だから近寄るな。私はウィルを見つけて、とたとたと駆け寄った。ウィルバリヤーである。この暑苦しい軍人どもを跳ね返してほしい。
想定通りにウィルが軍人たちを追い払って、樹脂板を見ながら質問する。
「それ、何だ? ガラスのようにも見えるが」
「ケイ素、だからガラスで合ってる。問題は生きてること」
それを聞いて黒ずくめの人類皇帝が口を挟んだ。
「……ガラス生物などこの人類皇帝も聞いたことはないぞ?」
私は聞いたことがある。説明を続けた。
「感染メカニズムはこの組織の種子を噛みついた相手に大量に注入。脳と脊椎の神経系を乗っ取って成体になる」
「恐ろしい」
身を震わせる人類皇帝。周りの人間も黙って聞き入っているようだ。
なお空気感染ルートもあるがこれはすでに初期感染を生き延びた人間には抗体ができている。
「だから、首を斬るか、燃やすなどで脳と脊椎の連結を破壊すれば機能が停止する」
「それだけわかればいい、倒せるなら人間は負けない」
そういうとウィルは火炎王に向き合った。
「火炎王陛下、死者どもは貴方の部下の活躍で追い払いました。敵は同じ攻撃を続けると学習し、成長します。しかし」
ウィルが言葉を続ける。
「我々人間も同じく学べる種族なはずです。今回は魔法を補助に回して白兵戦中心にすることで見事に勝つことができました」
「おお……ありがとう、人類皇帝どのと伯爵殿のお陰だ」
火炎王がお礼を述べ、周囲のスール王国の将軍たちもそれに続く。
「うむ、人類はあんなバケモノには負けぬ!! 我々も戦術を進化させ、やつらを倒せばよいのだ。これは歴史書に」
くいくい。
「なんだいアメノ?」
なんか感動しているみたいだが、正確な情報は常に必要だ。サポートAIからきた最新の索敵結果をさっそくウィルに報告することにした。
「敵が接近中」
「そうか、じゃあまた作戦を立てないとな、数は?」
「一億」
場が凍り付いた。
日曜日二回目の更新です。




