53 島国の火炎王
スールは島国である。
中つ国人類諸侯領の中でも最東端の沿岸に存在しており、海岸から千歩ほどの小さな海峡を挟んだ島に領地を持つ国であった。
魔道戦艦の内部、魔力を放って光る魔法陣に囲まれた広間の中で、ウィルとアメノ一行たちは人類皇帝の説明に聞き入っていた。
「スールが生き残っていたのは、中つ国の辺境に位置するのと同時に、火炎王殿が偉大な火属性魔法使いだということもある」
死者大災害発生後、次々に中つ国の人類諸侯国が陥落する中、人口が少なかったため疫病による初期発生が軽かったスールは首都の島を確保。島に押し寄せた死者の群れを、火炎王の魔力と海峡を防壁にして何度も撃退することに成功したのだった。
人類皇帝が説明を続ける。
「で、今は大陸に反攻を行い、防壁を築いて人間の生息域を少しずつ広げているということだ」
魔道戦艦がスール島の海岸にゆっくりと降下していく。アメノのフネも魔道戦艦に曳航されながら降りていく。
もうあそこまで修理が終わった。浮力を回復している。あとは動力が直ればアメノは帰ってしまう。
ウィルはそれを見ながら、密かに焦りを覚えていた。
アメノに残ってもらうには結婚するしかない。
でもアメノに結婚を申し入れるにあたっては、結婚の定義が必要だ。
定義って何だ。
今まで一度も考えたことが無かったので、この生まれて初めての宿題にウィルは困り果てていた。
◆ ◇ ◆
浜辺に着水し、アメノは海を眺めていた。
目の前に広がる青い波が寄せては返し、潮の匂いが鼻腔をついた。
そして潮風が髪の毛を軽く揺らしていく。
「広大な海ですね、重水素を濃縮するのに十分な水量が確保できます」
サポートAIの報告に頷くアメノ。
今回、無理をしてでも調査船を飛ばした目的の一つが海水からの重水素の回収である。
自然界の宇宙放射線などの影響で、巨大な水塊にはごく少量の重水素が含まれており、それを濃縮することで核融合の燃料とすることができる。
質も量も劣りはするが、宇宙船の燃料として何とかなるレベルだ。
「燃料の蓄積が終わったら、出発でよろしいでしょうか?」
「調査したデータの報告は必要」
アメノはぼそっと呟いた。
「あの、エロオスはマスターに残って欲しそうですが」
「……ウィルが求めていることが分からない」
なんとなく今のまま、デートしたり、ご飯を食べたりして楽しい時間を過ごせればいいという気分と、科学者クローンとして、銀河知性統合政府の市民として政府に尽くす義務の中でアメノは揺れていた。
何よりもウィルが自分に何をしてほしいのかが良く分からない。
今まで色んな楽しいことや美味しいことをしてくれたのはウィルであるし、できることならできるだけしたいが……。
あと。
「うふふふふふ」
このサポートAIはさっきから何故私を見つめて終始にやついているのだ。
「なぜ笑っているのか?」
「……気のせいでは? AIが笑うなんておかしいですよ?」
それはそうだが、このAIの壊れ方は良く分からない。
宇宙に出れば時間はあるし、プログラムのクリーンインストールをするべきかもしれない。
そうアメノが考えていると、AIが報告してきた。
「おや、何か現地人が出てきましたよ。政府要人っぽいですね?」
◆ ◇ ◆
スール島の海岸。
着水した人類皇帝の魔道戦艦と、アメノの魔道船が海に浮かんでいる。
ウィルたちは人類皇帝とともに浜辺に降り立って周囲を眺めていた。ごつごつした岩が並び、背の低い木がまばらに生えている。
その浜辺に従者を多数つれ、フリルの多い赤いドレスを着た少女が進み出てきた。長い金髪をポニーテールにして後ろに下げて、小さな金のティアラをつけている。
「ククク、人類皇帝殿、よくぞお戻りなされた」
「おお、シャル殿、本日も実に麗しい」
黒いマントをふぁさっと翻すと、人類皇帝はシャルと呼ばれた少女に対してレディに対する礼を行った。
「こちらの超絶美少女が、火炎王殿の息女のシャル=ジ=スール殿である」
人類皇帝が私情の入った紹介をしてくれた。
「ようじょだ」
「かわいい」
白ワンピースのホムンクルスの女の子二人が人類皇帝の周りでくるくる回っている。
「湖畔の伯爵、ウィルファスでございます」
「ふっ、話はそこの皇帝から聞いている! 難民がいるなら父上が取り戻した土地に住むが良い。人手はいくらあっても足らぬのじゃからゆえ」
たしかに移住に適しているか見に来たのではあるが、なんか結論の早い少女である。
着水時に上空から見下ろした感じでは、島にはもともとの住民以上を受け入れる余裕はなさそうだ。
しかし、大陸側で取り戻した土地ということは、死者の襲撃を真っ先に受けとめる場所であるということだ。
今の森の湖畔と、スール王国の大陸側のどっちが安全かは良く考えないといけないかもしれない。
「ご挨拶したいのですが、国王陛下はいずこに居られますか?」
「うむ、今も死者共が来ておるゆえ、討伐に出ているところじゃ」
シャル姫の説明によると、火炎王は定期的に出撃しては、近習の火炎魔法使いと一緒に、死者を焼き払っているらしい。
ウィルは一つ気になることがあった。
「あの、姫君。バケモノを一か所で倒し続けると逆に敵が集まる習性が」
「ククク、そんなものは知っておる。もうバケモノどもとは長い時間戦い続けておるでな」
シャル姫は金髪の中から赤い目を光らせて答えた。
「よって、我らは囮部隊を使ってバケモノをわざと呼び集め、殺し間に固めて大魔法で一気に焼き払っておるのじゃ! この戦法を採用して以来、我らは連戦連勝!」
「おお、なんと素晴らしい、さすがは美少女。歴史書に残るであろうよ!! いま書く」
「なるほど」
いや、すごいのは父王であって、シャル姫は関係ないだろ。
と考えながらも一応相槌を打つウィル。
くいくい。
なんだ。
アメノだった。何か言いたいことがあるらしい。
振り向くと、アメノはウィルの目をしっかりと見据え、アメノが断言した。
「死者は進化する」
ウィルはアメノの目を見返した。なんとなく感じていたことでもあるが、改めて断言されると確信に変わる。
「物理攻撃を続けたら装甲が増したゾンビキメラの例がある、もし彼らが同じ火炎攻撃をひたすら繰り返している場合」
まずい。
しかし話を聞いていたシャル姫は、ふんと鼻で笑うと。
「何を申すかと思えば。あのバケモノは数に任せた一つ覚えの攻撃しかできぬのじゃぞ? 我が父上が遅れを取るようなことは」
「姫君大変です!!! 陛下が死者に!!」
血相を変えて伝令が駆け込んできたのはまさにその時であった。
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