52 オムレツたべて要件定義
湖畔の集落は少しずつテントが減って木造の家が増え、難民キャンプからよりきちんとした町に成長しつつあった。
その集落の広場にウィルと住民が集まって、カマドの周りで何かワイワイと作っている。
料理だ!
アメノはウィルたちに近づいて行った。
「何を作っているの?」
「あと少しで出来るぞ」
土魔女のジョセルと森人の長ティリルが不思議そうにウィルのかき混ぜているものを見ている。
アメノは火にかけられた鍋の中身を見たが、ぐつぐつと煮立っている油があるだけで何も作っているようには見えない。
ウィルは手元でひたすら何かをかき混ぜていた。ボウルにいれた黄色い液体を泡立てているようだ。
ウィルの隣には変な帽子をかぶっている帝都から来た難民が控えている。ジョセルに聞くと料理人の印らしい。
その料理人が合図をした。
「伯爵さま、今です」
「おう!」
じゅわあああああ!!!
ウィルが油の中に泡立てた液体を投入すると、一気に火が通り、そして、一気に黄色い液体が膨らんだ。
「卵ふわふわスフレの完成っと! すぐ食べるぞ!」
すぐさま熱々の黄色い塊が切り分けられて、サトウカエデのソースがとろりと振りかけられた。
促されるままにアメノは一かけらを口に運ぶ。
暖かく、しっとりと甘い柔らかな塊が口の中でとろけるようにほぐれていく。
「んーっ!」
アメノは目をつぶって、体内に走る甘美な響きを味わった。
「ふわふわ……」
「旧帝都名物のスフレオムレツじゃないですか!」
見るとジョセルも、ぱくぱくとスフレを攻略していた。昔を思い出して感動しているようだ。
しかしティリルは少し抵抗があるようで手元のスフレをじっと見つめている。
「た、卵かこれ……」
「大丈夫、肉くさくないよ」
ウィルに促されて恐る恐る口に運ぶティリル。
一口食べて、目を見開く。
「甘い……し、油も臭くないだと……? いい匂いではないか」
「オリーブ油があったから」
獣肉や獣脂が苦手な森人にも配慮された料理に、ティリルも食べ進めるたびに、口に運ぶ塊が大きくなっていく。
そして、三人でスフレに一斉攻撃をしかけ、あっという間に攻略を完了してしまった。
「美味しい」
「美味しいですねぇ!」
「美味いな!」
口々に称賛するとウィルが自慢げに胸を張った。
そこに旧帝都の料理人もウィルをほめたたえる。
「いや、伯爵さまが料理されると聞いてびっくりしましたが、卵をかき混ぜる力と速度はゴーレム以上ですよ!」
「馬鹿力と言われてる気もするが」
ウィルが口を挟むが、料理人はすぐさま否定して。
「いやいや、スフレはこのかき混ぜパワーが大事! ありあわせの材料でベストな組み合わせを考えるセンスも素晴らしいです。貴族でなければ料理人の弟子に欲しいぐらいで」
「状況が落ち着いたら、弟子入りをお願いしようかな」
ウィルが冗談めかして言うが、本人も気に入っているようだ。
アメノは考えた……料理人とはたしかいろんな料理を作れる技術者のことで、色んな美味しい料理を生み出すことができるはず。
それはぜひ料理人になるべきではないだろうか。
「それは素晴らしい、ウィルの料理なら毎日食べたい」
「えっ」
そういうとウィルはびっくりしたようにこちらを見てきた。顔がだんだんと赤くなってくる。
そこにジョセルが口をはさんできた。
「……何を勘違いしていやがるんですか、単純きわまりないアメノの発言にそんな裏の意味はないって、一番わかってるの貴方ですよねぇ?」
「はい」
ウィルは悲しそうに顔を伏せた。
不本意である。アメノは反論を試みた。
「この間から私に対して、残念な子だとか単純だとか謂れのない批判を感じるのだが」
「では、今の発言に裏の意味がありやがったとして、どういう意味を含みます?」
「……とても高度な社会文化的背景があると思うが、わからない」
ウィルがうなだれた。
「ウィル、もうこんなのおいて、私と結婚しやがりません? 何でも好きなことしていいですし、夫の言うことには逆らいませんよ?」
「それはずるいぞ、このティリルも貰ってくれ、嫁でも愛人でも良いぞ」
ジョセルとティリルがウィルを挟んで詰め寄った。
ウィルは二人を引きはがすと、アメノの方に向かって話しかける。
「待ってくれ、ちゃんとアメノに申し込みたい……アメノ、俺と、その……」
「……」
ウィルが言葉を続けられない。沈黙が辺りを支配した。料理人をはじめとして、難民たちが数十人集まってきてウィルを見つめている。
ウィルが何かに気づいて叫んだ。
「って、こういう衆人環視の下でやることじゃなくないか?!」
「ええ、そうですねぇ?」
「今気づいたのか……可愛い」
ジョセルとティリルにからかわれるウィル。
ウィルはそれを聞いて何かを決心したかのようにアメノに告げた。
「アメノ、あとで改めて結婚を申し込みたい。デートの約束をさせてくれ」
「デートの約束は了解した。結婚だが……」
アメノが少し考えるように言葉を切った。
ウィルが緊張して次の言葉を待つ。
「どうも、裏の意味とか言葉がややこしいので、結婚という状態の要件定義をお願いしたい」
「えっ」
ウィルが想定外の回答に目を丸くする。
いや、そう言いたいのは私の方だ、この間からダブルミーニングやら隠れた意味やらいろいろあって理解しないことを責められても困る。
「つまり、ウィルが私に何をしたくて、何を求めているのか全部説明してくれ」
「……何をしたいって……」
「私ができる範囲なら受け入れる」
「それって……」
顔が真っ赤になり、ウィルは黙り込んでしまった。
「……うわぁ」
「結婚してもしなくても愛人枠でいつでも使っていいのだぞー」
ジョセルが気の毒そうに顔に手をやって、ティリルがアピールしていた。
「と、とりあえず今夜デートしよう、そこで説明とできれば実行……」
ウィルが気を取り直してアメノに話しかけたとき。
東の空に巨大な影が浮かんだ。
「マスター、既に報告してますが友軍の戦艦がそろそろ到着します」
さっきから静かにアメノの姿を眺めてにやにやしていたエプロンドレス姿のエーアイが無表情に告げる。
人類皇帝と魔道戦艦であった。
「人類帝国臣民よ! 安全な移民先が見つかったのである!」
な、なんとか更新続けます。
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