50 罪と罰
荒れ果てて雑草の生い茂る田園地帯で、人間と森人の連合軍と死者の群れが死闘を繰り広げている。
湖畔の伯爵ウィルが敵陣を切り崩す間、アメノと残った本隊は少しずつ退きながら慎重に敵を削っている。
襲い掛かる死者を人間兵の槍で牽制しつつ、森人の長ティリルの指揮する森人兵の弓矢で射たおし、近寄ってきた敵の攻撃は土魔女のジョセルの防御魔法で防ぐ。
そこに大型のゾンビキメラが襲撃した。個々の兵ではかなわないが、連携をすればなんとかなる相手である。
じっくりと足元を土魔法で押さえて動きを縛り、弱点である背中に刃で一撃を加えるのだ。
しかし。
「な、なんじゃこやつ!? 背中が堅いぞ!!?」
甲高い声で叫んだのは金髪の森人の長、ティリルだった。必殺のはずの背中への一撃が跳ね返された。ならばどうやって倒す??
「ぐおおおお!」
ゾンビキメラが雄たけびをあげて本隊に襲い掛かる。ゾンビキメラの足元に絡んだ土魔法のツタはぶちぶちと音を立てて切れていった。
「落ち着きやがりなさい! 少しずつ退きますよ!」
魔道貴族らしくジョセルが兵を統率して距離を取ろうとする。
「止めて」
アメノの指示で作業用ドローンに入ったサポートAIがエプロンドレスから機械腕を展開してゾンビキメラに組み付いた。
「ぐあああ!!」
ゾンビキメラが殴りかかる腕をAIの機械腕が受け止める。
ジュワッ!!!
機械腕からレーザーカッターが展開され、じりじりとゾンビキメラの腕を切断し始める。
そこにゾンビキメラがAIの頭部に噛みついた。
「うわ、食べられ……ごぼっ」
ごりっと音がして、作業用ドローンの頭部が噛み砕かれる。
問題はない、あれはAIの趣味でつけた飾り……。
「う、うわあああ?!」
しかし、目の前で首を噛み砕かれたショックで、徴兵されたばかりの人間兵が逃げ出してしまった。
「あっ、こら!! ここで逃げたって死ぬだけですよ?!」
ジョセルが必死に叫んで呼び戻す。周りの森人や兵も手を掴んで無理やり隊列に引き戻すが二名ほどがどこへともなく逃げ出した。
「はぁ……」
アメノはため息をついた。
とても残念な気分だ。なんて愚かな兵だろう。AIは作業用ドローンで、いわゆる人形だと最初に説明したのに。
そもそも軍隊として戦っている以上、誰の首が飛ぼうが足が無くなろうが、最後まで踏みとどまって隊列を維持するのが最も生存確率が高いのである。
やはり、銀河知性統合政府のように、戦闘前に全員に精神安定剤を投与するのが良いのではないか。材料が足りないから今は無理だが。
それをあのように本隊とはぐれてしまうと生還は望めない。実に愚かだ。救出に行けば本隊も危険にさらされる。
しかし、早めにこいつを処理しないと他の敵が追い付くな。
アメノがゾンビキメラを狙って個人防衛モジュールの主砲にチャージを開始した。
そこに。
ズバッ!!!
「ぐあああっ!?」
戻ってきたウィルの無限刃ロングソードの一撃。
進化型ゾンビキメラの背中の装甲を切り裂く。
「無事か?! ってエーアイさん首どこっ?!」
「あー、食べられちゃいましたー」
胸から声を出して話すAI。
首の無いまま、スカートを掴んでウィルにお礼をする。
「かえせー」
そして、AIは機械腕を伸ばして、倒したゾンビキメラの口をこじ開け、体液でドロドロになった頭部を回収した。
そこにジョセルがやってきて、逃亡兵の報告を行う。
「ウィルー! うろたえた兵隊が二人逃げ出しましたよっ!」
「よし、すぐに連れ戻す!」
ちょっと待ってほしい。私はそのような時間が無いことを説明した。
「先ほどからの戦闘で周辺の敵が一斉にアクティブ化」
わかりやすいように上空に浮かぶ偵察ビーコンからの情報を地図に反映し、その地図を地面に映写してウィルに説明する。
「移動速度も速い。すぐに離脱しないと包囲される。危険」
「わかった」
うむ、わかってくれたか。ああいう全体最適を理解していない兵は捨てるしかない。
しかし、ウィルのその後の行動は予想外のものだった。
「本隊はこのまま離脱! 俺は騎馬で二人の救出に向かう」
なぜそうなる。
ウィルが危険だ。この集団にとって一番重要な指揮官を危険に晒して逃亡兵を守るなどまったく全体最適ではない。
みんなのためにも見捨てたほうがいい。兵など任務に合わせて使い捨てにするものではないのか。
「仲間だぞ! 見捨てたり使い捨てにするなんて絶対にしない!!」
なんて非合理な。
私は不満だったが、指揮権を持つウィルの命令だというので渋々ウィルを残して撤退することになった。
◆ ◇ ◆
青々とした広葉樹の森に囲まれた湖畔の集落。
太陽が傾き、ほぼ日が暮れかけたころにウィルは捕獲した逃亡兵と帰還した。
「おお! お帰りだ」
「兵も無事だ!」
「伯爵さま万歳!!」
安否を案じていた集落の住民から一斉に歓声が上がる。
「いやぁ、遅いからどこかで死にやがったかと心配しましたよ!」
「いや、ウィル殿はこれぐらいやると信じていた」
土魔女のジョセルと森人の長ティリルが口々に歓迎してくれた。
なんか皆に歓迎されてむず痒い感じでアメノを探すと、彼女は少し離れたところで無表情のままこちらを見つめていた。
怒らせたかな。
アメノはずっと俺の身を案じて、逃亡兵を探すことを反対していた。
確かに合理的に考えればアメノの意見が正しいのだ。立派な魔道貴族なら魔法も使えない平民は使い捨てにすべきだし、勝手に逃げ出した兵を探して命を危険にさらすなどありえないだろう。
しかし、俺にはそれはできない。生き残っている人間を一人でも多く救って人間の国を取り返すのが目的なのだ。いくら目的が正しくても平気で兵を見捨てるなどできない。
考えていると周りで非難の声が沸き上がった。
「おい! 伯爵さまに迷惑をかけてどうするんだ!」
「そうだそうだ!」
見ると逃亡兵が他の兵から責められている。これもまずい。反省はしてもらうべきだが、吊し上げるために助けたんじゃない。
「みんな! 聞いてくれ!」
ウィルが叫ぶと周りの兵が鎮まった。
「軍の指揮官として、兵の罰則は俺が決める」
周りが一斉にうなづく。
「そして罰を受けたからには以後その罪について責めてはいけない!!」
……ざわざわ。周りが少し騒がしくなった。逃亡兵をかばっているように聞こえたのだろう。これは相当重大な罰を与えなければならない。
それを感じたのか、逃亡兵二人は俺の前に平伏して震えている。
「申し渡す。 逃亡兵二人は五日間、アメノの給食を食べる刑に処す!」
おおお……
周囲がどよめく。
一斉に同情の目が逃亡兵二人に集まった。
アメノの給食の味は全員に知れ渡っているのである。
じと……
なお、アメノがなんか非難するような眼でこちらを睨んできている気がしたが気のせいだろう……。ウィルはアメノの方を見ないように集落の奥へ向かっていった。
今日はきっと21日木曜日……仕事にかまけて更新サボってたので何とかします。
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