49 遠征
なだらかに広がる田園地帯。
もはや手入れする人もいない畑は荒れ果て、雑草がはびこっている。
季節は夏に差し掛かっており、二つの太陽が容赦なく草木を煎り上げていた。
その太陽の下で湖畔の伯爵ウィルは小部隊を率い、死者の群れと戦闘中であった。
「槍兵! 化け物が行ったぞ、食い止めろ!」
「は、はい!!」
ウィルの号令が響き、難民たちから選抜された槍隊が前にでて槍を構えた。
数名の森人弓兵がぱらぱらと矢を射かけ、次々に敵を打ち減らす中、十数体の死者達が数にモノを言わせて押し込んでくる。
人間槍兵が隊列を組んで、一斉に槍を突き出す。きらりと輝く槍先が死者を刺し貫いた。
「刺したままにするな! やつらは痛みが無いんだ、槍を取られる!」
「はっ、はい!!」
ウィルの号令ですぐに槍を引き抜く槍兵。
「戦斧隊! 前へ! とどめをさせ!」
「おう!」
槍兵の隊列の間から戦斧を振りかざした人間兵が躍り出た。
槍と矢を食らって動きが鈍った死者たちを狙って、戦斧を振り下ろす。
次々に頭をカチ割られ、ようやく死者は動くのをやめた。
「怪我はないか。よし、このまま村へ向かう!」
― ― ―
最近、ウィルたちはこういう遠征作戦を繰り返していた。
比較的戦闘に向いているメンバーを選抜して遠征隊を編成。
アメノの観測結果に従い、森から出て死者が手薄な村へ向けて進軍して、死者と戦う。
この遠征作戦の目的は五つ。
「……ウィル、村のスキャンが完了した。ここにも生き残りは居ない」
「そうか」
死者に滅ぼされた村の中。
アメノが錬金道具を使って、村を調べた結果を報告する。理屈はよくわからないが人間の有無を細かく確認できるらしい。
同時に土魔女のジョセルも魔法で隠蔽していないかを調べている。魔力の流れをたどって異常な場所が無いかを確認しているが同じ結果であった。
一つ目の目的は生き残りの捜索である。いくつもの村を回っているが芳しくない。
何回も遠征して、生き残りを発見したのは一回のみ、それもたったの二名である。
ウィルは全滅した村の中心で亡くなった村人に祈りをささげると、部下に告げた。
「よし、では使えるものを探そうか」
二つ目は資材の調達である。人口が急激に増えたこともあって、布や道具類が圧倒的に不足している。アメノがある程度の道具は作って配ったが、使えるものは少しでも多い方がいい。
さっそく村の物資をかき集める。
「やった! コショウ壺がありましたぜ!」
「えらい!」
兵を褒めるウィル。調味料を見つけると大手柄と言うことになっている。アメノが喜ぶからだ。
「ウィル、そろそろ」
「来たか」
アメノが寄ってきた。
三つ目の目標は、これである。ど派手に戦うと周囲の死者が活性化し、一斉に集まってくる。
森と湖畔の拠点から遠い場所で戦って、死者が森に浸透してくるのを防ぐためである。
森に浸透してきた死者を倒し続けていると、いつ撃破数が累積して死者の大襲撃を招くかもしれない。そのため、先に全然別のところに死者を呼び集めるのだ。
「よし、帰るぞ!」
「おう!」
ウィル隊は持てるだけの物資を持つと、湖畔の拠点へ向けて帰路を急いだ。
― ― ―
帰路の中、ウィルは部下の人間兵たちを眺めていた。
死者との実戦と行軍で疲れも出ているが、余裕が出て来たのか、軽く談笑しながら歩いている兵もいる。
まだまだ死者を恐れておっかなびっくりではあるが、勝てる相手とも認識してくれたようだ。
こうやって人間に死者に勝てるという意識を植え付けるのも目的の四つ目である。
とは言え、元々兵隊でも何でもない体力がありそうなだけで集めた一般人なので、過信はできない。湖畔の拠点の防衛を任せるためにも、じっくり訓練していかなければ。
「ウィル。敵の反応が早い。大型を含む敵の群れが接近中」
「わかった。今度は俺が出る、サポート頼む」
毎回敵の対応が早くなる、これだから油断はできない。
ウィルは死者の群れを遠目に捉え、剣を抜き放った。
「~まことに汝らに告ぐ! ここに覇を唱え駆けるは、伯爵ウィルファスなり!~」
ウィルが自己強化の呪文を唱えると皇龍のメダリオンが光り、全身が一気に軽くなる。
そして大型ゾンビキメラとすれ違うと、弱点の背中を一振りの元に切り裂いた。
「おおお!」
そして、そのまま死者の群れに突入し、次々に敵を切り伏せていく。
そして最後の目的。
こうして戦っている間は余計なことを考えなくていい。
最後の目的は、じつは、アメノに「この間の発言どういう意味」と聞くのが怖いので戦闘に打ち込むことで誤魔化すためである。
たちまち十数体の死者の残骸の山を築き、ひたすら戦い続ける。
いや。聞くまでもなくて、実はわかっている。
アメノはたまたま魔道船が壊れているからこの国に留まっているだけで、何もしがらみが無ければ魔道船が修理でき次第さっさと自分の国に帰るのだろう。
そもそも死者に滅ぼされた中つ国の人間諸侯国にアメノは縁もゆかりもないので当然のことである。縁もゆかりもあって残りたいのは俺と難民たちだけである。
なので、アメノに留まってもらう方法は一つしかない。縁とゆかりを作ってもらって、残りたいと思ってもらうしかない。
つまり、結婚を申し込んで口説き落とすしかないのだ。
そして、それをする自信が無いのでなんとなく戦闘に逃げているのである。
今の俺でアメノに選んでもらえるだろうか。そもそもアメノに本当に好かれているのだろうか。好きなら俺を置いて帰るとか言わないのではないか。というかあの子に恋愛とか結婚とかそういう発想があるのだろうか……。
考えれば考えるほど踏ん切りがつかなくなるウィルであった。
◆ ◇ ◆
アメノはウィルの戦いぶりを眺めながら、少し困っていた。
前回のデート以来、ウィルがずいぶんと忙しそうなのである。生き残りの捜索自体は本人のやりたいことだから分かるが、それにしても出撃頻度が高い。
これでは次のデートに誘うタイミングがつかめない。
もっとキスしたり、撫で合ったりしたいのだが……。
前回のウィルの質問を思い出す。
「えっと、帰るのは……一人……かな?」
たしかに私は研究結果を中央データリンクに報告するために帰還する必要がある。データの送信だけでなく、未知の物資のサンプルなども提出したいので研究拠点のある星系への物理的な帰還も考えなければならない。
その場合にウィルをどうするかだ。ウィルを置いていく場合、長期間にわたってキスや撫で撫でが出来ない。
それは嬉しくない。
よって、そのことは既に対策済である。
作業用ドローンを保管していたスペースに捕獲ケージを設置した。これでウィルを文明サンプルとして拉致して持ち帰ることができる。なお、作業用ドローンは廃棄する。
これで帰還中にもウィルと食事をしたり、キスしたりすることができるのだ。ほぼ完ぺきな案と言っていいだろう。
……だが、何かおかしい気もする。どこがおかしいのかはよくわからない。
ここはウィルの意見も聞いてみたい。檻に入れて拉致していいですかと。
― ― ―
突然の叫び声で思考が中断された。
「な、なんじゃこやつ!? 背中が堅いぞ!!?」
甲高い声で叫んだのは金髪の森人の長、ティリルだ。
銀合金の剣でゾンビキメラの弱点の背中を斬りつけたが、跳ね返されてしまったようだ。森人の剣士たちが驚き怯えている。
「ど、どうやって倒せばいいのだ?!」
私は思考を死者の観察に向けた。
そう、この遠征を始めてから、私の脳裏に一つの仮説が浮かんでいた。
……死者は進化するのではないか?
20日水曜日の分の更新分です……って無理がありますね。
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