48 フラれた
調査船の屋上(頭から墜落しているため船尾だが)デッキの端に腰かけ、アメノは湖面を見下ろす。
湖の周辺には夜の帳が降り、湖面には月のリングが怪しく光っていた。
隣にはウィルが緊張した面持ちで座っている。
なんか最近ばたばたしどおしで、ウィルと話をする時間もなかったが、やっと時間が取れた。
偵察ビーコンの情報によると今回こそは何も邪魔者は近づいていないようだ。
アメノはほっと一息をついた。
なお、サポートAIはうるさかったので、前回同様に作動を停止している。
― ― ―
あのあと、甲板から飛び降りたアメノは、自分で普通に着地するつもりだったのに、気が付けばウィルの胸の中にすっぽりと納まっていた。
「危険じゃないか!」
「そう?」
なぜかウィルが表情を緩ませながら怒ってくるが、アメノはウィルの胸の中が気持ち良かったので言われるままになっている。
そしてアメノが甲板の上を振り返ると人類皇帝は両ひざから崩れ落ちたまま、大げさに天を仰ぐとこちらを向いた。
「余のこの振られようは歴史に残るであろうよ! 書いておく!」
なんか最後に人類皇帝の良く分からないセリフをのこし、魔道戦艦はゆっくりと高度を上げ湖畔の集落から離れて行った。
― ― ―
夜の静けさの中で、アメノはウィルの顔を眺めていた。
ウィルの精悍な顔は軽く日に焼けて薄く小麦色に染まっている。そして茶色の髪はまっすぐに伸びて首元を包んでいた。
「少し髪の毛が伸びた」
「ああ、なんか最近伸びるのが早くってさ」
「傷の治療の影響で新陳代謝が活発になっているはず」
「あ、それで爪も伸びてるのか?!」
ウィルは驚いたように指先を見つめる。この指先も好きだ。この間のように撫でてくれないものか……あ。
「その……ウィル。謝罪をまずしたい」
「えっ、何を?!」
なぜか身構えるウィル。
この間はアルコールで脳がマヒしていたから、失礼なことをしてしまったのだ。きちんと謝らなければ。
「前回ここで会ったときに、身体を触りすぎた。不快だったと思う」
「不快じゃないよ?!」
えっ。
「……で、でも、私が抱き着いたらウィルはなんか困ったような顔をしてたし、居心地悪そうだったし、私がウィルの胡坐の上に座ったら腰をもぞもぞと……」
「腰のことは言わないでごめんなさい!?」
「はい」
おかしい、私が謝るはずなのに、なぜかウィルが謝っている。
「不快じゃないのに、なぜ困っていたのか」
「……そ、それはその……」
ウィルが下を向いて言いよどんでしまった。
「もっと触りたかったけど、アメノが酔って寝ちゃったし……」
なるほど。結構触ってもらってた気もするが、まだ我慢してたのか。ではお互いに触りたいということで、この関係はWIN-WINではないだろうか。
「……では、私は今は酔っていない」
ウィルの横に近づくと私は告げる。
「ウィルの好きなだけ触っていい」
そう言った瞬間、視界が反転する。何事だ。
ウィルに押し倒された。
私の視界に一面の星空が一瞬映ったかと思うと、ウィルの顔が近づき、唇が私の口に押しあてられていた。
暖かくて柔らかい……キスだ。
そしてウィルの口が離れると、ウィルの手が優しく身体を撫でているのを感じる。
私も手をウィルの背中に回した。
これは、その……気持ちいい。
ウィルの唇を探すように口を軽く動かすと、また口をふさがれてしまった。
◆ ◇ ◆
ウィルはアメノの身体に手をはわせ、そして許可を得たとばかりに触りたかったところを弄った。
自分の下半身が痛いぐらいに自己主張をしてくる。
よし、許可を得たからには脱がし方を聞いて……
「違う」
「どうした?」
アメノが顔を覗き込んでくる。可愛いからキスする。
「ふふ」
アメノがにこりとほほ笑んだ。
いや、そうじゃない。普通にこのまま何をしようとしてたんだ。これじゃあ今までと一緒で欲望のまま時間が過ぎてお話もできないじゃないか。
「アメノ、お話をしよう」
「分かった、くっついたままを希望する」
そういうとアメノは俺の胸にしなだれかかってきた。それだけならいいが、腰と腰がひっついて敏感なところに当たってしまう。
うう。
大丈夫、どっちも服を着てるから健全!
なんとか耐えてアメノに向き合った。
よし、質問をするぞ。
つい、手がアメノの身体に伸びてしまうが、これはもうしょうがない。薄いけどしなやかな身体の感触を楽しみつつ、アメノに話しかけた。
「アメノの家……実家はどこに?」
「家か。基本的にはこのフネが私の家」
いや、そうじゃなくて……。ほら、もっと人の多い町にあるような拠点は?
「そうだな、私の国の首都……超光速通信でつなぐ仮想空間にあるのだが、そこに私のパーソナルスペースが設置してある。家と呼んでよい」
「アメノの国……ギンガチセイ国だっけ? のカソウクウカン地方に首都があって、家があるのか」
首都に住んでいたとは、やはりアメノは高位の錬金術貴族なのだろう。魔法は使えないが錬金術はすごい。
アメノが頬を俺の胸に摺り寄せながら、話をつづけた。
「パーソナルスペースは複数あって、その時の気分で変更できる。さまざまな議題の討論場が用意されていて、全宙域の科学者たちと有意義な討論が」
「気分で別荘を取り換えて、大学にも行ってたのか……」
やはり、アメノは俺とは身分が数段階違うようだ。いや、俺も今は伯爵だし、少し位は自信を持っていいのでは……よし、次の話題だ。
「で、実家に家族は?」
「家族……? 遺伝子的につながりのある同族集団のことか。……七十九万人ぐらいいたか?」
「ななっ?!」
アメノはちょっと考えると良く分からない数字を告げてくる。
えっと……いやそうじゃなくて。
「アメノの部族の人数ではなく、家族の人数を聞いているんだけど。ほら、家に同居してるとか」
「違いが分からない、家に同居しているという意味では私一人だ」
アメノが詰まらなさそうに言う。
……聞いちゃ悪かったかな。
どうも一族は多いが、本人の家族はいないようだ。何かあったと考えるのが自然だろう。
「そ、その、俺も両親は早くに亡くして、ほかに兄弟も居なかったし……ごめん。聞かないほうが良かった」
「そうなのか? 勿体ない」
もったいないとは何だ。
「ウィルと同タイプはもっと生産されてよかった」
「えっと、つまり兄弟が多いほうが良かった、ってこと?」
「同じタイプならきっとカッコイイ」
「……むっ」
何故かムカっと来てしまう。というか存在もしない空想の兄弟に嫉妬してどうする俺。話を変えよう。
「そうだ、アメノは趣味とかないの? え、趣味がわからない? その時間が余ったらすることかな。俺は鍛錬とか狩猟とか……」
「基本的には研究をしている。時間が余るなどという非効率なことは……」
そこまで言ってアメノは一つ考えて。
「余るぐらいならウィルとデートしたい……苦しい」
思わず抱きしめてしまった。よし、一番大事な質問を聞こう。そしてプロポーズするんだ。
「ねぇ、アメノ。フネが直ったらどうする? 国へ帰るの?」
「帰る」
目の前が真っ暗になる。まて、もともと彼女は船を直すのが目的で……だったら俺はついて行って、俺に皆を見捨てられるのか? いや、まて、判断するのは早い。
「えっと、帰るのは……一人……かな?」
「この調査船は一人用」
……つまり、俺は乗せないと、遠回しに言われてしまったのである……。
そっか、俺も振られたのか……。アメノは俺に抱き着いたまま、動きを止めて、そのまま時間が過ぎて行った。
◆ ◇ ◆
一体、今のウィルの質問は何の意味があったのだろうか。
ウィルにしがみつきながらも、アメノは考えていた。
そもそも私は修理のためにウィルと交流しているので、調査船の修理が終わったら、あの異常なブラックホールの観測に戻らなければいけない。
そしてこの惑星の文化データは大変貴重なものだし、魔法というものも原理は不明だが、大量の録画観測データは採取した。中央データリンクならばきっと使い道を見つけるだろう。
なので超光速通信が可能な宙域まで移動して、必要によっては中央に物理的に出頭することも……
そこまで考えてアメノははたと気が付いた。
あれ? それってウィルと会えなくなる……?!
ど、どうしよう。いや、任務に戻ってデータを持ち帰るのが正しいよな? 全体最適だよね??
だけど、何か、嫌だ。
だ、だって、私は、ウィルと会えないのは嬉しくないぞ?!!
でもこんな感情は正しいのか? 全体最適じゃないぞ?!
全く動かなくなったウィルに抱き着きながら、アメノも思考の渦の中で動けなくなっていた……
19日火曜日の更新分です。
 




