47 一番大事なものはなんですか
湖面が揺れている。
魔道戦艦の船体に魔法陣が光り、船体が湖面からわずかに浮き上がっていた。
その戦艦の甲板に立つ黒い三角帽子と黒いマントをまとった人類皇帝を、ウィルは遠く見上げながら呼びかけた。
「陛下ー、その子をお返しください。残念なところがあるんで多分何が起きてるか分かってないですー」
「残念……いや、たしかに残念なところは感じるが、そこが可愛いから良しとして」
人類皇帝は軽くつぶやくと、抱き上げたアメノに振り向く。
「アメノよ。わかっているよな? 余の身内になることを承諾したであろう。身内というのは家族になることでつまり余の妃」
きょとんとしているアメノに向かって必死で説明する人類皇帝。そこにウィルが追いかぶせる。
「アメノー、妃って何するか知ってるかー?」
「皇帝殿。知らないから教えてくれ」
「おお、なんということだ」
アメノを丁寧に甲板に降ろしてから、芝居のように大げさに天を仰いで頭を抱える人類皇帝。
ウィルは改めて皇帝に頼み込んだ。
「陛下ー、無知な子を騙して連れて行くのは皇帝として宜しくないので、返してくださいー」
ところが皇帝は右手を伸ばして手のひらをウィルに向けると、きりっとした表情で宣言した。
「くくく、愚かなりウィル卿。無知な女の子を口説いて、じっくり色んなことを教えこむのこそが醍醐味なのだぞ!!」
「へんたいだー」
「ようじょしゅみだー」
ポーズを決めている皇帝の周りで、ホムンクルスの女の子二人が踊る。
「ちょっ?! 結構いいひとかと思ったら最低だった?!」
今度は頭を抱え込むのはウィルの方だった。
そして、いつの間にかウィルの隣にメイドゴーレムのエーアイと土魔女のジョセルも現れた。
「くっ……なんて完璧な理論……」
「なんで説得されてんですか馬鹿ゴーレム」
負けを認めたエーアイを小ばかにするようにジョセルが見ている。
この子もダメだ。忠実なメイドのエーアイならアメノを護るために必死になるかと思ったら、皇帝に説得されている始末である。味方が当てにならない以上、皇帝が拉致を強行するようなら実力に訴えるしか……
ウィルは無自覚に剣に手を掛けた。
― ― ―
「まぁ、待てウィル卿よ。こういうものは本人同士の気持ちが大事であろう」
それに気づいてか気づかずにか、甲板の上に立つ皇帝がまたもや大げさな身振りで両手を広げ、地上のウィルに話しかけた。
「いや、それを陛下が言いますか?」
「たしかにちょっと言葉が足りなかったので、これから改めてアメノ殿を口説き、心から余と一緒になりたいと言ってもらおうと思う」
「一緒になる……?」
アメノが小首をかしげた。
皇帝はアメノに振り向くと説得を開始した。
「さぁ、皇帝としてアメノの希望を全て叶えようではないか。まず知りたいと言っていた魔法や魔法陣の秘儀をすべて教えよう」
「おお」
ふらふらとアメノが一歩皇帝に近づいた。
そこにジョセルが地上から声を投げかけた。
「アメノー、いきなり秘儀を習っても意味わかんないですよー。私が初歩から教えますから帰ってきやがりなさーい」
「ジョセルも正しい」
アメノが一歩皇帝から離れる。
「ほ、ほかに願いはないのか。そうか、鉱石が必要なのか、探してやるぞ!」
「マスター、別に探すも何も見つけてますし、私の採掘能力の方がはるかに上でー」
「そのとおりだな」
アメノがまた一歩皇帝から離れた。
「えっと、ほかに、そう! 美味しい料理が食べたいとか言っていたな! 皇帝料理人……には逃げられたが、うちの姉さんの料理も美味いぞ!」
「おお」
アメノが一歩皇帝に近づく。
「燻製屋の燻製が食べれなくなるぞー」
「それも困る」
アメノは迷っているようだ。ただ、何を説得されているのかは絶対分かっていない。ウィルはそれだけは信じていた。
「というわけで、アメノの合意も得られたようであるし!!」
「得られてませんよー、この変態皇帝ー」
「話勝手に打ち切るんじゃないですよ?!」
エーアイやジョセルの避難をよそに、皇帝は芝居っぽく片膝をついて、アメノに手を伸ばした。
「だからちょっと一緒に上空に行って蜜月と行こうではないか、船の中も説明するし、料理も極上のものを用意しよう。そして結婚を完遂するのだ」
「完遂って何をするつもりですか録画させなさーい」
エーアイさんはちょっと黙っててくれないかな?
アメノは不思議そうに皇帝に問いかける。
「興味はある。ちょっと、とはどれぐらい?」
「ひと月ほどかな?」
「初めてのマスター相手にひと月の間、「完遂」し続けるとかどんだけ鬼畜ッ……」
おーい、エーアイさんー?
本当にアメノのゴーレムとは思えないぐらいこの子は頭の中がおかしい。そっち方面の認識をアメノと足して五で割るぐらいでちょうどいいんじゃないだろうか。
ウィルがうんざりした顔でエーアイを見ると、ジョセルが不思議そうにエーアイに問いかけた。
「……アンタのマスターが捕まってるのに、落ち着いていやがりますね?」
「マスターが嫌がってませんし」
平然と言うエーアイ。
確かにアメノは嫌がってないのである。ウィルも少しでも嫌がっていれば即座に剣を抜いている。だからこそ、アメノが現状を良く分かっていないこともウィルには理解できるのであった。
― ― ―
甲板の上では皇帝とアメノが対話を続けていた。
アメノがぼそりと呟いた。
「一か月か」
「そう、終わったらここに戻って、船の修理でもなんでも……」
アメノの興味を得たと思った皇帝がまくしたてる。しかし。
「……それは困る。ウィルとのデートができない」
無表情のままで、アメノは皇帝にそう告げると、皇帝の見る前で甲板から地上に向かってひらりと飛び降りた。
18日月曜日分です。




