46 結婚しよう
そこでは数百人が働き続け建設が進んでいる。
見る見るうちにテントもまばらな湖畔の集落が、土塀や木の柵を備え、木製の家が立ち並ぶ要塞村に変わりつつあった。
人類皇帝から湖畔の伯爵に任命された騎士ウィルが、柵の上にしつらえられた物見やぐらから村を眺めて呟く。
「頑張ったなぁ……」
「ふふん、もっと褒めていいんですよぉ」
ウィルの隣には黒いローブを羽織った土魔女ジョセルも物見やぐらに上っていた。
豊満な胸を張り、反り返って威張っている。
たしかに建設や土木に必須の土魔女が居なければ短期間でここまで要塞の形を整えることは無理だっただろう。
しかしこうも胸を揺らされると、この間下着姿に向いて馬車に転がした時のことを思い出しそうで、ウィルは横を向いた。
そう。裸に思いを致すのは我が貴婦人たるアメノだけでいい。
露骨に視線をそらしたのをみてジョセルが笑う。
「……どこ見て恥ずかしがってんですかこのスケベ」
「べ、別に……でもジョセルさんも本当に頑張ってくれた。ありがとう」
ウィルがジョセルの胸を見ないようにして、頬を赤らめながら告げる。
「ふふ。そんな感じで意識してくれるなら、私にもまだチャンスあるんですかね?」
「へっ?」
ジョセルが一歩踏み込んできた。
「アメノとはもう決めたんですか?」
狼狽えるウィルに近寄るジョセル。
「決めるも何もプラトニックだし……」
「ぶふっ」
困ったように呟くウィルを見て、ジョセルが軽く噴き出した。
「あんた可愛いですねぇ!」
「男に可愛いって言うなよ?」
怒るウィルを見て、ジョセルがさらに笑う。
「ふふ、男は趣味じゃないんですが、あんたなら考えてもいいですよ?」
「……いや、実は俺は、アメノに誓いを立てていて」
一生懸命断るウィルに、ジョセルはそんなこと知ってると言わんばかりに、さばさばとした表情で告げる。
「私はその、二人目でも構わないですよ? というか三人一緒でも私得……こほん」
なんかを言いかけてごまかすように咳払いをするジョセル
「私だってこんな状況で魔道貴族の夫候補が何人も出てくると思ってませんし、決めません?」
そしてもう半歩ウィルに近づいて囁いた。
「それに……アメノって異国から来たんですよね? あの魔道船が直ったら異国に帰っちゃうんじゃないですか?」
「えっ……」
そんなことは考えたこともなかった。絶句するウィル。
「この集落の数百の民って、ウィルが居るからまとまってますけどねぇ。アメノが異国に帰るときにウィルは一緒にいくつもりなんです?」
「い、いや、そんな話は聞いてないし、帰るとも言われてない」
言われてない。聞いてないだけだ。
「私も聞いてないですけど、アメノってウィルにもその辺の話ってしてないんです?」
「……」
言葉もない。アメノと会うときのウィルはいつも脳が沸騰していて、一方的に愛をぶつけたり、キスしたり、抱き合ったりだ。
落ち着いてお互いの話をしたりなんかしたことがない。
ああ、今まで幾らでも時間はあった……いやそんなになかったか。いろいろありすぎ、仕事が多すぎた。しかし、今晩からでも遅くはないはず。
自問自答するウィルを見ながら、ジョセルは身の上を語り始める。
「私は子爵家の出ですけどね。自分の領地を豊かにして、親とか領民にも喜んでもらいたくて、“塔”で土魔法専攻したんですよ……」
ジョセルが櫓の手すりに持たれて空を見上げる。
親や領民を幸せにするための土魔法。それを使って岩に埋めた親や領民を思い出すように呟く。
「今は元の領民も十数名、領地は死者に取られちまいやがりました」
そして、ウィルに向き合って、その黒目でウィルをのぞき込む。
「このまま家まで断絶しちゃったら……私には何も残らないんですよ……」
ジョセルの瞳には微かに涙が浮かんでいた。
「でも、ウィルがこの村に残って、みんなを豊かにするつもりなら、私は手伝えますよ? ……だから一緒にやりません?」
ジョセルが感情の高ぶった目を無理やり細めてほほ笑んだ。
ウィルにもその気持ちは痛いほどわかる。
しかし、自分の気持ちはアメノに捧げたのだ。少なくとも彼女と話し合うまでは。
「ごめん、考えさせ……あれはなんだ?!」
「へ?」
見ると、魔道戦艦が飛び立とうとしている。船の上には、人類皇帝と……アメノ。
「アメノ!!!」
ウィルは物見やぐらから飛び降りて、湖の方に走って行った。
◆ ◇ ◆
魔道戦艦の内部は、ほのかな灯りがともっており、柱や壁に描かれた未知の図形が浮かび上がっていた。
通路を歩くのは黒いマントの人類皇帝と青いスーツに身を包んだアメノである。
「これらの図形は魔法陣の一種になっていてだな、ほとんどが船の浮力の維持に回されている」
「なるほど」
アメノは手にもった多目的端末で船内を熱心に録画している。
「このあたりは“帝大”でも教えている、反重力魔法陣の亜種だな……逆だな。この船の技術のうち、比較的に無害な技術を切り取って“帝大”で教えている」
「なるほど」
「……魔法陣にはあまり興味がないのか?」
「続けて、動力は?」
人類皇帝はアメノの反応を値踏みするようにこちらを見てくるが、すぐに興味を失ったようで話題を変えた。
「動力は向こうにプロペラがある。基本はゴーレムで動かしていて、たまに人力になる」
というと皇帝がプロペラ室に移動する。
その中には数名の魔法使いの恰好をした人間と、ゴーレムとか呼ばれる作業用ドローンが待機していた。
「うっす、陛下ちゃん。いらっしゃい」
「出発はまだですかー? 暇なんですけど」
「……また幼女拾ったのかよ」
魔法使いが口々に話かけてくる。
「ごめん、叔母さん。叔父さん。客人の前なんだけど」
人類皇帝が一言告げた途端、魔法使いや魔女たちがびしっと背筋を伸ばし、手を後ろに組んで声を上げる。
「……人類皇帝陛下万歳! 動力室、異常なし。ご命令をお願いいたします!」
「ご苦労」
アメノは動力室のプロペラを見た。原始的なギヤとハンドルで動かすタイプだ。これをゴーレムで直接回しているとしたら実に非効率だが……。
「余の魔力はこの船の浮上にすべて使うのでな。その他の航行や兵装は部下の魔道貴族に任せている」
「なるほど」
船にはいくつもの部屋があり、それぞれの部屋に魔法使いや魔女が複数のゴーレムやホムンクルスと呼ばれた人形と一緒に詰めていて、航路の観測や動力プロペラ、魔法陣のメンテと掃除、土ゴーレムでの野菜栽培、料理や洗濯などそれぞれの仕事をしていた。
「どうだ?」
「思ったよりも広い。難民の収容も可能なのでは?」
アメノが素直な疑問を口に出す。
人類皇帝は少し言いよどんだが、説明を続けた。
「……難民を入れられる部屋と入れられない部屋があってな。魔法陣を弄られると墜落するから」
「なるほど」
さらに進むと、人類皇帝は豪奢な扉の前で歩を止めた。
「で、次がいよいよこの船の中心部で玉座の間と総指揮室を兼ねている。船全体の魔力の流れが一目でわかるようになっているのだが……」
「ぜひ見せてほしい」
「が、庶民に見せられるのはここまでだ」
「なんだと?!」
ここまで来て、見せないとは何事だ! 録画する準備はできている! 研究させてほしい!
「この先は、身内だけの機密になっているのだ……」
残念そうにつぶやく人類皇帝。
「しかし、一つだけ方法がある」
「教えて」
人類皇帝はアメノの服装をちらちらと見ながら告げた。
「余の身内になればよい。なるか?」
「なる」
即答であった。
◆ ◇ ◆
ゴゴゴゴゴゴ……
魔道戦艦の全魔法陣が光り、浮力が生まれ、まさに飛び立とうとしている。
魔道戦艦の甲板の上に立ち、人類皇帝はアメノをまさに花嫁のように両手で抱え上げていた。
「ははははは、というわけでこの子は妃としてもらい受ける! 世話になったな伯爵!!」
「さらばだー」
「よめだー」
二体のホムンクルスの女の子が皇帝の両脇に立って手を振る。
それを見たウィルは息せき切って駆け付けて叫んだ。
「その子ちょっと残念なところあるんで、よく相談させてください!!!!!」
「解せぬ」
アメノは小首をかしげた。
日曜日ラストの更新です。来週の平日は更新少なめです。
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