45 軍事独裁とゾンビ連鎖
湖畔の集落で、ウィル新伯爵は皇帝にお礼を述べていた。
「貴重な品を頂きありがとうございます」
「よい。古い品だし、近いうちに売り払うつもりであった……が、こんな状況ではな?」
「おかずがふえるよていがしんだ」
「せちがらい」
「で、陛下はこれからどうされるのですか?」
「魔力回復のためにしばらく休ませてもらったら、安住の地を探そうと思っておる」
「でしたら、生き残りがいましたらぜひ連れてきてください」
「約束はできんが分かった」
黒い三角帽と黒いマントに身を包んだ人類皇帝が魔道船に戻っていく。その後ろを白いワンピースの女の子がふたり、とたとたと付いていく。
夜が遅くなったので、それに合わせてみんな解散することになった。
ウィルは自分のテントに戻り、ハンモックに飛び乗ると眠りについて……飛び起きた。
「アメノと夜に会う約束だったのに?!」
夜空を眺める。
とっぷりと暮れて、物音もほとんどしない。
さすがにこの時間に誘ったら迷惑だろう……ウィルは泣く泣く諦めた。
◆ ◇ ◆
同じころ、調査船に戻り、騒ぐサポートAIを黙らせて、アメノは寝床に入り。
そして飛び起きた。
「デートの約束が?!」
時計を見る。もうこんな時間で皆寝入っている。
ウィルにも迷惑だろう。
念のためウィルのテントを監視カメラで確認したが、もう寝床に入っているようだ。
こんな時にたたき起こして話を聞いてくれなどと余計に嫌われてしまうだろう。
「……ま、また明日でいいよね」
アメノは泣く泣く眠りについた。
◆ ◇ ◆
翌日からすさまじく忙しい日々が始まった。
何しろ人口が二十数倍になったのである。
家づくり、柵作り、畑づくり、食用植物の採集、木こり、製材、整地に、様々な道具作り。それに当座の食料確保のための狩猟。
「やることが多い!」
「まず班分けをして、仕事を割り振るべき」
騎士伯爵のウィルと土魔女ジョセルがあちこちに走り回って街づくりの指示を行い、アメノとエーアイが班ごとに必要な道具を作成して渡していく。
その間にキラが狩猟採集班を組織して森に出撃していった。
人が増えて目が届きにくくなったため、進入する魔獣などを防ぐための壁づくりも同時に進めていく。
ウィルが見渡すと集落全体に槌音や斧の音が響き渡り、活気がある中でも秩序だって作業が行われていた。難民たちは最初は戸惑ったが、ウィルが説得すると状況を理解したのか指示通りの作業を開始した。
こんなに大勢の人を指示できたんだ俺。
もともと騎士として十数人の部隊は率いたことがあるが、数百人に及ぶ人の群れを指導するのは初めてである。
意外とスムーズに行ったことにウィルは驚いていた。
そんなウィルにジョセルが声をかけた。
「まぁ、アンタは伯爵サマですからねぇ」
「さっき任命されたばかりだけど?」
「平民なんて奴隷扱いでも文句言いようがないのに、伯爵サマが率先して仕事してますからね、タイマンで勝ちようがないですし、協力したほうが得なんですよぉ」
そういうものなのか。では一層働かなくては。
ウィルが決心を新たにすると、アメノ新しく錬金した斧をもってやってきた。
「伐採班の指導をしてほしい」
「分かったが、理由があるのか?」
アメノが何か言いかけたが、エーアイが口を挟む。
「難民どもを森の中に送ったんですけど、だらけて遊んでるんです! びしっといって数人ぶっ殺して綱紀粛正をー」
「しないよ?!」
とりあえずウィルは言われた通りに森に入り、伐採班に合流して木を伐りまくると、数分でみんながキビキビ働きだした。
なんだ、やる気はあるじゃないか。じゃあ他の班の様子も見たいから、あとは頼む。
「へい!」
いい返事を返す難民たち。
そしてウィルが移動した後を見送ると、コソコソと呟き合った。
「怖え……伯爵様ってニコニコしながら、木をたった一振りで切り倒してたぞ……」
「あの動きの速さありえねぇ、魔道貴族が働いてるところ初めて見た……」
「さぼったらやべぇ……」
◆ ◇ ◆
アメノが道具を供給して、ウィルが木を伐る。ジョセルが整地と土壁の生成を行い、キラが狩猟と採集。燻製屋夫婦が農地を割り当てて作業を進めている。
そしてサポートAIがあちこちを飛び回って作業のサポートを行い、盗聴と反乱分子の炙りだしを進めていた。
「今のところ、処刑すべき反乱分子は居なさそうです。エロ……ウィルさんが見回るだけでどこもピシっとしてます」
「ありがとう。この人数になるとなんらかの秩序が必要。難民たちが統合民主主義を理解していないため、最も有効なのは軍事独裁」
アメノは湖畔に設置したミニ版の三次元加工機を動かしながら、サポートAIの報告に頷いた。
人数と道具の需要が増えたので加工機そのものを増やしたのである。精度は低いがそもそも原始的な道具を作って渡すには十分だ。
「ええ、ウィルさんが植物生命体や土壌を破壊して回る姿を見た難民たちにはおおむね敬意と畏怖心が与えられているみたいです」
「ウィルはカッコいいから当然」
「……」
サポートAIが面白い表情をする。何か問題でもあるのか。
「あとは、死者を狩るところを見せるのも有効」
「良いと思います。森林にも毎日数体ずつ迷い込んできていますし」
この間から森人と分担して森の見回りを進めている。迷い込んできた死者は音もたてないように弓矢や剣でさっくり始末している。
「前回からの掃討作戦で分かったが、死者の行動パターンは、血の匂いや人間の叫び声、物音などに反応するが……もう一つある。連鎖」
「はい、死者を殺すと、死者が寄ってきます。大量に殺せば大量に寄ってきます」
この間から森の外で作戦をするたびに死者が寄ってきたのはそのせいだ。
どうもある程度広い範囲で、一番多く死者が殺されたところに、周囲の死者が集まるようだ。また閾値があって、一体二体をこっそり殺しても反応はないが、十数体まとめて殺すと一気にその数十倍が反応する。
「よって、連鎖の起きないような小規模な掃討作戦に比較的戦闘向きな難民をつれていき、順番にウィルのカッコいい戦闘シーンを見せることで、難民に服従精神を植え付け、また軍事訓練として……」
「……」
またサポートAIが面白い顔をした。
何か言いたいことがあるのか。
「いいえ、大変良いお考えです」
― ― ―
人類皇帝は着水してからこちら、ずっと湖畔に魔法陣を描いて玉座を設置し、ボケっと座っているだけであった。本人曰く、魔法力の回復のためらしい。
「おお、錬金術師よ。面白い錬金窯であるな!」
湖畔で作業するアメノに黒い三角帽に黒いマントをまとい、人類皇帝が話しかけてきた。
「錬金窯ではなく、加工機」
アメノが答える。
「なんでもよいが……どういう理論で動くのだ?」
「調査船の精製機で分解した鉱石と木材をこちらの分子タンクに素材として貯留。このパイプを通じて加工機に移動して合成している。エネルギーは本船のエネルギーシステムから近距離共鳴通電システムにより供給している」
「……えっ」
「三次元原子加工機の理論か。統一電磁力理論により導き出される立体電磁力場に、分子タンクに貯蔵された素材分子を分子単位で吹き付けていくことで物質の構成を行う。必要とされる分子間の結合を行うため、必要なエネルギーを共鳴通電理論を発展させたマイクロ距離ボゾン波による電子結合法で……」
「……おう」
聞きたいから話したのに、人類皇帝はなぜか言葉少なにだまりこくってしまった。何なのだろうか??
「陛下をいじめるなー」
「ホムたちもまぜろー」
そこにいつも皇帝の側についている白いワンピースの女の子が二人、ふわふわと両手をゆらめかせながらやってきた。
真っ白な服に色素のまったくない白い肌。腰までの銀髪をなびかせており、無表情なまま話し続ける、なんとなく人形らしさのある女の子である。
「マスターに何をするのですか」
サポートAIが割って入る。そして無表情同士で睨み合った。
「……ゴーレムメイドか」
「作業用ドローン……まぁ、人形」
サポートAIが皇帝をちらりと振り向き、スカートをつかんでお辞儀する。
「こやつらはホムンクルスだ、まぁ細かい説明を省けば人形」
「にんぎょうではない、むすめ」
「ぱぱー、じつのむすめよー」
ゆらゆらと謎の踊りを踊る白い女の子ホムたち。
皇帝はそんなホムたちを無視して話し続ける。
「しかし珍しい形の魔道船だな」
「そちらも」
皇帝とアメノがそれぞれの魔道船を見て呟いた。
「よかったら中を見てみないか?」
「是非!!!」
皇帝の誘いにアメノが食い気味に答えた。
日曜日4回目の更新です。




