44 人類伯爵
月明りに照らされた湖畔の集落。湖には二隻の船が浮かんでいる。正確には一隻は墜落しているのだが。
新難民たちと旧難民たちはひとまず給食キューブと水を得て、安心したのかだんだんと眠りにつくものが増えてきている。
その中で、集落のリーダーの騎士ウィルと科学者アメノ、そして空飛ぶ魔道戦艦に乗ってきた人類皇帝陛下の話し合いが続いていた。
「で、爵位だが」
「もう持ってますから、もっといいもの寄越しやがりなさいよ」
皇帝の申し出が土魔女のジョセルに一蹴される。
「そ、そうか……しかし、困ったぞ。あと何があるか」
「ほんとのことをいうなど、無礼なー」
「せいろんをぶつけるなど、酷いぞー」
皇帝が言葉に詰まる。女の子たちが口々に非難?してくるが、皇帝は何かを考えているようだ。
アメノは興味にかられてジョセルに質問した。
「爵位はあまり良くないのか?」
「とっくにほろんだ帝国ですしねぇ? 大学の管理と観光だけで食ってるところの爵位だけもらっても観光の思い出も詰まってませんし?」
そこまで言ってジョセルは何かを思い出したようで皇帝に質問をぶつけた。
「そ、そうですよ、“帝大”!! あそこには全人間諸侯領から研究のために魔道貴族がワンサカあつまってましたよね?! なんであそこが陥落したんです?!」
「いや、そのせいで陥落が早まったのだ。何せ全員、自信に満ちた魔法使いに魔女の群れ」
「どっかんどっかん、はでにやるぜー」
「死者がわさわさ」
ワンピースの少女たちが手真似で戦争の様子を表現している。
「景気よく敵を数千吹き飛ばしたところに、追加で数万攻めてきてだな」
「うわぁ……」
ウィルが頭を抱える。
「それでも“帝大”の精鋭、たかだか数万の化け物に負けまいと研究室の秘奥義や禁呪を持ち出して抵抗したのだが」
「どっかーん」
「わさわーさ」
「今度は数百万が攻めてきた」
絶望した面持ちで告げる人類皇帝。
ジョセルが呆れたようにつぶやいた。
「……もう少し戦い方を考える人はいなかったんですかねぇ?! 戦訓を共有して音を立てないとか!」
「“帝大”の研究室だぞ? 連携などあると思うか?」
「ないですね」
皇帝の発言に全力で同意するジョセル。
「景気よく敵陣に突っ込んで暴れまわった魔道貴族がどんどん魔力切れとなり討たれ、まずいと理解したやつらが逃走。総崩れ。あとは帝都の陥落まで一直線」
「大学なさけなし」
「化物こわかった」
情けないと怖かったを表現する踊りを始める女の子二人。
「やむを得ず宮殿を封印し、魔道戦艦を起動。逃げ遅れた民を山盛りに詰め込んでなんとか飛んできたのだ」
「ふよふよー」
「おもーい」
「何処に飛んでも地上は死者の群れ。生き残った人間の町が一つも見つからずに焦ったが、あの変な浮き玉を見つけたのが幸いであった」
「たま」
「へんなたま」
皇帝が空に浮かぶ索敵ビーコンを指さす。女の子ふたりも真似をしてびしっと指をさした。
「あれ?ここまで来たなら森人や山人に助けを求めるという手もあったのでは?」
ウィルが口を挟んだ。
「ないな」
「それはないですよ」
言下に否定する皇帝とジョセル。
「何せ、二十五代前の人類皇帝が異人種皆殺し戦争を引き起こしたからな。余が森人やら山人に会ったら即殺だ」
「そういうことやらかすから帝国が滅んだんですけどねぇ?」
「全くその通り」
皇帝は皮肉っぽく笑った。
「話を元に戻すが、なんとか褒美を受け取ってほしい。その代わり、この難民どもを引き取ってくれ」
「そっちが本音でいやがりますね?! こっちだって楽じゃあないんですよ?!」
皇帝の発言に即座にジョセルが突っ込む。
「だっておもい」
「だってせまい」
白いワンピースの女の子二人が重くて狭いを踊りで表現した。
皇帝はジョセルに改めて向き直ると、芝居がかった仕草で哀れっぽく問いかけた。
「おお、英知溢れる魔道貴族よ。民が可哀そうとは思わぬのか。 これら帝都の民は誰かが保護しなければ滅ぶのだぞ」
「民の保護は皇帝の仕事ですよねぇ!?」
そういうと皇帝は腰に両手を当てて胸を張って宣言した。
「もう帝国は滅んだ! 帝都は自治共和国であり、余はこの民から税金の一枚も貰っておらぬゆえ、保護する義務はない!」
「だったら何で自称皇帝やってんですか。言ってること無茶苦茶……」
あきれ果てて言葉が尽きたジョセル。
そこにウィルが割って入った。
「あの……難民でしたら引き受けますよ?」
「何言ってんですか騎士ぃ?!」
「ウィルが良いなら問題はない」
「錬金術師ぃ?!」
アメノは騒いでいるジョセルを不思議そうに見つめた。
そもそもウィルの方針は全く最初からぶれていない。だったら私もサポートするまでのことである。
『マスター?! 資源が全然足りないですよぉおおお?』
サポートAIがいきなり受信機にメッセージを送ってくるのでミュートした。
それを聞いた皇帝は感動したかのように、手を広げた。
「おお、なんと勇敢な騎士。爵位に値する……む? ここの最上位者はこちらの魔道貴族ではないのか?」
ジョセルを示す皇帝に対して、ジョセルと私が口々に応えた。
「あ、一応その騎士です」
「リーダーはウィル」
「ではよろしい、では帝都の民を保護するものとして、爵位を授ける……代表者は名前を告げよ」
「騎士ウィルファス・ジ・ハルドフェルト」
ウィルが答えた。
皇帝はさらに芝居がかって両手を月に差し伸べ、そしてウィルの頭に何かを降ろすポーズを取った。
「全人類帝国皇帝の名において、騎士ウィルファス・ジ・ハルドフェルトを湖畔の集落伯爵に任命する。帝都の民を率い護るのだ」
「ははっ」
ウィルが皇帝の前にひざを折り、叙勲を受ける。皇帝が小さく何かを呟くと、ウィルの全身が光った。
「おお? ウィルが発光生物に?」
「上位の祝福魔法ですねぇ?」
それを見てわさわさと騒ぐアメノとジョセル。
「これをさずけるー」
「ひきいてまもれー」
いつの間にか居なくなっていた白いワンピースを着た銀髪の女の子二人が、お盆のようなものにメダルを載せて戻ってきた。
皇帝が手ずからメダルをウィルのクビにかける。
「余にはもはや古くさい爵位メダルぐらいしか授けるものがない、何とぞ民を頼むぞ」
「ははっ」
儀式が終わった。皇帝の周りを銀髪の女の子二人がくるくる回っている。
ウィルは皇帝にお礼を述べると、アメノに振り向いてメダルを見せた。鈍く金色に光るメダルにはいくつもの細かい紋章が刻まれている。
「アメノ、どうかな? ちょっと魔力がこもってるみたいだ」
「かっこいい」
そういうとウィルが照れたように俯く。
「どうせ私の男爵メダルのようなメッキ……」
とウィルの胸元をのぞき込んだジョセルが驚愕する。
「ってこれ、皇龍のメダリオン?!」
なんだそれは。
「数百年生きた長老ドラゴンの魔力を凝縮した鱗で出来た代物ですよぉ?! 持ち主の魔力だけでなく身体能力も引き上げるヤツ!」
「えっ……本物?」
ウィルが驚いたように胸元を見下ろした。
「……私も王宮で一度しか見たことが……で、でもこの魔力は本物ですよ……?」
「以上を歴史書に記録するとしよう!」
皇帝は歴史書を開いてせかせかとメモをし始めた。
日曜日の投稿3回目、土曜日分が1回ずれてきていますので、本来の日曜日分2回目です。




