43 人類帝国の爵位をやろう
月明りの中、湖畔の集落の側に二百人近い人の群れがたむろしていた。
集落の人々も戻ってきて受け入れの世話をしているが、新難民の世話をしている方もついさっき来たばかりの旧難民である。あちこちで混乱が起きてウィルが飛び回っている。
魔道船の中は相当狭かったようで、外に出た新難民たちは疲れ果てた表情で体を伸ばしたり、深呼吸をしたりしているようだ。
「助かった、あの中はすし詰めで寝る場所もないんだよ」
「空気も足りなかったんだ、ああ、息ができる」
「こんな集落がまだあったのか……」
新難民たちが思い思いに騒いでいる。
彼らはジョセルが家の建設予定地として造成してあった空き地に、敷物やら草やらを敷いて落ち着いたようだ。どうも船の中に戻るつもりはないようで居座るつもりらしい。
その様子を私はサポートAIと一緒に観察していた。
「邪魔ですね、一時的な受け入れだとしても集落が破綻します」
サポートAIが現状を分析する。実にその通りだ、何の準備もできていない。食料も住宅も衣料も何もかも不足するだろう。
「武力交渉に切り替えて難民を船の中に追い返すことを提案します。そのまま撃沈しましょう」
サポートAIが素晴らしい提案をしてきた。
たしかに集落のことを考えればそれが全体最適だろう。統合民主主義を理解していれば魔道戦艦の方も大人しく撃沈されるはずである。未開文化だから謎の理由で抵抗してくるかもしれないがこの技術差なら特に支障はない。
あの船を撃沈すれば、難民も処理できて、ガラクタを調査船の修理にもつかえる、実に一石二鳥の提案である。
……
いや、一人で結論を出すのも良くないな。
念のためウィルに聞いてみよう。ただでさえ、アルコールを飲んで絡んでからちょっと嫌われかけているので迂闊な行動はまずい。
私が相談しにいくと、ウィルは新難民たちを見つめながら、何故か感動したように震えていた。
「こんなに人が残ってたんだ……人間は滅んでない。……そう、まだできる、盛り返せるぞ!」
何かを決心したかのように私に振り向いて話しかけてきた。
「あ、アメノ! あのいつもの給食出る? 手持ちの肉とか果物じゃ全然足りなくって……」
まかせて。
ふふ、ウィルに頼られた。これはウィルの機嫌が直ってきた証拠ではないだろうか。
アメノは得意げに胸を張ると、すぐさま全エネルギーを食料合成プラントに振り向け、全給食在庫を放出するようにサポートAIに指示した。
「マスター!? 話が違いますよぉー?!」
― ― ―
早速、固形に固められた給食キューブが新難民たちに配られた。ちまちま作りためていたが、さすがに一人に一口二口配るのが精一杯だ。
「おお、ビスケットを頂けるなんてありがたい……」
「少しでも助かります……」
新難民たちが口々に礼を言いながら、給食キューブを口に運び、そして無口になる。
「……ありがたいですね」
「助かりました……」
「これ、まず……」
どうやら感謝の気持ちで言葉少なくなっているようだ。友好的交渉はひとまず成功だろうか。
その集団の真ん中に、黒い三角帽子に黒マントの人類皇帝とおつきの白いワンピースの女の子が二人立っており、勧められるままに給食キューブを口にしていた。
「おお、これは不味い! 人類皇帝が食べてきた中でも最もマズい食事として歴史に残るな。書き留めておこう」
「まずいというか」
「あじがないの踊り」
人類皇帝は赤いメモを取り出して一生懸命給食キューブの感想を書き留めている。
白いワンピースの女の子たちは手をひらひらとさせながら踊っているようだ。実に不思議な文化である。
ついに私はこの惑星の歴史を動かしてしまったようだ。文化の独自発展を調査すべき科学者としては複雑な気分である。
「人にもの貰って堂々とまずいというとは、さすが人類皇帝は無敵ですねぇ?!」
隣にやってきた土魔女のジョセルがげんなりした顔でつぶやいた。隣に立っているウィルも困ったように笑っている。
あれ? 私はちょっとした違和感を覚えて記憶を掘り返した。
「私が記憶する限り、給食を貰って最初にマズいと言ったのはあなた」
「……そんなことは忘れましたねぇ?」
忘れっぽいならしょうがない。
「む……? なんだこれは」
人類皇帝が違和感を口にした。
見ると疲れ果て、表情も暗く沈んでいたていた新難民たちが口々に楽しく会話を始めている。
「あれだけ疲れていた民たちが……? 余もなんか身体の調子がいい気がしてきたぞ?」
「きたぞー」
「げんきだー」
手をまわして運動を始める人類皇帝。白いワンピースの女の子二人もなんか縦に手を伸ばして伸びたり縮んだりしている。
「これは何だ?!」
「給食キューブ」
人類皇帝に聞かれたので、私は答えた。
「味はひたすら不味いが、滋養にあふれ一口食べただけで見違えるように元気になる……これは伝説のネクタルに相当する秘薬に違いあるまい?」
「ネクタルではなく給食キューブ」
良く分からないが訂正しておく。
「素晴らしい、で、この娘は?」
「ああ、陛下。こちらはアメノという錬金術師でございます。あの魔道船もこのレディのものです」
ウィルが恭しく説明してくれる。
「ほぉ、錬金術師か。このような秘薬を調合できるとは見事なり。褒美をやろう」
「でかしたー」
「ほめてつかわすー」
錬金術と聞いて興味を持ったのか黒マントの人類皇帝が仰々しく両手を開いて告げると、白ワンピースの女の子が皇帝の両脇に立って真似して手を掲げた。
「……褒美って皇帝陛下って何かお持ちなんですかねぇ?」
「ふむ、では男爵の爵位に任命しよう」
「男爵位ならもう私が持ってますよぉ?」
ジョセルが胸元からメダルのようなものを取り出した。魔道戦艦にあるものと同じ紋章が光る。
「おお、我が家臣であったか?!」
「旧帝都の観光土産で銀貨百枚で買いました」
こともなげに告げるジョセル。
「うむ、お買い上げ大儀であった」
「ありがとー」
「むかし、おかずがふえた。もうたべた」
なぜか手をひらひらと振って皇帝一行がお礼を述べる。
ジョセルが懐かしそうに旧帝都の思いで話を始める。
「旧帝都も“帝大”もきらびやかで良いところでしたよぉ? 皇帝宮殿も小さいわりに小ぎれいでよいところでした」
そしてメダルを手に置いてアメノに見せる。
「この爵位もメダルのデザインが良かったんで男爵にしました、騎士爵なら銀貨十枚でお手頃だったんですけど」
「爵位ってそういうものだったっけ?」
「私も知りたい」
ウィルにも理解しづらいようで質問してきた。
ウィルが知らない文化を私が知るわけがない。つまりこの皇帝は相当な独自文化に生きているのだろう。
興味深い。
ぜひ調査しなければ。
日付上の日曜日の更新2回目です。もともとの日曜日分。




