42 魔道戦艦
月の光に照らされ、白銀色の巨体が薄暗い天を覆っていた。
戦艦と表現されたその巨体からは多くの突起が伸びており、その腹はずんぐりと大きく膨れあがっている。
サポートAIが魔道戦艦をスキャンして報告してくる。いくつかの兵装が稼働しており、攻撃の可能性があるようだ。
「マスター、撃墜できます。ご指示を」
「この質量の船が落ちた場合の我々の被害が大きい、友好的な接触に努めよう。主砲用意」
友好的な接触のため、調査船のエネルギー供給を主砲に振り向け、デブリにする用意を進めた。
「降りてくるぞーー?!」
「騎士様、貴族様、お助けをーー?!」
難民たちが騒ぐ中、魔道戦艦はゆっくりと湖に降りてきた。
「ひとまず森へ! キラ、先導頼む!」
「はぁい、みんなー、こっちだよー」
ウィルは魔道戦艦をにらみながら指示を下す。
銀髪の狩人キラが難民たちを先導して森の近くの避難場所へ誘導した。
「あ、あの紋章は……」
ジョセルが何かに気づいたようだ。
そして魔道戦艦が着水した。
◆ ◇ ◆
剣を抜き放ち、戦闘態勢を取ったウィル。
そしてアメノにメイドゴーレムのエーアイ、そして土魔女のジョセルがウィルの後ろで魔道戦艦を見つめている。
しばらくして、魔道戦艦から桟橋が伸びた。
そして入り口が開く。
「ぱっぱらぱぱらぱー」
「ぱっぱらぱぱらぱー」
突然、真っ白なワンピースを着た銀髪の小さな女の子が二人、顔に張り付いたような無表情のまま桟橋に踊り出た。
くるくる回りながら口でラッパの音を叫んでいる。
なんだこれは。
「はぁああ」
一同が絶句する中、ジョセルがひときわ高くため息をついた。
そして桟橋の中央に何か黒いものが現れた。
黒い三角帽子に金のバンドを一つはめ、黒いマントを羽織った若い男だ。すらりと伸びた長身を白いシャツにつつみ、首まで伸びた銀髪はキザっぽくウェーブしてその整った顔を包んでいる。
「おお、このような状況で人間が生き残っていたか! おお、なんと素晴らしきことであらん!」
そう言ってつかつかと黒マントの男が近寄ってくると、白いワンピースの少女二人がつつと走り寄って前に立ちはだかり、また声を上げた。
「ひかえー」
「ひかえおろー」
なんかお芝居のような三人組を見て、すっかり毒気の抜かれた顔でウィルが呟いた。
「な、なんだ……?」
「知らないんですか騎士さん、あれは……」
知っているのか土魔女さん?! ウィルがジョセルの方を振り向こうとしたときに。二人の女の子がまた芝居がかった声で叫んだ。
「神聖えー、不可侵ー」
「至尊ーー、至上ぉー」
二人の少女はぱっと両手をかかげ、片膝をついた。
「人類皇帝陛下の御前なるぞーーーー」
「ひかえおろー」
「……」
黒マントの男はちょっと困ったように周りを見渡すと、ウィルに向かって声をかけた。
「あー、どうも。人類皇帝です」
「よ、ようこそお越しくださいました……」
ウィルが騎士の礼を取った。皇帝はきさくに手を振って挨拶してくる。
「誰?」
アメノが小首をかしげた。
ジョセルがアメノに説明する。
「旧帝都の人類皇帝陛下ですよ。……五百年も前に滅んだ帝国のですがねぇ?」
ジョセルの皮肉のこもった説明には人類皇帝への敬意はかけらも感じられなかった。
そのやり取りを見てか見ないでか、人類皇帝陛下が申し訳なさそうにウィルに話かける。
「その、お腹が空いたんだが食料を頂けないだろうか」
ウィルが返事する前に女の子二人が「通訳?」をかぶせてきた。
「陛下にたべものをささげる」
「権利をやろー、よろこべー」
ウィルは女の子の副音声はいったん無視することにして、人類皇帝に回答する。
「分かりました、お困りのようですし食料を差し上げます」
「おお、食料を頂けるのか。ありがたい!! これは歴史書に残されるべき偉業と言えよう! ちょっと待って今書くから」
そういうと人類皇帝陛下は何かメモり始めた。
自分で書くのかよ?!
「うむ、歴史書係が給料未払いで逃げてな」
そうなのか。世知辛いですね。
「うむ、世知辛いのだ……しかし助かった。余の花の帝都が死者の大軍に攻め落とされて以来、魔道戦艦に乗ってずっと逃げておったのだ。航行を維持する魔力も尽きかけ、危ういところであった」
それは大変でしたね。
「しかし、食料を頂ける集落が生き残っていて良かった。何せ難民が二百人はいるからなぁ」
「今、なんて??」
ウィルが口を挟む間もなく、白いワンピースの女の子たちがとたとたと魔道戦艦の方に走り寄り、船の中に叫んだ。
「よろこべー、メシだー」
「さぁ、船からおりろー」
ざわざわ……
魔道戦艦の中から疲れ果てた表情の難民たちが次々と姿を現した。
土曜日更新分です。
 




