40 話がしたい。話ができない。
湖畔の集落。
栗色の髪の毛を揺らしながら、騎士ウィルは集落の中を走って回っていた。
アメノを探しているのである。
落ち着いたら話をしようと思っていたのに、大勢の森人たちが帰っていく騒ぎの中で、彼女を見失ってしまっていた。
気が急いてくる。
会いたい。会って話をしたい。
こういう気分になったのは、昨夜の反省もある。半分酔っぱらったまま欲望に負けて色んなことをしてしまった。できなかったけど。
寝ている相手に致そうとしたのは騎士精神に反するのは確かだ。そのことは謝っておきたかった。
ただ、それよりも、ウィルにとっては、自分が心からあの少女に魅かれているのに、彼女のことを何も知らないのがとても悲しかった。
いったい俺は彼女の何が好きなんだ。裸を見たからか。欲望だけなのか。
ちゃんと話をしたい。分かり合いたい。そして気持ちをきちんと整理して、それからなら。
もう一回キスしたりしても許されるだろうか。
◆ ◇ ◆
青髪の科学者アメノは集落の中をとぼとぼと歩いていまわっていた。ウィルを探している。
探査ビーコンでは真下がちょうど死角になっておりうまく探せないのだ。
サポートAIにウィルを探させようとしたら「いい鉱石があったんですよー」とさっさと出かけてしまった。たしかに鉱石を探してこいと指示したのは私だが。
気が急いてくる。
会いたい、会って話がしたい。
アメノの頭の中には昨晩の困ったようなウィルの表情がこびりついていた。
自分がアルコールで脳がマヒしていた間に、随分と迷惑をかけてしまったようだ。
ウィルに嫌われたくない。きちんと説明して謝ろう。
ウィルは非常に評価の高い協力者だ。戦闘も見ていて楽しいし、料理もうまい。肉や鉱石も持ってきてくれる。人数が増えた集落を取りまとめ、森人の群れと同盟するなど、死者の大災害の中でも調査船の安全が少しずつ高まっている。
もし万が一決裂してしまったら、ほかにあれだけの協力者を得ることは望めないだろう。だから不満があれば解消して、私にしてほしいことがあれば対応しなければ。
そして、迷惑をかけたなら謝る。
で、ちゃんと許してもらったら。
もう一回キスしたりしても許されるだろうか。
そして、目の前に騎士が現れた。
「ウィル!」
「アメノ!」
呼びかけると、応えてくれた。なんか向こうも真剣そうな顔をして、こちらを探していたようだ。
やはり昨晩のことが不快だったのだろうか。
「話がある」「えっと実は話が」
えっと。
「先にどうぞ」「いや、そっちが先に」
沈黙が辺りを包む。
なんかうまくいかない。なぜだ。
とりあえず今度は相手の言葉を遮らないようにしよう。
と様子を見るとお互い話し出せないまま時間が過ぎていく。
不毛だ。こうなったらこちらから言いたいことを全部言おう。
「昨日のことだけど……」
「騎士の兄ちゃん、大変だよ!」
その場にキラが駆け込んできた。
◆ ◇ ◆
森の中。広葉樹の葉で鬱蒼と覆われた薄暗い中、倒木と岩に囲まれた小さな平地に約数十人の人間たちが数台の荷車を盾にして円陣を組んで集まっていた。
大人たちが剣や槍、弓など思い思いの武器をもって構えている。
そこに灰色の巨大な狼、森林魔狼の群れがとりまいていた。大きさはロバほどもあり、鋭い爪に飛び出た凶悪なキバを持っている。その数十数頭。
一匹が隙をみて荷馬車を超えてとびかかろうとしたときに、木の上から数本の矢が放たれた。
「キャイン!」
森林魔狼の分厚い毛皮に矢が突き立つ。しかし大きな痛手ではないようで、様子を見るようにまた群れに戻っていった。
木の上から矢を放っていたのは森人の戦士が五名ほど。
「キリがないなぁ……」
さきほどからずっとこうである。森人の戦士たちにも疲労の色が濃い。
「死者に森に追い立てられて以来、ようやく人間の集落にたどり着けそうだというのに、こんなところで……」
「子供もいる、ここで耐えるしか」
人間たちはさらに疲労しきっており、さらにけが人も多かった。
「援軍は依頼したからもう少し耐えるしかないぞ」
森人が人間たちに告げる。それはみんなわかっている。ただ、次に森林魔狼の総攻撃があったらどうなるだろうか……。
「アオオオオオオン!」
森林魔狼の長らしきひときわ大きな個体が雄たけびを上げ、一斉に襲い掛かってきた。
「死んでたまるか!!!」
人間たちが武器を構える。
「~まことに汝らに告ぐ! 我は仕え衛る者、騎士ウィルファスなり!~」
そこに若い騎士の宣言が鳴り響いた。
「キャイン!」
血風が舞った。
斬っても斬っても艶やかに光るロングソードを振りかざし、その栗色の髪の騎士の斬撃は信じられない切れ味で魔狼を切り裂いていく。
「ウガアアア!」
群れの長であろう、大きな魔狼が騎士に爪の一撃を食らわせるが、鎧が軽くへこんだだけで、騎士は逆に魔狼の喉元にロングソードを突き立てていた。
「……援軍だ!押し返すぞ!」
あまりの鮮やかさにぽかんと戦いを見つめていた森人の戦士たちが戦闘に加わったのは、魔狼の半分が斬り伏せられたころであった。
◆ ◇ ◆
湖の集落。
アメノは次々に集落に到着した人間たちを観察していた。
森をさまよっていたところを森人たちに発見されて、この集落まで連れてこられたらしい。
難民である。衣服もボロボロだし、体調も悪そうだ。
見ると怪我をした人も多い。
「これはひどい、まずは飯ですなぁ」
「そうだね、燻製肉を取って」
燻製屋夫婦のゴルジとフィリノが相談している。
「待って、彼らは体力が落ちすぎている。肉は消化できない」
アメノは全員に給食ペーストを食べさせるように指示すると、怪我人と病人を治療すべく医療モジュールを取り出した。
見るとウィルも受け入れた難民に話しかけたり、励ましたりしている。
ウィルとお話をしたいところだが、どう考えても今は難民の受け入れに専念するのが全体最適だ。
アメノは治療に専念することにした。
「錬金術師の先生に救っていただけるだなんて……」
「ちょっと撫でてもらっただけでケガが一気に」
「薬を貰っただけでもう病気が治った!」
難民たちは次々にアメノに感謝の言葉を述べてくる。
「なんて美しいお方なのだろう」
「癒しの水大精霊様はきっとこのような感じなのでは」
「女神様が地上に降りてきたような」
感謝の言葉はともかく。なんか奇妙なことを言い出した。
「だったら、ちゃんと食べて」
「……食べないと駄目ですか」
それなのに、せっかくの給食ペーストをなぜか二口目から食べなくなる人が多い。免疫機能が低下しているし、栄養失調気味な中で、消化機能に負担をかけない給食ペーストは最善の選択なのだ。
まずいとそんなにダメなのか!
ちょっと灰色をベースに七色に光り輝きながら、味も素っ気もない塩味の全くしないゲルを口の中に運ぶだけじゃないか!
うん、まずいよ。まずいのは知ってる。だけど命に係わるんだから食べろ!
アメノは顔に無表情を張り付かせながら難民たちの口に給食ペーストを突っ込んで回っていた。
ウィルと話せなくてイライラしているのは関係ないからちゃんと食べてくれ。
木曜日更新分です。
 




