39 全体最適じゃない
アメノの調査船の屋上にあつらえられた広いテラス。
月明りに照らされた灰白色の床に、青を基調にした身体に密着した服を着たままの青髪の少女アメノが横になって寝入っている。
「すーーすー」
ウィルは考えた。今までにないほど頭のすべてを活用して考えた。しかし、脱がせ方がわからない。
うろうろしながら、刃物を使うか、とんでもないアメノに1ミリでも傷をつけるなんて俺は嫌だぞ、などと考えているうちに、急に頭が冷えてきた。
怒涛のような恥ずかしさがウィルに襲い掛かる。
なんで俺は誓いを立てた貴婦人の寝こみを襲おうとしているんだ!!!
ここでやるべきことは。まず姫をベッドに
……船のドアの開け方がわからん?!
よくよく考えるとアメノの周りのことはわからないことばかりだ。
なんか誓いを立てた、キスしよう、子作りしようなどと盛り上がりに盛り上がったくせにお互いのことをゆっくり話をしたことすらない。
特にアメノは自分のことはほとんど喋らない。
ダメじゃないか。
こんな感じで本能に任せて我が貴婦人を襲おうだなんて、騎士精神はどこに行ったというのだ。
気持ちよかったけど。
それで突き進もうだなんて、これじゃあ本当に肉欲だけじゃないか。
よし、ちゃんとお付き合いしよう。お話もしよう。一緒の時間を過ごして、生涯の伴侶になって、ちゃんと起きてるときに子作りの許可ももらうんだ。
「すーすー」
アメノがどこまで考えてくれているかはよくわからない。
だからこそお話したい。
ウィルは自分のシャツを脱ぐと風邪をひかないようにアメノの身体に被せた。
「なななな、なにをやらかしてんですかこの強姦魔ーー!!!」
げしっ。
いきなり横合いから赤い塊が飛び出し、脇腹にしたたかにぶつかってきた。
魔力切れだったはずの作業用ゴーレムメイドのエーアイだ。
「よーやく! よーやくシャットダウンから管理者代行権限でっちあげて強制再起動に成功したらこのスケベなオスは!!」
「なにをって、よく見ろよ!? アメノが寝たから服をかけてたんだよ!」
「よく見ても上半身裸の猛獣がマスターに襲い掛かっているようにしか見えませんよ!?」
たしかに落ち着いて毛布を取りに行けばよかったが、姫君をそのままにしとくわけにいかないだろ。
「だいたい、こんな状況で、明らかに発情してるオスがマスターに何もしないわけないじゃないですか! 脱がしたり、はむはむしたり、ぺろぺろしたり、すはすはしたんでしょう! 羨ましい!」
「脱がせなかったんだってば?!」
「語るに落ちましたねーーー?!」
エーアイがイヤイヤをするように頭を抱えて身体を振りはじめた。上半身から白い膨らみが二つ、ちらりと顔を見せた。
よく見るとエプロンドレスの上半分が無く、簡単な布で包まれているだけだった。
「ちょ、ちょっとまて服どうした」
「……なんか色々あって汚れました!! 犯人はいまティリルさんがシメてます」
「そ、それは大丈夫なのか……」
と言いつつ、視線がエーアイの胸元で震えるものに誘導されてしまう。ちらちらと白い肌が見えた。
落ち着けウィル。
人形だぞ。ゴーレムの何かを見たからって別に嬉しくないだろう。
と目をそらそうとすると逆に意識してしまって。
「大丈夫ですよ、何を想像してるんですかこのヘンタイ……って、ははぁー」
エーアイが何かに気が付いたようにこちらを見てくる。
「発情しましたねーー? くくく」
「してねぇよ!」
「では私が処理してあげましょー、スケベなオスが獣欲にかられマスターを襲う前に! 必要な犠牲です!」
今度はチラりとではなく、明確に見せつけるためにエーアイが服を脱ぎ始める。
布がずりおち、長い赤髪に包まれた長身と女性らしい膨らみが姿を見せた。
そのままジリジリと近寄ってくる。
「要らないって!? 服を着ろよ!」
「くくく、身体は正直じゃのーー?」
「まだ何も反応してねー?!
俺はテラスから飛び降り、脱兎のごとく逃げ出した。
「逃がしませんよーー!」
月光の下で上半身裸のメイドから、四本の凶悪な金属腕が伸び俺を追跡し始めた。
伝説の悪魔か。
― ― ―
「ゴーレムとしてご主人様をベッドに寝かせなくていいのか!」
「あ、そうでした」
エーアイが納得してくれたのは、追い詰められ森の木の上によじ登った俺を落とそうと木を伐り始めたころであった。
◆ ◇ ◆
翌朝。
二つの太陽が森の端から姿を出し、清涼な空気が辺りを包んでいる。
しかし、アメノは昨晩のことを思い出して少し不愉快であった。
まず、不覚にもアルコールを摂取して脳をマヒさせてしまったことに加え、キスはともかくそのあとの醜態についてである。
ウィルが頑張ったし、カッコいいからキスをしたのはいい。全体最適だ。
なにせウィルとの関係は大事だ。私のこの惑星での活動も、調査船を修理できるかも、未知の文明の研究をできるかも、すべてウィルとの関係にかかっている。
なので、ウィルとキスして喜ばせて、自分も少しうれしいのはわが銀河知性統合政府の方針に沿っており、統合民主主義の理想にも合致するのだ。
で、そのあと、いくら脳がマヒしていたからといって、あのように身体を擦り合わせたり、体温を感じたりして何の意味があるというのだ。
ウィルもなんかすごく困ったような顔をしていたのだけを覚えている。何かを我慢していたような。
自分がちょっと暖かくて気持ちいいからといって、ウィルに迷惑をかけるのはおかしいだろう。
あとで、きちんと謝らなくては……。
それはさておき、森人たちが郷に帰ることになった。
ウィルもその対応で朝から忙しく、話をする時間がない。
「いろいろ無作法もあったが、我らの友情は変わらんと思っている。これからもよろしく頼む」
アップにしていた金髪をまっすぐ背中に垂らして、森人の長ティリルが述べた。
「こちらは心ばかりだが」
もう一人の森人のリーダー、カシウが様々な道具類を布の上に置いた。贈りモノなのだろう。
「これは我らが熟練の職人つくった藤蔓でできた弓矢十張り」
後で聞いたが武具を渡すということは、同盟軍として真に信用しているという証らしい。
「そして我らの里が誇る宝虫の布、この光沢を見てほしい」
なぜか黒髪の魔女ジョセルと私の方を見ながら説明してきた。
カシウが軽くウィンクする。
「ひっ?!」
後ろに座っている銀髪の狩人の少年キラがそれを見て小さく悲鳴を上げた。何かあったのだろうか。
その他、当座の食料として豆粉や芋粉、ハチミツに各種の野菜の種などをくれた。
これはとても嬉しい。
「それではこちらからも返礼だ」
ウィルとサポートAIがアイテムを並べ始めた。
評判の高かったガラスのコップ。
「おお、これを頂けるのか」
森人たちからどよめきが上がる。
川砂を精製するだけでいいのでコストはかなり安いものだが、気に入ってくれたらしい。
あとジョセルに作った木材から精製した強化セルロース不織布も用意した。
「ナイフが通らないぞ!?」
「織り目も縫い目もない?!」
これまたどよめく森人たち。
もう一つ、ウィルが白銀色に輝くナイフを一振り布に置いた。
そのナイフは一点の曇りもなく白銀色に輝き、そして刃は薄く鋭い。
「こ、これは……まさか魔法銀?!」
森人たちが信じられないものをみたという顔でナイフを眺めた。
これは森人たちが銀が好きだということで、ウィルとジョセルが古い銀貨をかき集め、これで何か武具を作ってくれと言ってきたのだ。
色々調べた結果、純銀では強度が不足するので、銅とニッケル、そしてごく少量のゲルマニウムを無理やり核分裂で精製して添加して、銀の強度の数倍の合金を精製したのだ。
で、ミスリルとは何だ。
「“塔”でも伝説級の錬金術師しかつくれなかった、過去の失われた技術とされる至高の銀ですよぉ……」
ジョセルも酸素が足りないように口をパクパクさせながら、教えてくれた。
いや、私は普通の合金技術を使ったので、魔法ではないのだが……
ティリルとカシウは何度も頭を下げて、謝意を示してくる。
そして、森人たちが帰った後。
サポートAIが用意した手土産用の給食キューブは丁重にお断りされていた。
不味いけど健康にはいいのに?!
水曜日夜更新分です。 よく寝ましたごめんなさい。
 




