37 特別な関係だから
湖畔の集落に設けられた宴会会場。
二つの太陽は沈み、夜の帳が辺りを覆っている。
儀式はすでに宴会に突入しており、飲み過ぎたものがテントの中や地面の上で思い思いに休んでいた。
篝火が幾つも焚かれて、まだ元気なものはその周りで踊ったり歌ったりしているようだ。
ウィルはそんな中をアメノを探していた。そんな広い会場でもないのだが、前回の戦いの功労者だ英雄だと言われて、少し歩くと周り全員から話しかけられ、酒を勧められてしまうのである。
森人との同盟の祝いの場で森人からの勧めを断るわけにもいかず、一つ一つこなしているうちに時間がたってしまった。
なぜかその押しかける人々の後ろで、メイドゴーレムのエーアイがニヤニヤしながら、森人に酒瓶を渡してけしかけてきていたような気がするが気のせいじゃない。あんにゃろ。
とっぷりと日が暮れた頃、なんとか接待攻勢の最後の波を撃破すると、ウィルはアメノを探しはじめた。
もうかなり酒が回って、足腰はしっかりしてるが、頭はうまく回らない。
ランダムに会場をうろつきまわるのだが、どこを探しているのかよくわからなくなったころ。
いた。
ひときわ大きな篝火の隣で、我が貴婦人アメノが燻製屋の嫁フィリノと何やら話し込んでいるようだ。
楽しんでいるみたいなので、一瞬躊躇したが、声をかける。
「……アメノ」
「ウィル!!」
俺の声が届いた途端、アメノの屈託のない笑顔が咲き乱れた。
満面の笑みを浮かべて、とてとてと俺の方に近寄ってくる。ぱたぱたと振られる大きなシッポを幻視するぐらい嬉しそうだ。
「ウィルが居た、嬉しい」
アメノはウィルの胸元まで来ると頭を上げて俺の顔を見つめている。いつもは白い肌が桜色に染まっており、上目遣いの瞳は微かに潤んでいるようだ。
ドクッ……
心臓が高鳴る。
というかこの子だれだ、水の精霊か、風の天女か……どんな絵画もないような美少女が目の前にいる。うん、大丈夫、アメノだ。ちょっと待って可愛いんだけど。
俺は耐えきれずにしばらく悶えていたが、気を取り直してアメノの手を取った。
「二人で話がしたいんだ」
「私も」
そういうことになった。とにかく二人っきりになれるところに行きたい。
燻製屋のゴルジとフィリノが「がんばってー」と手を振る中を、篝火から離れた。
― ― ―
「あー、この発情オス!! マスターを攫ってどこへ?! もうマスターは寝る時間ですよ、寝る前に身体洗浄して服を脱がせてブラシとスポンジでお身体を……」
「Please AI, 作業用ドローンをシャットダウン」
「うがっ」
途中、エーアイが襲ってきたが、アメノがあっさり活動停止にしてしまった。
目の光が消え、膝から崩れ落ちるゴーレムはもう人間の動きはしていなかった。
……なんか倒れたエーアイを森人の男衆が取り囲んでるんだが、大丈夫かな?
「問題ない、あの子は丈夫」
アメノが言うなら問題ない、それよりはやく二人っきりに!
― ― ―
二人は湖に沈む白灰色の方形の塊。アメノの船の屋上に登っていた。
フネの屋上から伸びたテラスには、良く分からない鏡のような錬金道具がみっしりと敷き詰められ、その真ん中には偵察用の浮き球を繋ぎとめた綱がゆらゆらと揺れている。
二人は特に眺めのいい一角を選んで佇んでいた。
隣に立っているアメノを見つめる。繋いだ手からほんのりと温かい体温が伝わってきた。なんかもうすでに押し倒したいのだが、自重する。
騎士精神に基づき、自分の理想とすべきレディに対しては清い関係を貫かなければならない。
誘惑の多い日だったが、さまざまな邪念を振り払うためにも、騎士として我が貴婦人に清くロマンチックな語らいをして、満足しなければ。
……そして、死者との闘いが落ち着いたら結婚を申しこもう。家はどんな感じにしようかな。子供はどっち似に……
違うだろ! 清い交際!
またもや妄想が暴走が激しくなってきたので、ウィルは改めてアメノを見つめることにした。薄茶色の瞳でまっすぐに見つめ返してくる。
「話は?」
「あ、今……」
ウィルはかねてから考えてあった詩を捧げることにした。
立ったアメノの前にひざまずいて、上を向いて……上を向いたらアメノが見えないので前を向き、その手を取って歌い上げる。
「ああ、我がレディ。その美しさを何に例えん。
その目は星のごとく。その顔は月のごとく。
髪は天を多く空のごとき……」
アメノが首をかしげる。
「私は宇宙?」
あまり通じてないようだ。
うん、知ってた。俺に詩の才能はない。
でもさ、こうカッコよく詩とか捧げてみたかったんだよ、わかるだろ!!
「……アメノ、貴女のために戦いに勝ちました」
「うん!」
アメノが目を細めてとても嬉しそうな顔をする。なんかいつもよりも表情豊かですね可愛いです。
「ウィルはとても有能。私の説明した状況に会わせて瞬時に作戦を立案できる。さらに先頭に立って作戦を実行しつつ、士気の低下した人に適切に激励することもできる」
何かの琴線に触れたのが、普段言葉の少ないアメノが滝のようにしゃべりだした。
「そ、それだけじゃなくて、戦闘でも敵の攻撃を回避しながら的確に急所をついた攻撃を行って最高の効率で敵戦力を減らしていて、戦術に負けず劣らず個人戦闘もすごい」
なんかノってきたのか身振り手振りで俺の戦い方を再現するアメノ。
「もちろん、外交も立派。敵の戦力が強大なのに、もともと仲の悪かった森人種との関係を一瞬で改善して、同盟に持ち込んだ、タイミングを見極めての判断が素晴らしい」
アメノはうんうん、と自分で納得するように頭を振る。
「これらすべてを考えて実行できる、みんなのためになる戦略を持つ人間……まさしく全体最適。指導者として完璧」
いきなり津波のように褒め言葉を浴びせられ、こそばゆい気分である。居ても立ってもいられないほどだ。
どうしようもなくアメノを見つめる。次の言葉を待つ。
我が貴婦人は顔を赤らめながら、ちょっと考えると。
「……えっと、古語で言うとその。カッコよかった」
「ご褒美にキスをお願いします!!!」
もう我慢できない。キスはプラトニックだ。
◆ ◇ ◆
調査船の屋上から生えたデッキに吹く風が、アメノの身体を優しくなでる。
リングをまとった月が黄色く楕円形に光って、辺りを照らす。
アメノは考えた。
ご褒美。
なるほど、ウィルは頑張ったのだから、ご褒美も必要だろう。私にできることならば何でもしてあげないと。
キス。
つまり口を使った身体的接触だ。
しかし、異性の身体に触れるのは宗教的禁忌で恥ずかしいことではなかったのか。
「……そ、そうだけど……いいんだ。俺はアメノに誓った騎士だし、アメノは誓いを受けたレディで、つまりその、特別な関係だから、二人っきりならいいんだ」
なるほど。新事実が分かった。
であれば、躊躇する理由は何もない。
私はウィルに一歩近寄ると顎をつまんだ。
「えっ」
空いた手でウィルの首を引っ張ると、ウィルの唇に、私の唇を合わせる。
「んー?!」
「んっ……」
ウィルの身体が強張る。ウィルの鼻息が顔にかかる。
初めて合わせた唇は柔らかくて暖かかった。
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月曜日夜更新分です。よく寝ました。火曜夜も更新します。




