36 酒でよっぱらったせい
同盟の代表者席、ウィルの隣に座った森人のカシラ、ティリルはその白い肌を赤く上気させながら、小声で囁いてきた。
「その……子作りをお願いできないだろうか……」
「いや、その、子作りって、なんでそんな」
ウィルはしどろもどろになりながら答える。
「ウィル殿がいいのだ、あのバケモノとの戦い方には惚れた。きっと強い子が生まれる。我々には強い血が必要なのだ」
確かに森人にそういう風習があるというのは聞いたことがあるが、今その話をする?!
「でも、結婚なんてしてる余裕ないぞ」
「結婚は……しなくてもよい。そもそも寿命が合わない」
たしかに、人間の夫に先立たれた森人が残りの長い寿命を悲しんで死ぬというのは民話の定番だ。異種婚はその辺を割り切らないと辛いものがある。
「そちらの負担にならないように、子育てもすべてこっちでやる、ウィルは私を好きなように抱くだけでよい」
ティリルがにじり寄ってきた。体温が感じられそうなほどだ。
「だから十年か二十年……ウィルが飽きるまで、私を孕ませ続けてくれまいか、どうだ?」
ティリルの緑色の瞳がまっすぐこっちを見つめてきた。整った顔と透き通るように白い肌に、金髪が映える。なだらかな肩からスレンダーな身体とすらりと手足が伸びている。
胸の大きさ以外は実に完璧な身体と言ってもいいだろう。
この身体を閨で好きなだけ堪能できるとしたら……
でも、ウィルの脳内に映ったのは……青髪の少女。あの日、水に濡れたアメノの裸体であった。
「ごめん! 気持ちは嬉しいけど俺には……辞退させてくれ!」
というと、ウィルは席を中座した。逃げ出したのだ。
「嬉しいそうですよー、もう少し押せばいけますって」
「おお、そうか!!」
背中越しに、エーアイとティリルの不穏な会話が聞こえてきたが、ウィルは聞こえなかった振りをして逃げ続けた。
◆ ◇ ◆
そのころ、アメノは文化観察のために会場を漂っていた。
精霊を祭る祭壇の周りに人が集まって騒いでいる。
「酒を飲む飲む、樽でこい♪」
「飲めばどんなショボクレも、たちまち英雄どんとこい♪」
「のめばどんな魔物も、どんな悪者もこわかねぇさ♪」
「どんとこい、どんとこい、酒を飲むー♪」
良く分からない歌を歌って騒いでいるのは燻製屋夫婦のゴルジとフィリノのようである。
そしてその周りに森人や老人、子供たちが集まってやんやとはやし立てているようだ。
アメノはこの騒ぎを見ながら、一つの疑問を持った。
そういえばこの間から「酒」という単語をよく聞くが、何なのだろうか。古語辞典を調べた。
『酒 : 原始文明から第一段階宇宙文明で典型的にみられる野蛮な社会文化的飲料。様々な原料で製造されるが、共通する成分としてエチルアルコールが含まれている。
エチルアルコールを摂取することで脳神経および中枢神経系をマヒさせることができる。原始文明ではそのマヒ具合を楽しむ文化がよく見られる。大量に飲むことで死亡する』
……なんだこれは?!
アメノは文章を読んで頭がクラクラしてきた。
毒、毒を飲んでしびれ具合を楽しむだと……
こ、こんなことをして楽しんでいるなどと全く信じられん……。
だ、だが、こういう他の文明との共通点を調査するのも、研究のためだ。このバカ騒ぎもきちんと録画することにしよう。
「おー、アメノ様!! お肉食べてくださいよー、野菜君たちが肉食ってくれないんですよー」
気を取り直したアメノにフィリノが襲い掛かった、手には串に刺した燻製肉を持っている。
「お肉!」
もちろんアメノに否やはない。早速かぶり付く。
「んーっ、おいひ」
さっきからパサパサした甘いものばかり食べていたため、ストレートな塩と油の味がガツンと喉にぶつかってくる。
「美味しいけど、喉が渇いた。水は?」
「はいどうぞー」
フィリノからもらった飲み物を飲み干す。
ん? ほんのりした甘みと微かな違和感が舌に残った。なんだろう。
「おー、いけますね、お次どうぞー」
もう一杯貰ってしまう。
なぜかすっと喉に通っていく。ただの水よりも格段に美味いことは確かだ。
なんかポカポカしてきた気もする。
「ささ、踊りましょうーー!」
フィリノに手を取られ、踊りの輪に連れ込まれる。
いつもならば逃げるところだが、なぜか逆らう気になれず、歌のリズムに合わせて、手足が動き出していた。
「おー、いいステップですねー!!」
「やるじゃん姉ちゃん!」
良く分からないまま周りに合わせて体を動かす。
アメノの視界の端っこに、AIがうるさいからミュートにしたままの、「体調異常:アルコール酔い」のポップアップが微かに光っていた。
◆ ◇ ◆
アメノに会わなければ。そして自分の思いをきちんと。
ウィルはアメノたちの居た幹部席に急いだ。
「おや、人間代表じゃないですか」
しかし、幹部席にたどり着くと、そこには狩人のキラを制裁している土魔女のジョセルと、困った顔をしたカシウしかいなかった。
「えっと、アメノはどこ……というか何してるの?」
「いまですかぁ? 売春の交渉をしてるんですよ」
とんでもないことを言い出すジョセル。
「いや、だからワシがほしいのは子供なのだがのう」
「分かりませんよぉ? ほら、この子の腰見てくださいよ、種付けしたらきっと孕みますよ? だから宝虫の布を二着分」
「たすけてくださいぃ!」
ジョセルがキラのズボンをめくりおろして、カシウにお尻を見せつけていた。
ウィルはさすがに見かねてジョセルを止めに入る。
「家臣のお尻を売るのはちょっと主人としてはどうかと」
「先に主人を売ったのはコイツなんですよ!」
「冗談ですってばぁーー」
……だいたいいつものパターンでキラが余計なことを言ったのだろう。だったら少しは懲りたほうがキラのためだ。
「買います? 結構強いですよこの子」
「うーん、確かに弓の腕は確かだったよな、ちょっと話を聞きたい」
「え、興味もたないでぇ?!」
「ちょっとー、お代払っていきやがりなさいーー」
カシウはキラを担ぎ上げると、人込みの中に消えて行った。
うん、カシウのおっさんはなかなかいい人のようだ。弓の話を聞くという口実で虐められているキラを助け出したのだろう。
お尻を見て気が変わったということはない。たぶんない。
「……ち、逃げられましたね、代金は後で回収しますよ」
ジョセルは相変わらずの態度で飲みなおし始めていた。本気で代金は取るつもりなようだ。
それよりアメノがどこに行ったか知らないか。
「それより、忘れてましたよ騎士さん」
何がでしょうか。
「この間の戦いはなかなかの活躍でいやがりました、なので褒美をあげますよぉ」
そういうと、ジョセルはだぼっとした黒いローブの中でごそごそと手を動かしたかと思うと、一枚の白い布を投げて寄越した。
それは薄い高級布でできており、かすかに体温といい匂いが……。
「ちょっと?!」
ジョセルの下着……キャミソール、つまり、ジョセルの豊満な胸を包んでいた布だ!
「なんです? あの時ちゃんと言ったじゃないですか。それに自分のために活躍した騎士に褒美をあげるのは貴婦人の務めですよ」
「いや、それはわかりますが、俺は別にあなたに誓いを立てたわけでは……」
「そこは必須ではないですし」
「その、でもやっぱり受け取れないですよ」
ウィルの顔が赤くなる。何せ衆人環視の中で脱ぎたての女性の下着をつかんで立ったままなのである。かといって捨てるわけにもいかない。
「……わ、私だって普通のお姫様にあこがれて、こういうの一度やってみたかったんですよ」
ジョセルが俯いてぼそぼそと呟く。頬がほんのりと赤くなっているようだ。
「迷惑かけて悪かったですね、嫌なら返してください」
……だったら、俺が断ったら、ジョセルが貴婦人でないと宣言するようなもんじゃないか。
「えっと純粋な褒美ですよね、他意はなく」
ウィルが確認する。アメノのためにもここは確認しないといけない。
「はぁ? まさか口説こうとしてんですか? ちょっと騎士さんは好みじゃないですねぇ」
ジョセルは唇をゆがめて、憎まれ口をたたいた。
「……でしたらありがたく受け取ります」
ジョセルの下着をこっそり鎧の裏に隠す。これはこれで大事にしておかないと騎士精神に反する。
しかし、他意がなくてよかった。時と場合によるとこれは夜這い許可証としてもつかわれる行為なのである。
「ふん……酔っぱらったせいですよ、こんなの」
ジョセルは何故かちょっと不満そうで、ちょっと嬉しそうな表情をしてハチミツ酒をあおっていた。
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