35 誓った内容これだっけ
湖畔の集落、同盟式の会場には多くの人が集まり、敷物の上に座ったり、立ったりして思い思いに飲み物や食べ物をもって語り合っている。
「おう、お嬢さん方やってるかい?」
人間側の幹部席に座っているアメノとジョセルに声をかけたのは金髪を短く刈り上げた森人だ。上森のカシウと名乗った個体である。
「やってる……何を?」
「えっ」
アメノはきょとんとしているカシウの顔と耳を見た。肌色は白く、耳は長く伸びてとんがっており、目は緑色をしている。
隣に座っているジョセルとは耳の大きさが全く違う。ウィルやジョセルたちはアメノと同じパンスペルミア人類ではあるが、この森人という人たちはどうも遺伝子情報が少し違うようだ。
研究用にサンプルが欲しいところである。一人ぐらい誘拐してもいいだろうか。
アメノがそのようなことを考えていると、カシウが言葉を継いだ。
「いや、飲んで食ってるか……って聞いたんだが、あんまりメシがないみたいだな、おーい」
呼び声に答え、カシウの部下らしき森人が両手に山盛りの料理を持ってやってくる。
「飯を持ってきたからな、どんどん食ってくれや」
これは?
アメノが木の皿に載せられたほかほかと湯気を挙げている丸い物体を指さす。
「おう、それはドングリと山芋の粉を合わせて焼いたパンケーキよ。サトウカエデの樹液をかけて召し上がれ」
「おや、甘味はいいですねぇ」
ジョセルが一切れ口に運んだ。うんうん言いながら食べている。
真似して私も一切れ。
「甘い」
パンケーキ自体はぼそぼそとしてシンプルな味わいだが、それにかかっている液体が舌にふれると微かな苦みとともに柔らかな甘みが口内に一気に広がった。
甘味、甘味もいい、肉の旨味や塩味とも違って、とてもやさしく身体にしみとおっていく。
身体を貫く快感に軽く身体を震わせる。
「んっ……」
ああ、口がにやけてると思う。美味しい……
「よ、喜んでくれてうれしいのう……もう一枚どうじゃ」
見るとカシウがなぜかよそ見をしながら次を勧めてきた。もちろんいただく。
甘い。喜びに身体が包まれる。
「はふ……」
隣ではジョセルが他の料理にも手を付けていたが、あまり満足してないようで、カシウに文句を言っている。
「……うーん、野菜ばっかりで薄味ですねぇ」
「ハチミツや果汁がかかってんじゃねぇか」
「甘けりゃいいってもんじゃあないですよ、キラぁ、燻製肉と塩もってきやがりなさいー」
「はぁい」
狩人のキラが燻製屋のところに肉を取りに行く。
見ると肉料理に集まっているのは人間ばかりで、森人はほとんど手を付けていないようだ。
さらに、サポートAIが配っているいつものペースト給食には、人間も森人も寄ってこない。
解せる。不味いし。
森人も人間の作った山菜料理には手を付けているので、純粋に好みの問題のようだ。
隣ではカシウとジョセルが話を続けていた。
「肉料理ってのはどうも塩も油も強すぎてのう、俺たちの口にゃああわねえんだよ」
「ふん、だからアンタらはそんなに細っこいんですよ」
「ん、もっと太っている方が好きか?」
「私はですねぇ」
ジョセルはそういうと私を抱き寄せて、身体をぺたぺたと触り始めた。
「これぐらいが好みなんですよ」
何をする。
私はジョセルの手を引きはがして逃げ出した。
「身体付きなら似たようなもんだろ」
何を張り合ってるのかカシウが主張する。確かにすらりと長い身長が全然違うが、無駄のない身体付きは私と似ていると言えば似ている。全体的にカシウの方が筋肉の付きはいいが。
「そんなの張り合ってどうしやがるんですか」
「どうだい、魔女のお嬢ちゃん、ワシと子作りしないか」
「ぶふっ?!」
飲み水を吹き出すジョセル。
「大丈夫だ、子育てはこっちでする。魔法を使える子が里に加われば心強い」
「それ、私に得がありやがりませんよね!」
「ううむ、では宝虫の布を十着分差し上げよう」
「平然と買収提案されましたよ私!?」
淡々と子作りの提案をするカシウにジョセルが怒って言い返す。
「興味深い、両種族で子供を作成可能?」
実に興味深い情報である。つまり、人間と森人はかけあわせることができるくらいの遺伝子の近さということになる。
もう一つ分かったのは、この近くに生殖細胞の採取施設とクローン培養槽があるということだ。そこでお互いの遺伝子を拠出し合って、子作りができるのだろう。
戦力が足りないし、あとでその設備を借りてウィルを増やすのもいいかもしれない。
「ああ、ワシら森人は寿命が長いでのう、その代わり子供ができにくいんじゃ」
「だったら私、出されるだけ損ですよねぇ?!」
「いや、これが人間やら猪人やら、異種間だとすぐ子供ができるのよ、なぜかはわからんが」
実にいびつな遺伝子設計である。それでは種としての人口が保てないだろう。
「しかし、弱い人間や、猪人のように乱暴な親からはまともな森人はできんし、寿命も短いんじゃ」
カシウは改めてジョセルに向き合って頼み込んだ。
「というわけであんたみたいな強い魔女ならぜひ子作りをしたい、欲しいものがあれば用意するでな」
「今までの人生で最低の口説きですよぉ?!」
ジョセルが頭を抱え込んでしまった。カシウも困って腕組みしている。
「はいお嬢様ー、お肉どうぞ……え、求婚されてるんですか、よかった!」
そこに銀髪の狩人のキラが帰ってきた。持ってきた肉をジョセルに渡すと、カシウに頼み込んだ。
「あの……ぜひお嬢様をお願いします。お嬢様は“塔”で魔法を学んでた時に処女をこじらせてしまったみたいで。これではお家断絶ですし、ぜひ一発さくっと」
「キィラァ???」
「あいてててたい?!」
ジョセルが怒りに任せてキラの頭を右手で挟んで締め上げる。ギリギリとキラの頭がジョセルの胸に埋まって苦しそうだ。
アメノはカシウに話しかけた。
「あの、ぜひ子作りについて詳しく」
クローン施設の場所と性能は把握しておきたい。
しかし、カシウは私の身体をじろじろと値踏みすると。
「……うーん、すまん。その発育だと子作りはなぁ」
「身体の発育は関係ない、生殖細胞は作れる」
「言葉の意味がわからんが、すまんのう」
残念である。カシウに断られてしまった。子供ができにくいようなことを言っていたから、彼らにとってもクローン施設は大事で他人には見せられないのだろう……。
「ワシは振られてしまったし、あとはティリルに期待するかのう」
◆ ◇ ◆
代表者席でがちゃん、とハチミツ酒の入ったコップが転がった。
ウィルはそれを取り直す余裕もなく、聞き返す。
「すみません、ティリルさん……今なんて?」
ティリルはその白い肌を赤く上気させながら、小声で囁いてきた。
「その……子作りをお願いできないだろうか……」
……やっぱり結婚式じゃねえかこれ?!!
ブクマ評価レビュー感想よろしくお願いします。
日曜日もう一回か投稿します。




