34 誓いの杯
二つの太陽が湖面を照らす。
緑なす常緑樹の木々に囲まれた湖面は透明な水を湛えており、そのど真ん中に四角くて白灰色のアメノの魔道船が沈んでいる。
森人たちが湖畔の集落に来た当初はこれが岩ではなくフネだと知ってやけに驚いていた。
「はえええ」
「ほお、えらいもんじゃの」
長身で緑色の衣服に身を包んだ金髪の若い少女と男……森人のリーダーのティリルとカシウがまじまじと魔道船を見つめて驚いていた。
なお、若いというのは見た目であって、長寿の森人種の齢が幾つかなど外見からは分からない。
「……昨日も見ただろ?」
ウィルはやけに感心しきりの二人に話しかけた。
「昨日はもう夜遅かったし、疲れ果てていたからちゃんと見ていなかったのだ!」
なぜか森人の少女ティリルが胸を張って威張るように言う。なお、スレンダーな森人種の中でもこの子は特になだらかな上半身をしている。長い金髪と凛とした顔つき、軽く女性らしく膨らんだ腰つきが見えなければ女性に見えないところである。
確かに昨日は長い距離を往復して、さらに数百の死者の群れと半日以上も戦い続けただけあって疲労が極限に達していた、ウィルも他の皆もほとんど話もできずに眠り込んでしまったのだ。
しかし、半日の間も体力が持ったことにウィルは驚いていた。どうもアメノに傷を治療してもらって以来、全体的に体力が向上している気がする。何か特別なことをしてもらったのだろうか。聞いてみないと。
ウィルはティリルを眺めながら、なんとなくアメノのすっきりとした体形に連想が飛んでいた。まだアメノのほうが小ぶりな膨らみがあったような……
「……ふふ」
こちらの視線に気が付いたのか、ティリルが頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。やばい、女性の身体をじろじろ見るなんて非礼なんてもんじゃない。あわてて頭から妄想を追い払う。
「での、同盟の誓いをしたいんじゃが用意は任せてもらってええかの?」
カシウが相談を持ち掛けてきた。話を聞くとつまり宴会をやるらしい。こっちは人数も物資も足りてないので、そこはお任せすることにした。
「よっし、宴じゃー! 気合がはいるのう!」
そういうとカシウは部下に何やら指示をしてあちこちに走らせ始めた。
― ― ―
湖畔の一角に広い空き地がある。少し高台になっていて、湿気も少なく眺めも良い。
そこに赤い絨毯が何枚も敷かれ、儀式の準備がされていた。
古式に則り、北に旗を三本立てて森人の崇める三大樹神に見立て、南に人間の崇める四大精霊神を象った祭壇を置く。
そして左側に人間の列、右側に森人が列をなした。
中央に座るは上森の長のカシウ。森人の正装である長いヒダヒダのついたマントを羽織って、カシウが朗々と述べ立てる。
「本日、誠に天下大安吉日。この良き日に両種族が縁結びとなるは喜ばしきことにて、大樹神、精霊神もお喜びになります」
カシウが人間側の最前列に座っているウィルに向き直る。
「このたび縁を結ばれるは、湖畔の集落の人間の長、騎士ウィルファス殿にて間違いございませぬか」
「我が剣に誓って間違いなし」
- - -
人間側の代表は話し合いの結果、俺ということになった。身分でいえば魔道貴族のジョセルでもおかしくないのだが、そのジョセルが最大の戦功を立てた俺が代表になるべきと言ったのである。
狩人のキラが「お嬢様は人気がないのをよくご存じで」と言ってジョセルにほっぺをひねられていた。
なお、アメノは「代表になったら儀式を観察できない」というで最初に辞退した。先ほどから興味津々で儀式を見つめて何か手元の箱をちまちまと弄っている。
- - -
次にカシウが森人側の最前列に座っているティリルに向き直る。
「このたび縁を結ばれるは、上下森の森人のカシラ、我が姪のティリルにて間違いございませぬか」
「叔父御の言うが通りにて」
これまた足元まで垂れた長い緑色の上衣をまとったティリルが答えた。長い金髪をアップにして櫛を挿してまとめており、非常に雰囲気が違う。
「それでは両種族のご縁を神々にお誓い申し上げます」
カシウが大きな杯を手に取り、中にハチミツ酒を注いだ。
そして大げさに俺の方に杯を差し出す。
「人間殿、誓いの分限に合わせてお飲みください」
「それでは一族も財産も多いティリル殿を六の姉、こちらを四の弟としていただきたく。森人殿に先にお飲みいただきたい」
それを受けて改めてティリルに杯を差し出す。
「森人殿、誓いの分限に合わせてお飲みください」
「いえ敵を多く屠ったウィル殿を六の兄、こちらを四の妹としていただきたく。人間殿に先にお飲みいただきたい」
「双方の真心、腹の奥から理解いたしました。それでは一つずつこのカシウに預けていただき、五分のキョウダイでいかが」
というわけで対等の同盟となった。なお、ここまで事前の打ち合わせ済み、譲り合いの精神で友好を演出する、つまりタテマエというやつである。
「では半分いただこう」
ティリルが杯に口をつけ、ハチミツ酒を半分飲み干す。
「では残りを半分いただこう」
そして、ティリルから杯を貰って作法によって一周半回し、残りを俺が飲み干す。うん、ほんのり甘くて酒精もよく利いている。良い酒だ。
カシウが皆に向けて宣言した。
「それではこれにて両種族はキョウダイとなり、影となり日向となってお互いを助け合うことを誓います、めでたし!」
……なんか結婚式みたいだな。
と思ってティリルの方を見ると、なぜか頬を赤くして照れているようだった。意識するとこっちもなんか恥ずかしくなる。
……そういえばさっきのって、間接キス……?
何を考えてるんだ、同盟の儀式だぞ。
俺は邪念を追い払った。
- - -
人間も森人も混ざって宴会が始まる。総勢七十名近い大宴会だ。お互いに料理や飲み物を持ち寄って大いに飲み食いしはじめた。
森人は飲み物として、ハチミツ酒と、子供にはミント茶を持ってきているが、それに対してこちらは水ぐらいしかない。
「まぁ、避難してきたばかりであろうし、ただの水であってもその気持ちを有難くいただこうではないか」
代表者席ということで隣に座るティリルが気を使ったつもりで話しかけてきた。ナチュラルにこちらを見下してきているが、まぁもともと森人は口が悪いのでこの程度は気にもならない。
しかし、二人だけ別にあつらえた代表者席に座ってるといよいよ結婚式っぽさが増してきたぞ。同盟の宴会なのに。
「はい、どうぞー」
綺麗に修復したエプロンドレスをまとったメイドゴーレムのエーアイが森人たちにコップに入れた水を配りはじめる。
「……な、なんだこのコップは……曇りが一切ない。そしてこの水、完全に透き通っている?!」
水を受け取った森人たちが口々に騒ぎ出した。ガラスのコップを空に透かしては驚き、また感心しているようである。
透明なガラスのコップは高いとはいえ別に珍しくもない。しかしまったく歪みも曇りもないコップを平気で何十個も用意するとなると話は別だ。
「水はともかく、結構な財産を持ってきたんだな……」
水の入ったコップを受け取ったティリルがしげしげとコップの造形を眺めている。
「それに何だこの水は……、透明すぎる」
この水もアメノが前々から「こんな水を飲んだら身体に悪い」と言って、湖畔に設置した浄水器で生産している水である。湖の水は透き通っていて綺麗とはいえ、よくよく見ると藻やら虫が浮いているものだが、この浄水器を通すと、一切の濁りのない完璧な浄水となるのだ。
「雑味がない……井戸水と全然違う」
酒を飲むのも忘れて、ティリルは浄水を不思議そうに味わっていた。
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