33 同盟
新型の走る死体は最初に突っ込んできたのであらかた片づけ終わり、あとはのたくたと歩く旧型の死者と大型のゾンビキメラだけである。
残数は八十数体、ゆっくりと土壁陣地に向けて進軍している。
ウィルはそんな敵の群れの前方に立ちはだかっていた。
タイミングがすべてだ。
改めて段取りを頭の中で繰り返す。
ウィルは土壁の中の味方を見た。土魔女のジョセルに狩人のキラ、そしてティリルたち森人の精鋭五十名近くが神妙な面持ちでこちらを見かえす。
この人たちの命がこれからの自分の動き一つでかかっている。さらにここで負ければ湖畔の集落の皆の命も長くはないだろう。
そしてウィルは隣に立つ少女アメノとその少女に仕えるメイドゴーレムのエーアイを見た。
アメノは恐怖もないのか敵の進軍を目の前にしていつも通り無表情で佇んでいる。
こちらの視線に気が付いたのか、アメノはウィルの目を見つめて微かに微笑んだ。
それを見てエーアイが不満げに頬を膨らませた。
この少女こそ、俺が失敗したら真っ先に死んでしまう。なのに、彼女は全幅の信頼を俺に置いてくれている。成功すると信じ切っているかのようだ。
やるぞ。
この戦いはすでに我が貴婦人たるアメノに捧げたのだ。
大いに手柄を立てて、ご褒美を貰う以外に騎士の生きる道はない。
ウィルは決心を新たにして、敵の前に進み出た。
「~まことに汝らに告ぐ! 我は仕え衛る者、騎士ウィルファスなり!~」
ウィルが敵の中央で自己強化魔法を兼ねた名乗りを上げる。後ろからついてきていたアメノが録音した音声を十倍の音量で再生した。
「我は騎士ウィルファスなり!!!!!!」
さらに、アメノが合成した人血の香りをウィルにふりかける。
「グオオオオオ!!!」
音と匂いに反応した十数体のゾンビキメラに率いられた八十数体の敵がウィルに振り向き、殺到してきた。
「逃げるぞ!」
「了解」
ウィルとアメノは敵にたいしてジグザクに逃げ始めた。敵がそれにつられて、右に振って左に振って追いかけ始める。
血の匂いを振りまいているウィルはわざと何度か、敵の前で立ち止まって、敵に追いつかせた。
「ウガアア!!!」
殴りかかってくるゾンビキメラの四本の腕を寸前でかわすウィル。体勢を立て直すと、また敵の集団から等距離を保ちつつ半円を描くように移動した。
こうやって左右に振られながら、移動速度の異なる大小の死者の群れが一定の範囲に纒められ、そして土壁の本陣にどんどん近づいて行った。
「ナイスですよぉ、騎士さん! 今度下着の一枚でもくれてやります!!」
そして死者の群れが近寄っていくその前には、地面に巨大な魔法陣を描き終わったジョセルが立ちはだかっていた。
ウィルとアメノがそのまま魔法陣に向かって走り込み、敵の群れがそれに続く。
魔力の集中により魔法陣を中心に風が巻き起こり、土魔女が黒髪を逆立て、朗々たる詠唱を始めた。
「~土幸い聞き給え、地の思いや掴みて離さじ!地手割縛!!!~」
ジョセルの詠唱にこたえ、大地から数百本の手が生えた。
土と石でできた手が死者たちの脚をつかみ、絡みついて八十数体の敵を一斉に足止めする!
「今だ!! 全員攻撃!!」
ウィルとエーアイが敵に突き進み、そして森人たちが一斉に抜刀してそれに続いた。
ウィルが一体のキメラゾンビの背後に回り込んだ。キメラゾンビは六本の腕を振り回して迎撃しようとするが、脚を土魔法で捕まれていて、身動きが取れない。
そこを背骨を狙った無限刃ロングソードの一撃が切り裂く。
「グアアアア!?」
キメラゾンビは苦痛に満ちた咆哮を挙げて地に倒れた。
「核融合ふるぱわーーーー、れーーざああああかったーー!!」
エーアイも同じように、攻撃をかわしながら別のキメラゾンビに接近していった。
そして背中から生えた機械腕から魔法の刃を伸ばして、キメラゾンビの背中を焼き切る!
「ゴオオオア!?」
同じく咆哮とともに倒れ込むキメラゾンビ。
「ふはははー、私は完璧なサポートAIですからさいきょ……きゃう!?」
あ、勝どきを上げていたエーアイが、瀕死のキメラゾンビの最後の打撃をもろに食らってすっ飛んで行った。
大丈夫か……なんか立ち上がってぷんぷん怒ってる。丈夫だな。
再度の攻撃を食らって、また上半身の衣服がちぎれて、白い肌が露出していた……って俺の外套じゃないか!!
「俺の騎士の紋章のカタキ!!」
「グアアアア!」
ウィルは騎士の誇りの詰まった外套を破かれた悲しみを次のキメラゾンビにぶつけるのであった。
ここまで広範囲の足止めの魔法は長持ちしない。十か二十呼吸の間に、だんだんと土くれでできた魔法の手が崩れ落ちていく。
しかし、ウィルたちにとって、十分な時間であった。
大物を最初に処理しおわり、あとは森人たちによる残敵の掃討が始まった。
「イヒヒ……」
見るとキラが死にかけの死者を一体、地にクロスボウで縫い付けてショートソードで切り刻んで遊んでいた。
ころあいだな。
「おい、そろそろ逃げるぞ!」
大魔法の発動で動けなくなったジョセルや、ケガをした森人たちを担ぎ上げ、全員で森の中へ逃げ込む。
アメノが手のひらほどの錬金道具から風を吹き付け、ウィルの血の匂いを拭き流す。そして小さな球体を取り出すと、地面にたたきつけた。
あたりに濃い人血の匂いが漂う。
「デコイ設置完了、撤退を開始する」
アメノが無表情で告げ、戦闘が終わった。
― ― ―
アメノたち、ウィルたちと森人の一行が湖畔の集落に戻ってきた。
留守番していた村人たちが戻ってきた一行をみて喜びの声を上げる。
アメノは負傷者を集めた。
「まず、治療。そこに並んで」
アメノが医療モジュールを使って、森人たちの本格治療を開始した。外傷は感染の有無を確認しながら、抗生物質と免疫強化剤を使い分けて投与していく。
「……何をしているの」
見るとサポートAIがボロボロになったエプロンドレスをまとって順番待ちをしていた。
「え、中破ですよ、こんなに服が破れて!?」
「AIは治療の手伝いをして」
「了解しました」
破けた下着から露出した胸部を揺らしながら治療の手伝いを始めたため、森人男性の視線が一部に集中している。
「あ、ありがとうございます。おじい様おばあ様」
見かねた老人たちが毛布を持ってきて被せてひもで縛って応急の服にしてくれたようだ。
その間に、目の前のサポートAIから受信機の方に報告が入る。
『報告です。マスター、戦場になった場所ですが、集合した第二波の死者約三千は……無事に人血デコイにつられました』
「よろしい」
『ただ、攻撃目標を見失ったためか、なぜか森を均すことにしたようです』
「興味深い」
『すでに植物生命体が老若合わせて約十二万本も殺され、荒れ地にされています』
森人は森の木々を気にしていたから、伝えてあげた方がいいだろう。
観測できた映像データを投影する。
「幻覚魔法か?!」
森人たちが改めて驚いているが、無視して現状を説明する。
「……やつら、森を壊しつくすつもりか!!」
ティリルとカシウたち森人たちが慄然としている。
「いえ、そこまでやって獲物が見つからないので飽きたようで解散しつつあります」
エーアイが付け加えた。
「……行動が読めん……しかし森がこんなことに……」
ティリルが悲しそうに、なぎ倒された木々の映像を眺めた。
そこにウィルが会話に参加する。
「わかってくれたと思うが、やつらはすべての人種の敵だ。同盟を組んで一緒に戦っていきたい。やつらがいつまた森を破壊し始めるかもしれない」
ティリルとカシウは何か小声でボソボソと話し合ったかと思うと、一つ頷きあう。
「わかった、ともに戦おう」
ティリルが右こぶしを前に突き出し、ウィルがそれを同じく右こぶしで受けた。
「人間と森人の同盟はここに成った!」
朗らかな表情でカシウが高らかに宣言した。
ブクマ評価感想レビューください。次は日曜日も新章で複数更新の予定です。




