31 土壁の戦い
「はぁはぁ……」
ウィルはもう何十体目かわからない死者のクビを刎ね飛ばした。
死者の死体……というのも変ではあるが、敵の屍があちこちにうずたかく積み重なり、だんだんと足の踏み場が無くなってくる。
あたりには鮮度の悪い死者たちの腐り崩れた肉と体液が飛び散り、耐えがたい腐臭が立ち込めつつある。
「うおっ?!」
走り抜けようとしたウィルに対して死体の山からいきなり手が伸びてきた。
ノーマークだった相手からの攻撃に思わずウィルが体勢を崩す。
そこに周囲から何十本もの手が同時に伸びた。
「~土黒き恵みあれ、御身に岩の加護よ宿れ、岩身壁体!~」
すかさず土魔女のジョセルから支援魔法が飛ぶ。
ゴスッ!!ゴスッッッ!!
「痛ってぇ!!?」
敵の打撃を何発かまともに食らってしまった。鎧があちこちへこんでいる。
とにかく離脱しなければ、ウィルは囲んできた敵を斬り捨てて突破を図った。
転がっている敵の数はもう百は越えているはずだが、トドメを刺した相手と、足止めしただけの相手の区別がつかなさすぎる。ここで戦うのは不利だ。
「一度、ジョセルの作った土壁まで引くぞ!」
「わかった」
「はーい」
なんとか敵の包囲を切り抜け、本陣の護衛についているアメノたちに撤退を呼びかける。
ひらりと土壁を飛び越えるアメノ。その後ろをメイドゴーレムのエーアイが何か胸元のたわわなものを揺らしながらついていく……
「って、何で?!」
なんで服が半分脱げてるんだよこの子は?!
「あ、何を見てるんですかこのスケベなオスー」
エーアイをこっちをからかうように、わざと胸元を揺らして見せつけてきた。ぷるんと胸元の白い塊がゆれる。桜色の突起が一瞬見えたような……
落ち着け、相手はゴーレムだ。人形だ。興奮してはいけないというか、そもそも戦闘中だ!!
「俺の外套やるからそれを隠せええ!?」
ウィルは叫びながら土壁の中に逃げ込んだ。
― ― ―
敵は多く倒したのだが、まだまだ無数の敵が残っている。戦場はジョセルが作った簡易な土壁を挟んだ攻防に移った。
「撃破移動不能が九十八、視界範囲内の敵は残り二百十八」
アメノが冷静に告げる。
あれ? 三百超えてる。増えた?
「増えた」
あまりそれは聞きたくなかった。
でもやることは土壁を登ろうとしてくる敵をひたすら斬り裂くしかない!
ウィルは気を取り直して剣を振るい続けた。
「うふふ、スケベなオスの服に包まれちゃいましたぁ」
俺の外套を無理やり被せたエーアイさんは何故か身体をクネクネさせて喜んでいる。
いいからエーアイさんは黙って戦って?!
「まったく何をいちゃついてやがるんですかって ~土黒きナントカ以下略! 岩弾飛石!!~」
黒髪の土魔女ジョセルが魔法で石弾を飛ばして敵を撃ちぬいた。
って呪文って省略していいのかよ!
「こんなのは気持ちがこもってやがればいいんですよ!」
到底気持ちがこもってるように見えない。
ジョセルは魔法で石を飛ばしたり、迫ってきた死者の足元に穴をあけて転ばせるなどの地味なサポートに徹している。大技はいざというときまで温存するように頼んであるのだ。
シュバッ!!!シュバッ!!
隣を見ると銀髪の狩人キラが構えたショートボウから次々に矢を放っていた。
ジョセルの作った土壁は敵側が低く、味方側が高く作って有り、敵はよじ登らないといけないが、味方は狙いやすい場所から狙い撃ちにできるようになっている。
「イヒ♪」
そして敵がまた一体崩れ落ちた。
押し寄せてくる敵との距離が詰まってきたため、キラの精密射撃が効果を増したようだ。動きの鈍い死者の足を正確に射抜いて次々に転ばせていく。
土壁の前に転んでもがいている死者がどんどん積みあがっていた。
「イヒ……イヒヒ」
いつもの眠そうな目をさらに細めて実に楽しそうだ。うん、もがいてる死者見るの好きだからなお前。
でもさ声が大きいぞ。森人さんたち引いてるじゃないか。
「て、敵が減らないぞ、ど、どうしよう……」
白銀の剣をふるって壁をよじ登ろうとする敵を突き落としながら、金髪の森人のリーダー、ティリルが話しかけてきた。なんとなくその鳶色の瞳が潤んできている気がする。
落ち着け森人さんがた。
もともと戦おうって言ったのアンタらだ。
「こんなに居るって知らなかったぁ……」
聞く前に突撃したんだろうが……
大丈夫だ。とりあえず百体は倒した。あと二百だ。
「さらに百増えた」
アメノが冷静に報告してくる。
おお我が貴婦人よ、それは聞きたくなかった。
「どどど、どうしよう!」
ティリルさんはもう完全に涙目だ。
どうするかな。
ビシュシュシュ!!!!
突如、森の中から雨のように矢が敵の群れに降り注いだ。
死者たちが次々に崩れ落ちる。
「ティリルー、苦戦してるようじゃのう!?」
「上森の叔父御ぉ!」
ティリルの顔がぱあっと明るくなる。
森の中から長身の男性森人が森から姿を現した。叔父御というにはまたもややけに若い見た目である。こいつらは種族まるごと齢詐欺だから何とも言いようがない。
叔父御と呼ばれた森人は四十人ちかい射手を率いていた。
「おお、霞森の若い衆も!」
「お味方だー!」
味方の森人たちの士気があがる。
「気持ち悪いバケモノじゃのう……交易小人どもが言っておったのはアレか」
叔父御は射手たちは射撃を続けさせ、死者を観察している。あとティリルよりはもう少し外の事情も知っているようだ。
そしてこっちに振り向く。
「で、なんぞ、人間などと共闘しとるのか」
叔父御の発言に対し、ティリルがまくしたてた。
「訳はあとで話す、あのバケモノどもをなんとかせぬと我らの森も危うい! ここは共に戦うしかないのだ!」
「そうか! 分からんが分かった!」
それでいいのか。
「おい、人間の戦士、ワシは上森のカシウだ、よろしく頼む」
「森人の長よ、俺はローダイトの騎士ウィルファスだ、よろしく」
お互いの拳を突き合わせて、共闘を誓う。
ふむ、森人らしく口は悪いが、気は悪くないらしい。
見ると死者たちは急に現れた増援の攻撃にひるんでいるようである。……死者がひるむ?
なんか少し違和感があったが死人でも生きて動いていれば攻撃を受けてひるむこともあるかと思い直した。
「よし、敵の勢いはくじけた!次にもう一回斉射してくれ、俺が斬り込む!」
「その意気や良し! ワシもつれてけぇ!」
ウィルの宣言に撃てば響くようにカシウの叔父御が答えた。カシウと数名の森人の戦士が白銀の剣を抜き放って突撃に備えた。この数名は身体には白銀の鎧を身にまとっており、接近戦もこなせるようだ。精鋭なのだろう。
「~まことに汝らに告ぐ! 我は仕え衛る者、騎士ウィルファスなり!~」
「~木よ森よ、我が戦をば見こし召せ、我が名をば聞こし召せ、上森のカシウ参る!~」
二人の身体強化魔法が発動し、反撃が始まった。
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