29 消すと増えます
襲撃の少し前。
草が鬱蒼と生い茂った森の中を二つに分かれた人の群れが進んでいた。
片方は緑色の衣と金髪の集団――森人――に、青髪の科学者アメノが付いて行っている。
少し離れて騎士ウィルたちの一行がそれを追跡していた。
「ねぇ、お兄さん。早くアイツら狩ろうよ……」
銀髪の狩人のキラが眠そうな目をさらに細めてささやいてくる。どうもこの少年は激しく物騒である。
「そうですねぇ、でもその前にアメノを取り返さないといけませんから、まず騎士が突撃しやがるといいですよ」
「というか何でマスターがアイツらに捕まってるんですか! アナタがちゃんと見はってないからですよ!」
さらに黒髪の土魔女ジョセルと、赤髪のメイドゴーレムのエーアイが口々に好き勝手なことを言い出した。
「全員落ち着こうか、見られてるぞ」
森人の一団のうち、若そうな青年がこちらに警戒した目を向けてきた。そもそも若そうといっても見た目と年齢が比例しない人種なので、齢が幾つかは実際にはわからないが。
森に住む森人と平原に住む人間は本来あまり仲が良くないし、お互いに見下し合っている関係にある。特定の中立地域や交易種族の仲介で平和的な交流をすることもあるが、それを除けば二つの種族が出会うときは大抵森林資源をめぐっての争いである。森人たちが高圧的なのもジョセルとキラが敵対心を隠さないのもそのせいだ。
まぁ、こちらにはフル装備の騎士である自分に加え、中級土魔法を駆使する魔道貴族、狩猟弓兵にメイドゴーレムまでいるので、森人の六人程度なら負ける気はしないが……
「そもそも、捕まってるというか、捕まってるのは向こうだ」
ウィルが呆れながら指さすと、森人の女性リーダー、ティリルがアメノに質問攻めにあっていた。
「で、貴方たちの主な食料はどんな焼肉?」
「なぜ肉の前提なのだ! そもそも肉など食わぬ!」
アメノがとても生き生きと嬉しそうに質問している。ウィルはみんなに手を出さないように説得していたところで……
「きゃああああ?! 何コイツラああああ?!」
ティリルに死者が襲い掛かったのであった。
― ― ―
「寄るなぁ?!」
ティリルは走り寄ってきた死者の体当たりをかわした。そして、慌てているのか腰につけた白銀の剣を抜くと目の前でぶんぶんと振り回しはじめた。
森人は鉄を忌避しているので、銀を鍛えて武具を作る文化があるのだ。
「あっちいけ……いけ!」
ティリルの白銀の剣がざくざくと死者の肉を切り裂く。しかし、あまりダメージを受けている様子もなく死者がさらに迫ってくる。
「走ってくる個体は初めて見た、興味深い」
「なぜそこまで冷静なんだオマエは?!」
アメノはティリルの横で死者の動きをじっと見つめている。
幾らなんでもアメノが危ない!
ウィルも長剣を抜いて救援に駆け付けようとして。
シュバッ!!
シュバッ!!
シュバッ!!
シュバッ!!
シュバッ!!
五本の矢が同時に走る死者の目と口に突き刺さった。
森人の弓兵が一斉に矢を放ったのである。
矢を頭にはやした死者はしばらくゆらゆら揺れると、地に倒れ伏した。
さすが、弓の腕に定評のある森人だけはある。ウィルは感心していた。急所に矢を食らえば全身甲冑に身を包んだ自分でも危ないだろう。
まぁ、分かってれば急所は避けれるが。
息を整えたティリルがアメノに食って掛かった。
「はぁ……はひ……ふぅ。なんだ今のバケモノは!?」
「死者たち。この先の平地で大量発生している。知らないのか?」
「知らんと言っているだろう! そもそも平原は人間のナワバリ……」
そこまで言ってティリルは何かに気づいたように言葉を付け加える。
「なんだお前ら、あんなのにやられたのか。ザーコ、ザーコ、ザコ人間!」
「なかなか強敵、数も多い」
ティリルが調子に乗って煽ってくるが、アメノは気にもしないで説明を続ける。なんて冷静で優しいんだろう、まさに我が貴婦人。
「ふん、我らの弓矢の強さならあんなの多少の数を揃えようと相手ではない!」
「向こうの平地にたくさんいる」
「よし、あのバケモノを倒せば、お前らも出ていくな! というか出ていけよ!」
なんか勝手に決めるとティリルと森人たちは森の外に踏み出した……。
◆ ◇ ◆
アメノの受信機にサポートAIの報告が届いた。生の声でない通信音声は久しぶりだ。
『偵察ビーコンに反応。戦闘地域周辺の敵が一斉にアクティブ化ししました。敵の総数は約六百五十体プラスマイナス二十五体です。』
「ありがとう」
アメノの視界に最新の索敵情報が表示される。
うん、やはり。血の匂いや音だけでなく、「死者の撃破」もアクティブ化のフラグらしい。つまり、戦えば戦うほど……
「な、なぜこいつら増えるのだああああ?!」
平地からティリルたち森人たちが涙目で逃げてきたのはAIの報告からしばらくしてだった。
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