28 登録と敵の敵は敵
湖畔の集落から少し離れた森の入り口。
燻製カマドの近くには無残にも切り倒された無数の丸太が転がっていた。燃料にするためである。
その丸太を痛ましそうに眺めながら、金髪の女性は声を上げた。
「人間どもに告ぐ!われらは森人である、人間どもよ、我らの森から出ていけ!」
女性は長いまっすぐな金髪を腰まで垂らし、背が高くほっそりとした身体を緑色の衣服に包んでいた。手には大弓を持ち、耳は長く先がとがっている。
「うげ、森人が来やがりましたか……」
ジョセルはアメノの手を離して、アメノをかばうように前に出た。
「うっさいですね、森のヒキコモリ! いま世界がどうなってるかわかってるんですか」
「知らん! そして知る必要はない!」
森人は実に無駄のない胸をそらして威張って答えた。
そして積み上げられた丸太を指さす。
「貴様らはこうやって罪もない森の木々を好き勝手に伐り倒す! 全く許されないが今すぐ出ていくなら大目に見てやろう!」
「やりたいなら実力でどかして見せろってんですよ、魔道貴族舐めんじゃな……」
くいくい。
アメノはジョセルの袖を引っ張った。
「なんですか」
「敵対的なのは良くない」
彼我の技術レベルが隔絶しているため、安易に敵対してはその影響は甚大だ。せっかくの独自文化の知的生命体が致命的な損害を被る可能性がある。
相手も知的生命体である以上我々の活動を阻害されない程度に友好を保つべきだろう。
「って言ったってアイツらの発言聞きやがりました? まったく譲歩とか考えてないですよ?」
「大丈夫、まず話し合う。そして贈り物をして買収する」
アメノは小物入れから、灰色の固形給食キューブを取り出した。
「それを渡したら戦争ですよね?」
「……不味いからか」
アメノはしぶしぶキューブをしまい込む。
「っておい! 何をさっきから無視しておるか! これだから人間は……出ていくか出て行かないかさっさと決めよ!」
森人と呼ばれた女性がムキになって話しかけてきた。
「なぜ?」
「なぜも何もここは我々の森だからだ!」
なるほど、不法侵入の罪を訴えているのか。
しかし正直ずっと一人で調査船で暮らしていたのでそういう訴訟は良く分からない。よし、データベースから過去の判例を確認しよう。
アメノがぽちぽちと端末を操作していたら、しびれを切らしたのか金髪の女性が食って掛かってくる。
「おい、話を聞け!」
「わかった、ここがあなた方の森ならば退去要求は不当ではない」
「おお! 分かってくれたか、さぁでていけ!」
「ではまず土地の登記簿を見せてほしい」
「は?」
森人は毒気が抜かれたような顔で聞き返してきた。
ジョセルがニヤニヤしながらこっちを見つめてくる。
「登記簿だ、この森があなた方の所有なのであれば登記されているはず」
「ト、トーキボ……?? 知らない……」
「では、ここがあなた方の土地であるという証拠がない」
「証拠って?! この森は我々の土地に決まってる!」
「では、森の所有を示す看板か表示は?」
「あるわけがない!」
「あと、人間がこの森に入ってはいけないというのはどこかに例示してあるか?」
「ない! 昔からの掟だ!!」
「昔とはいつ? 文書であるなら見せてほしい」
「え……」
森人が口ごもる。
「所有権の明示もなく、進入禁止も明示していない、その掟もあなたが口が言っているだけなのに、何を根拠に退去を命じられるのか?」
「あ、う……」
森人がしどろもどろになってきた。なんとなく目がうるんできたような気もする。
「そんなもの知らん! なくても出ていけ!」
「どうか落ち着いてほしい、我々は友好的にあなたの権利を認める用意がある、証明があれば」
「うーーーっ!」
森人が手足をじたばたさせて全身で抗議するが、すでに声になっていない。
◆ ◇ ◆
森の入り口近く。
「この世界すべての森があなたの所有なのか?」
「そんなことは言ってない。この森だけだ」
アメノと森人が延々と言い争っている。
ウィルはこの騒ぎを聞いて、武装して駆けつけていた。
その周りには、燻製屋のゴルジや狩人のキラ、老人たちが思い思いの武器をもって集まっている。
メイドゴーレムのエーアイなんかは露骨に機械腕を伸ばして森人を威嚇しているようだ。
そして森人側も緑色の服を着た弓兵が男女取り混ぜて5名が森から顔を出していた。
アメノが質問を繰り返す。
「だからこの森とはどこからどこまでなのか、湖を含むのか」
「わかった、見せてやる! 来い!」
なぜかその場の勢いで森の端までみんなで移動することになってしまった。
― ― ―
森に分け入る森人の一団と、アメノ、エーアイ、ジョセル、キラそして俺。
そしてアメノはずっと森人のリーダーと思しき背の高い女性に話しかけ続けていた。
「森の定義を知りたい。具体的に木が何本から森なのだ?」
「そんなの分かるか!」
「しかし、木が一本では森ではない。さらに一本足しても森ではないとすると等式が成り立たない」
「このティリルの長い人生でもお前みたいな意味の分からないやつは初めてだ!!」
どうも、森人のリーダーはティリルというらしい。
森人と人間でお互いに警戒しながら移動を続けた。
もともとこの二種族は決して仲がいい方ではない。特に森の近くに住むと森の木を伐った、採取して荒らしたなどとすぐケンカになる。
ただ、人間は中つ国の広大な草原に勢力を広げ、森人は森の奥深くに隠れていたため、直接のトラブルは比較的少ない方ではあった。
森の出口近くまで行くと、ティリルは宣言した。
「いいか! あの湖からここまでが我々の森……」
がさがさがさ……
「え?」
茂みが揺れる。
森の外から死者がティリルに向かって走り寄ってきた!!
「きゃああああ?! 何コイツうううううう?!」
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