27 また食べる食べられる
湖畔の集落。
「ひゃー、もう膝ったけぐらいに育っちまった」
「もう実をつけるんじゃないか?」
小さい苗だったゴブリン豆が一気に畑一面に生い茂っているのを見て、燻製屋のゴルジとフィリノ夫婦が驚いている。
それを遠目に見ながら、畑予定地でウィルは地面から顔を覗かせた大石を片手で引っこ抜いていた。
なんか最近身体の調子がいい。
身体強化魔法はかけているとはいえ、いつも以上の力や速度が出ている気がする。
「あー、それはナノマシン……なんでもないです」
隣で藪の根っこを破壊しているメイドゴーレムのエーアイが口を挟む。背中から生えた金属の腕が瞬く間に根っこを切り刻んでいく。
いや、破壊するだけじゃなくて、ちゃんと横に除けてくれ。
ウィルがガラクタを運ぶと、畑予定地の横に見る見るうちに石やら根っこやらが大量に積みあがっていった。
「ほうほう、で、これはどうすれば?」
「畑のあぜ道にでも埋め込むか」
「なるほどー」
エーアイが感心したように手をポンと叩いた。リボンをつけた赤髪を揺らしながら、成熟した大人の女性らしい身体は白黒のメイド服の上からでもはっきりとわかる。
……いかん、他の女、しかもゴーレムに気を取られるなど我が貴婦人に誓いを立てた騎士としてよろしくない。
ウィルは軽く頭を振るときょろきょろとアメノを探した。
いた。
無表情でこちらを見つめている。緑の入った薄茶色の瞳がなんとなくこっちを責めているような、そんな感じがする。
そういえば今日は作業で忙しくて奉仕ができていない。
「我がレディ……」
ウィルが気付いて声を掛けに行こう、としたところに老人たちが集まってきた。
「いやぁ、騎士様のお陰で家が早く立ちましたのう」
「本当に助かったで」
「しかもワシらの小屋もあらかた仕上げていただいて」
ジョセルの村の老人と老婆が口々に礼を言う。
「あ、いや、大したことじゃ」
ふっと見ると、アメノはふらふらと離れて行ってしまう。
「孫娘を嫁に貰っていただけんかの?」
「あんたんところはまだ7つじゃろ、うちのはどうだ9つじゃ」
「ちょっと待ってください?!」
老人たちが口々に話しかけてくるため、気が付いたらアメノが居なくなっていた。
「くくく、けーかくどーり!」
その横でエーアイがニヤニヤしながら口を手元に当てて呟いていたが、老人に囲まれたウィルにはほとんど聞こえていなかった……
◆ ◇ ◆
燻製カマドの前でアメノは一人たたずんでいた。
燻されている肉をじっと監視しながら、匂いを嗅ぐ。
焦げ臭い中に、ほんのりと甘い匂いが漂う。
たしかゴルジが煙を出すための木の枝を慎重に選んで切り刻んでいた。
肉はいい、落ち着く。
じっとカマドを見つめていると、黒いゆったりした服装をした黒髪の女性が近寄ってきた。ジョセルだ。
「なんか不機嫌そうですねぇ」
「……普通」
たしかに精神的には少し不安定かもしれない。これもジョセルが「魔法」を発動しているのに、何も有意義な観察結果が得られなかったせいだ。
ウィルは集落のための仕事をしているから全体最適だし、イラつくようなことは何もない。サポートAIと仲が良さそうなのも作業効率的には全体最適だ。イラつく原因になるわけがない。
アメノはイライラしながら肉の監視を続けていた。
「肉が好きなんですか?」
「……好き」
「では、あの騎士は?」
「ウィルは食べられない」
当り前じゃないか、何を言っているのか。やはりここの人類には食人嗜好があるのだろうか??
「ふふ、なるほど、こういう子なんですねぇ」
ジョセルは軽く微笑んだかと思うと、ふらっと居なくなる。
しばらくして、手元の皿に何か薄紫色で透明な塊をいくつか盛って、帰ってきた。
「これは?」
「ガキどもがゼリールートを集めてくれやがったんで、マジックゼリーにしたんですよ」
ジョセルが説明するには、これはゼリールートという草の根をすり潰して晒して水で固めたもので……食べ物らしい。
「中に野イチゴの果汁が入ってるんですよ」
ぷるぷるつやつやしている。
解せぬ。
ジョセルに促されるままに一つ口に運んだ。
「んーっ!」
歯が触れるか触れないかのところで、ゼリーがぷちんと潰れ、口内に汁が溢れた。
つるつるした触感とともに、豊かな甘みと酸味が舌を包む。
飲み込むのが勿体なくて、しばらく口の中でゼリーのかけらが躍るのを楽しむ。
「はぁ……美味し……」
顔がほてって、身体中が食の喜びに震える。
「もう一つどうです?」
はむっ。
答える間もなく口に運ぶ。
そしてまた口内に甘味が広がった。
「んーーっ」
目をつぶってゼリーの一かけら一かけらを舌に絡めて、その甘味と触感を味わいつくす。
「はぁ……」
一息ついて目を開くと、ジョセルがこちらをまじまじと見つめている。
食べもしないのに、顔に少し赤みがさしていた。
「はぁ……アメノさんたら可愛いですねぇ……」
「可愛い……違う。これは美味しい」
表現は正確にしてほしい、私は美味しいと不味いを理解して進化したのだ。
「いいえ、可愛いんですよぉ、食べちゃいたいですねぇ?」
頬を赤らめながらジョセルがにじり寄ってきた。
ずさっ。
思わず距離を取る。
「や、やはり食人嗜好があるのか!」
「意味が違いますよ」
ジョセルに手を捕まれる。
しょうがない、ジョセルは悪い人ではなかったが焼却処分に……
アメノは腰に手をやった。
ない。
しまった、個人防衛モジュールは修理に出してるんだった!!
食われる……ウィル……アメノは目をつぶった。
― ― ―
「人間どもに告ぐ!」
鈴のような高い声があたりに響いた。
「へ?」
ジョセルが気の抜けたような声をあげる。
「われらは森人である、人間どもよ、我らの森から出ていけ!」
見ると、背の高い金髪の女性が大きな弓矢をもって森から出てきていた。
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