22 騎士の誓い
怪我の治療のため、ウィルを調査船に招き入れた。
死者病の感染の疑いもあるから、治療は急ぐ必要がある。
『こんな外来の汚染物質を入れるのは反対ですマスター、医薬品の投与だけでいいのでは』
調査船に入るとサポートAIが待ち構えていた。二頭身ではなく、本来の大人の全身画像だ。画像なので後ろの設備がうっすらと透き通って見える。
大きな赤いリボンと黒いスカートに白いエプロンをつけた姿で淡々と反論してくる。
「なんか透き通ってるけど……?」
ウィルが変な顔をしてAIを見ているので、紹介することにした。
「これはこのフネのAIで私を補佐してくれている。人間ではないが、人格はある。」
「なるほど、魔道船には船魂が付くと聞くけどこれが……」
ウィルは何かまた勝手に理解したようだ。
改めて、AIに向き合うと、怪我をした肩を気遣いつつも、上半身を折り曲げてAIに挨拶をする。
「えっと、レディ……エーアイさん? はじめまして俺は騎士ウィルファスです。こんな美しいお方が船にいるとは知らなかった」
ピクッ、AIの表情が一瞬動いたがすぐまた無表情に戻った。
『……お、お世辞ばかり上手いですね。そうではなくマスター』
「Please AI, ウィル殿は治療する。リスクは問わない」
『かしこまりました』
命令権を使って有無を言わせずに協力させる。……まったく、多少のリスクがあっても「生きて現在進行形でゾンビ化現象が進んでいるサンプル」なんて逃してたまるものか。
ウィルに服を脱ぐように指示して、治療用カプセルに……なんで脱がない。
ウィルがもごもごと口ごもりながら反論してきた。
「いや、その、異性の前に裸を晒すのは……というか上半身だけでいいよね?」
しまった、なんという盲点。そんな文化的問題があったか。
ぐだぐだ説明している時間が惜しい。仕方がないか。
プシュッ。
音もなくウィルが崩れ落ちる。
調査船の壁から伸びた機械腕が音もなく麻酔薬を注射し、ウィルを制圧することに成功した。
「AI、服を脱がせてカプセルへ移送」
壁から伸びた無数の機械腕により、ウィルの服が次々に脱がされ、筋肉がしっかりとついた端正な肉体が露になる。表面にいろいろと小さな傷跡があるが、健康的な成育と生命力を感じるとても好ましい身体である。
『このオスの衣服が土や泥、体液で重度に汚染されています、破棄していいですか』
「洗浄して修理を」
『マスターに感染が広がりませんか?』
「軽度の接触程度で感染はない」
それはもう調べた。
カプセルに運ばれていくウィルを見ながら、アメノは「男は何故あんなに泌尿器が長いのだろうか?」などとぼんやり考えていた。どう考えても必要性は薄い。次の機会に切除を提案するか。
- - -
「ふふふふ」
私は上機嫌で治療カプセルに入ったウィルの裸体を眺めていた。
なにせ死者と生きた感染者のサンプルを両方手に入れたのだ。これで研究が一気に進むぞ!
『あ、あの、マスター。あまり男の身体をじろじろ見るのは』
「……あなたは省エネをさぼらない」
なんか言ってきたAIの設定を弄って、二頭身に戻した。
「なんで勝手に省エネ設定を解除したの?」
『お、女心です!』
画像のAIは二頭身の身体をくねくねとしながら、なんか照れたようなポーズを取った。
どうも最近のAIは良く分からない。こんな状況でなければ全プログラムを再チェックしてクリーンインストールも検討するところだ。
AIが話題を変えてきた。VR視覚インターフェースにデータを一気に表示する。
『調査結果が出ましたけど、構成する元素がH,C,O,Si,P……ということ以外は』
「……未知だから素晴らしい」
死者たちのエネルギー源や代謝、強化される理由まですべて未知のままであった。
現在分かっているのは死者の中に人間に由来しない謎の組織、仮称ゾンビ物質が菌糸のように広がっていることと。
そして、それの殺し方だ。
抗生物質なんかは効かない。
身体全体に広がるため、局部にレーザーを集中して焼き殺すのも効果が薄い。
よって、ゾンビ組織を特定して破壊するようにナノマシン――極小の医療用機械――をプログラムし、直接排除するしかない。
アメノはウィルの傷の治療を行いつつ、ナノマシンの投与を開始した。
『人体の免疫強化でも一定の効果は見込めます。ナノマシンが勿体ないのでは』
「普通に治癒するのを待つと体力勝負になるし……時間がかかる。ウィルは一刻も早く治療する必要がある」
だってお肉が食べたいし。
◆ ◇ ◆
「なおった?!」
ウィルは真っ白に洗い上げられたパンツを履きながら、鏡を通して自分の肩を眺めていた。
死者病にかかって腐りかけていた傷口はもう傷跡がうっすらと見えるだけですっかりふさがっている。
「なんともない……」
「死者病も洗浄済み。もう心配は要らない」
さらに、身体中にあった古傷もなんか薄くなっているような気がする。いったいどんな治療を受けたんだろう。
「身体組織は仮結合しただけだから、完全にひっつくまでしばらくは安静……ギプスをはめる」
アメノが船体ゴーレムの腕を操作して俺の肩を包帯と添え木で縛り上げる。三日間は左肩は使ってはいけないそうだ。
「ははっ」
涙がこぼれる。一度は死も覚悟したのに、この少女はあっさりと俺を治療してくれたのだ。
思い返せば彼女と会わなければ、俺はもっと早くに野垂れ死んでいただろうし、運よく生き延びても人助けをする余裕なんてなかったに違いない。
すべてはアメノが居たから。
そんな彼女を頭の中で脱がしたり、いろいろしたりなんてなんてひどいことを。いやハダカを見せてきたのは向こうだし、なんかご飯食べてる表情を見るとドキドキするんだけどその。
「どうした、痛いのか? 鎮痛剤要る?」
アメノが心配してきたのか声をかけてきた。
心の中が千々に乱れて整理がつかない。女性にこんな感情を抱いたとき。
騎士だから、このやり方しか知らない。
ウィルは、そんなアメノに振り向いて、跪く。
顔を上げてアメノの顔を見上げ……られない。アメノが小さい。
「最も高貴なる我がレディ。騎士の誇りと精神にかけて、我が奉仕を貴女に捧げさせてください。誓いを」
そう言って右手を差し出す。
「……? えっと、儀式?」
アメノが小首をかしげる。
ちょっと気勢がそがれたが、彼女はそういう子だ。それぐらいわかってる。
「うん、俺の奉仕を受けてくれるなら手を取って」
「それは嬉しい」
でも、彼女は、満面の笑みで手を取ってくれた。
その小さな手で俺の手を包み込む。
それだけで心臓が飛び立ちそうに跳ね上がる。
一生をかけて仕えるべき貴婦人を見つけることはすべての騎士の夢であり目標、それが叶うなんて思ってもいなかったのだ。
「じゃあ、ウィル殿」
「はい、我がレディ。あと俺のことはウィルと呼んで」
「私もアメノでいい……お肉を食べよう」
「行こうか、アメノ」
一生で一番カッコつけていた俺がパンツ一丁だったことに気が付いたのは船の外に出て、ジョセルに大声で叫ばれてからだった。
感想ください
 




