21 大事な人
森に抜けようとするウィル一行を待ち構えていたのは、他の死者の2~3倍の大きさが有ろうかという、異形の生命体であった。
それは全身にごつごつとした節くれを持ち、その周辺に筋がうねうねと盛り上がっている。首が2つ、腕が6本、脚が3本生えており、節くれの間からはぶよぶよとした肉色の塊が膨れ上がっていた。
「なんですかあれは……合成獣の一種ですか?」
「では、これより対象をゾンビキメラと呼称」
「名前はどうでもいいんですよ、逃げますよ?!」
アメノとジョセルが何か言い合っている。
ふっ。思わず笑みがこぼれる。
本当にアメノはいつも冷静だな。
冷静というより少しズレてるような会話を聞いて、緊張がほぐれた。
敵が何だとしても、ここを突破するしかない。子供たちと馬車を通すためにも俺がひきつけなければ!
剣を構え、ウィルは新命名ゾンビキメラの前に飛び出した。
「ていやっ!!」
先手必勝とばかり、その巨体を剣で切り裂く!
ギンッ!!!
生き物を斬ったとは思えない音が響く。
ウィルの斬撃をバケモノはその奇怪に節くれだった腕で受け止めていた。
なんだと?!
アメノに貰ったあの異常な切れ味の剣が……
斬れない?
いや斬れている。
節くれに刃が食い込んで止められたのだ。
剣が食い込み動きが止められたウィルをめがけてゾンビキメラの他の手が一斉に迫る。
「くっ!?」
不味い。しかし剣を失いたくない。その戸惑いで瞬時の判断が遅れる。
「~土黒き恵みあれ、御身に岩の加護よ宿れ、岩身壁体!~」
間一髪、ジョセルが防御魔法をかけなおした。
ウィルの身体に岩の加護が宿り、硬さと重さが付与されて打撃への耐性を獲得する。
ゲシッ!!!
「ごふっ?!」
ゾンビキメラに強かに打ち据えられ、剣を離すまいとしたウィルが地面にたたきつけられた。鎧と防御魔法の二重の備えの上からでも一瞬息が詰まる!
しかしその衝撃で剣がキメラの身体から解放された。
地面に転がるウィルに対して、ゾンビキメラが手を組んで叩きつけてくる!
間一髪。
痛みにしびれる身体を無理やり転がし、敵の攻撃をかわす!
ボゴオオオオオオンッ!!
土煙が上がり、ゾンビキメラの一撃が地面にめり込む。
大きな穴が開いた。なんというすさまじい怪力だ。
「いまだ!」
キラがキメラゾンビの足元を狙って、支援の矢を放つ!
シャッ!!……カツン!
「えっ」
キラが驚きの声を上げる。矢は乾いた音を立てて跳ね返された。
ウィルが叫ぶ。
「だめだ! そいつの甲羅みたいに節くれだっているところは刃が立たん!」
剣を拾ったウィルがゾンビキメラに再度斬りかかった。敵の周りを走り回りながら、ぶよぶよとした肉の部分を切り裂いていく。
しかし、そこはほとんど痛手にならないようで、ゾンビキメラは6本の腕を振り回しながらウィルを捕まえようとする。
敵の注意がウィルに集中する。
攻撃をかわしながらウィルが叫んだ。
「いまだ! 押し通れ!!」
「今です、つっこみますよ!!」
ほぼ同時にジョセルの指示で馬車が突進する。老人と男の子たちが馬車を一斉に押す。
一行はなんとか森に逃げ込んだ。
「ウィル殿もこっち!」
「逃げたらこいつが森に突っ込む! せめて足でも!」
アメノの呼び声に返事を返す。
ウィルは足を剣で薙ぎ払おうとしたが、またもや節くれに弾かれた。
逆にゾンビキメラが腕を振り下ろし、左肩に強かな一撃を食らう。
鎧の肩当てが捻じ曲がり、爪が腕の肉に食い込んだ。血が出てくる! 周囲の死者が寄ってくる!!
ゾンビキメラの周りに、その数100を優に超える死者の群れが。
このままでは。
ピッ!!
「ウィル殿が!? 麻痺高周波銃!」
アメノが腰の魔道具で何か攻撃をした、ゾンビキメラの足が一瞬止まる!
シャッ!!
「そこぉ!」
キラが矢を放ち、見事にゾンビキメラの目を射抜いた!!
ゾンビキメラが苦悶の叫びをあげる。
苦痛があるのか? 死者のくせに。
いや、それどころじゃない! いまのうちに!
ウィルは少しでも希望を求めてゾンビキメラの背後に回り込んだ。
やった、背中にはほとんど節くれがない。
「こんのおおおお!」
ズバッ!!
背骨のあるだろう場所を狙って剣を突き立てた。
ビクッ!!
キメラが大きく震え。
ズドオオン……
倒れた! 地面が震える。
まだ、生きている、手で這って来ようとしている。
とどめを刺そうとしたところに、追いついてきた死者たちが数十体、一斉に襲い掛かってきた。
慌てて、距離を取るが、どうしようもない……
「みんな逃げてくれ! 時間を稼ぐ」
「何言ってんですかこの馬鹿っ!」
飛び出してきたのは黒髪の魔女、ジョセルだった。
「~土幸い聞き給え、地を捲りて成るが城! 地城壁盤!!~」
ジョセルの詠唱が響き渡る!!
ゴゴゴゴゴ!!!
ウィルの周囲の土が一気にまくれあがり、死者たちを押し返す。
そしてウィルの背丈ぐらいの即席の土塀ができあがった!
「すごいな!」
「今のうちに逃げますよ!!」
「おう……」
ってなんで座り込んでるんですか。
「久々に大技を使いましたからね! 足腰がダメなんですよ」
なぜか偉そうに胸を張るジョセル。
ウィルはジョセルを背負った。
背中に何か大きな質量を感じるが、鎧越しなのでそれ以上は分からない。首筋に甘い匂いが漂う。
二人は一目散に森に逃げ込んだ……。
死者たちはガリガリと土塀をひっかいている。長くはもたないだろう。
◆ ◇ ◆
アメノが湖畔の土を踏みしめる。
なんとか、一行は湖に戻ってきていた。
「騎士様、大丈夫ですかい?!」
「うひゃぁ、鎧がぼろぼろじゃないか!」
ゴルジとフィリノが近寄ってきて、ウィルの様子を伺っている。
「なんですかこの何もないところは」
「お嬢様、目の前の魔道船をわざと無視してますよね」
毒づくジョセルをいさめるキラ。
「……ウィル殿。治療が必要、船へ」
そして、アメノは泥で固められたウィルの肩を見ていた。
ゾンビキメラの爪で切り裂かれた傷はジョセルが変な技術で泥でパックし、血で汚れた衣服は切って森の入り口に捨てておいた。
探査ビーコンでは森の中までは良く分からないが、我々を見失った死者の群れは森の入り口でウロウロしているようだった。
この湖の拠点が直撃されることはしばらくはないだろう。
それよりもウィルの治療だ。
しかし、ウィルは頭を振って断ってきた。
「いや、いい。死者どもに傷つけられたから感染したかもしれない。死者に落ちて迷惑を掛けたくない」
「落ち着いて、あなたは興奮して混乱している」
「ああ、混乱してるよ。だが、どうすればいいんだ。今からでも殺して岩に埋めてくれ」
それは困る。ウィルを埋めたら誰がこれから肉を狩って、鉱石を集めて、サンプルの花を取ってくれるのだ。何とか説得しなければ。
「だめ……ウィル殿が居なくなったら私は……」
「……えっ」
ウィルがまじまじと私の顔を見つめてくる。説得はうまく行くだろうか。
「ウィル殿は私の大事な人間。死なれたらとても悲しい。治療させて」
「えっ……えっ……で、でも治せるの?」
何故かウィルの顔が真っ赤になってしまった。血圧が上がっているのだろうか、とても危険な兆候。すぐに治療が必要。
「私は科学者、安心して」
私は、ウィルを安心させるべく、満面の笑顔で答えた。
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