20 Here comes a new Challenger!! ※地図あり
太陽が二つ、ゆっくりと傾いていく。
なだらかな農耕地帯を馬車とアメノたち一行が進んでいく。
もともとは多くの動物を使役していただろう草地には、いまは家畜の姿はなく、多数の死者がひしめいている。
足の弱いものと、なぜか泣きながら動かなくなった黒髪の下着姿の女性1名――ジョセル――を馬車に載せ、それ以外は歩いたり馬の口を引いたりしている。とにかく無事に森に逃げ込まなければいけない。
「違う。そっちじゃない、こっち」
アメノは手元の端末を操作しながら、集団の行き先を指示していた。
アメノの視界――VRを活用した視覚インターフェース――の片隅には端末から発信される死者濃度情報が表示されていた。周囲の全体マップに無数の赤点が表示され、刻々と移動していく。
受信機に調査船に残っているサポートAIの声がつながる。
『この場を切り抜けるベストな作戦を立案しました。その馬鹿女が血をまき散らして騒いで集団を危険にさらした責任を糾弾して処刑しましょう。喉首を切り裂いて血を振りまき、死者のエサとして放置するのが生存確率が一番高く……』
「ウィルが助けたいと言ってるから、ダメ」
『……』
アメノが提案の途中で却下すると、サポートAIが絶句したように一瞬黙ると、突然声のトーンを変えた。
『あーーあーーーあーーーマスターに悪い虫がーーー、あの時すぐに焼却処分しておけばーー?! なぜですかマスター! 現地協力者は惜しいですけどマスターの命の方が大事なんですよ?! その女は別に役に立ちませんし! こんな原始人の群れ、うまく扇動すればなんとでもなりますってば、冷静な判断を! 再考をーー!!』
AIが慌てモードに入って煩くなったので、アメノは通信を非音声モードに切り替えた。
AIは負けじと視界の端にアラートを鳴らして、滝のようにチャット文章を投げつけてくるが無視する。
だって、またウィルの戦いがみれそうなのに、勿体ないじゃないか。
アメノは端末を操作して、シミュレーターを走らせた。
ゾンビ濃度の継続観測データより、移動法則と移動力の諸元を取得。現在の私たちの移動速度と、1000体を超える各ゾンビの移動速度と移動パターン、そして地形の要素から……次のゾンビ配置。次の次のゾンビ配置の予測を……
おや?
「血の付いた服がゾンビの目的地になると思ったが、例外がある??」
ウィルもジョセルも死者は血と音で集まってくると言っていた。だが、その前提でシミュレーションすると観測結果とずれるのだ。
リアルタイムの観測結果から、ゾンビたちの動きを少しずつ修正していく。
服に向かっているゾンビもいる。だが、そうでもない?? なんとなく村の方に向かっているが、1点を目指しているわけでもないのだ。
「何にせよ。ここからわかることは、私たちの位置はまだバレてない」
それならば、逃げるのは格段に楽になるだろう。
アメノのVR視野に映る数千点のゾンビ反応。それぞれの動きから法則性を割り出し、経路予測が完成した。
すり抜けて行こう。
◆ ◇ ◆
「静かに」
ウィルが呟く。
子供たちも真剣な面持ちで黙りこんでおとなしく進んでいる。
ギシ、ギシッ……車輪がきしむ音を立てながら、馬車が道を進む。
移動を続ける一行の遠くに逆方向に進む100体近い死者の群れがあった。
アメノの監視魔法により、ゾンビの少ない方向を選んで進むことができているとは言え、さっきから何度も大規模な死者の群れとニアミスしているのだ。
そして
ビシュッ!!
ズバッ!!
どうしても倒す必要のある少数のゾンビはキラが矢を打ち込み、動きが鈍ったところをウィルが急所を丁寧に狙って斬り伏せていく。
すでにこのあたりには1000体を超える死者が集結しており、余計な敵を呼び込まないように、静かに物音を立てないように細心の注意を払って確実に殺す必要があるのだ。
「ゆっくり殺す時間もないの、嫌だよね」
銀髪の狩人、キラが面白くなさそうにつぶやく。
全くその通りだ。敵の動きを見極めて一撃でとどめを刺すのはなかなか疲れる。
「もっとこう……もがいてくれないと」
「……」
いや、それは理解できないかな?
「ぐっどじょぶ」
あと、さっきからなぜかアメノがこっちばかり見てくる。
死者と戦うたびに、駆け寄ってきてじーっとこっちを見つめてくるのだ。
て、照れるんだけど。
やっぱり、そういうことなのだろうか。
期待していいのだろうか。
アメノの裸体や、肉を食べたときの恍惚とした表情を思い出して、ウィルはなんかドキドキしてきた。
「おや、死者の動きが変わった?」
アメノが不吉なことをいうまでは。
- - -
「もう少し行けば森だ、森なんだが……」
一行が森の近くまで行ったところで、問題が発生した。
「ここが一番ゾンビが薄い……ほかに道はない」
アメノはそういうと100体近いゾンビの群れを指さす。
たしかにそこさえ突破すれば、森までは空いているように見える。
問題は目の前の群れをどうするかだ。
「私は土魔女ですからね。範囲攻撃は得意じゃないですよ」
ウィルが貸した外套を羽織った黒髪の魔女――ジョセル――が発言した。機嫌は直ったみたいだが、外套の端からチラチラと見えるキャミソールとドロワーズの白さがまぶしい。
この外套はもともと騎士用の鎧飾りなので、マントと前掛けのつながったような形をしており、横からは丸見えなのである。特に胸のところで布が持ち上がって、実に目の毒だ。
「お嬢様は戦力としては期待してないんだけど、あとそのカッコ痴女みた……あふえ、ふえ、ふぃたひれふ」
余計なことを言ったキラのほっぺをジョセルが顔を真っ赤にしながら引っ張り上げる。
「私の主兵装は壊れたまま、サブは音が大きいから使わない方がいい。あとは戦闘用ではない。非常にまずい」
アメノが説明する。あの強力な火魔法が使えれば数十体でも一発なんだが。この間無理したからな。
「土魔法でトンネルを掘れないか?」
「時間があればできますけど、その間に囲まれちまいますよ」
やむをえない。
「一番薄いところを強行突破しよう」
そういうことになった。
◆ ◇ ◆
アメノは内心どきどきしながら、いつもの無表情で佇んでいる。
ウィルが手を挙げた。
シュパッ!
キラのショートボウから矢が飛び、戦闘が始まる!
先ほどのクロスボウという武器は威力は良いが、連射性に劣るようで、ストックから次々に矢をつがえると、近い死者の足を狙って順番に射抜いていく。
「~まことに汝らに告ぐ! 我は仕え衛る者、騎士ウィルファスなり!~」
ウィルが足を射られた死者の群れにつっこんだ。馬車と難民たちが後に続く。
ウィルは剣を躍らせ、正面の敵を一体、二体となぎ倒していく。
しかし、一気に四体に囲まれ次々と殴りかかられた! 死者は異常な怪力を誇り、木の幹や壁をも破壊したことがある。直撃を食らえば私が作った三次元ハニカム装甲は耐えても、内部の肉体が耐えられないだろう。
「~土黒き恵みあれ、御身に岩の加護よ宿れ、岩身壁体!~」
馬車からジョセルが何か声をかけた。
ガイン!!
ウィルが死者の攻撃を跳ね返し、返す刀で敵を切り裂いていく!
やはり、何かおかしなことをしている。
アメノは確信した。
どうもこの間から半信半疑だったが、この惑星の住民は何か詩のような言葉を発すると奇妙な効果がでる。それは力が強くなったり、素早くなったり色々だが、全く理屈がわからない。
……ひょっとして未知の物理法則。
これは、とてつもなく貴重なものだ。何としても船を修理して持ち帰らないといけない。銀河知性統合政府の勝利のため! 統合民主主義の理想、全体最適の実現のために!!
「あ”あ”あ”あ”ーーっ!」
横から死者が走り抜けようとする馬車に掴みかかってきた!
「えい!」
ゴン!
馬車から子供が石を投げるが、効いている様子はない。
アメノは個人防衛モジュールを起動し、サブ兵装の麻痺高周波銃を死者の脚に当てた。一瞬脚の動きが固まり、そして死者がこける。
「やった! バケモノに当てたぜ!」
子供が大喜びしているが、こんなのは時間稼ぎに過ぎない。
馬車が囲まれたら終わりだろう。とにかく走り続けなければいけない……
「よし! 抜けた!」
ウィルが喜びの声を上げる。
死者の群れをなぎ倒して森への道を切り開いたのだ。
足弱を載せた馬車を元気な者たちが押しながら、森へ向かって走る!
しかし。
「な、なんですかアイツは……」
馬車に乗ったジョセルが驚きの声を上げる。
目の前には他の死者の2~3倍の大きさの異形の生命体が待ち構えていた。




