19 プレゼントと白
「先代領主」に別れを告げて、アメノはウィルとジョセル一行と一緒に地下室を出た。
急に明るい場所に出たので目が対応するのに時間がかかる。
急ぎながらも、みんなで手分けして道具や使えそうなものを詰め込んでいる。
「ウィル殿、金属製品を回収したい。壊れていてもいい」
「わかった」
古い道具を捨てようとしているので、ウィルに回収を頼んでおく。
この難民たちを受け入れたとして、生活を成り立たせなければいけない。道具を作るにしても、船を修理するにしてもまずメタルが必要だ。
キラがどこからともなく木製の台車を引いてきた。台車に馬をつないで、老人と子供を載せたいらしい。なるほど、これが馬車か。原始的な。
「さぁ、出発しますよ!」
準備ができたので、真っ黒なローブに身を包んだジョセルが声をかけた。
それとは関係なく、ウィルとキラ、難民集団の老人たちが相談をしている。
「最後尾はワシが見張っておりますので……」
「子供たちはワタシがはぐれないように見ておくよ」
老人と老女が出来そうな仕事を提案してきた。
「ありがとうご老人方、俺は馬車を守りつつ、敵が来たら駆け付ける。ではキラは先頭で物見頼む」
「うぃ。おっけー」
ウィルが大まかな陣形を決めて、役目を割り振った。
相談するウィルたちの周りをジョセルがなぜかぐるぐる回っている。ウィルたちの話が終わったのを見計らってもう一回声をかける。
「……さぁ、出発しますよ!」
「おう!」
全員で移動を開始することになった。
- - -
地下室が遠ざかっていく。
アメノは「先代領主」に思いをはせた。
未発達で原始的な封建制国家のリーダーごときが、出来るだけ多くを生き延びさせるために自ら岩に入る判断ができるとは……これぞ全体最適。尊敬すべき人物だったのだろう。
敬意を示したかったのだが、あの祈り方で合ってるといいが。
しかし、岩石合成装置やセメントミキサーが見当たらなかったが、どうやって岩を合成したのだろうか。硬化ベークライトでもない、普通の岩のように見えた。土魔法という技術を使ったみたいだが。要調査だな。
- - -
ビシュッ!!!!
「イヒヒ……」
なだらかな農耕地帯を通って森へ帰還する。死者濃度はまだ低いままだが、たまにはぐれた個体がうろついていることがある。
そういうのは見つけ次第、キラが手元の射出装置……クロスボウというらしい。を使って矢という小型の細長い飛翔体を撃ち込んでいく。
キラの射撃の腕は確かで、頭部や頸部に矢が付き立つたびに死者が悶え、手足をじたばたさせる。
「ヒヒ……」
そんなゾンビを眺めながら、キラはもともと眠そうな目をさらに細め、頬を紅潮させて喜んでいる。
こういうのは見たことがある。研究好きな仲間が大発見をした時にこういう喜びの絶頂にあった。
ただ、どうも、撃って当てることより……
「よし、ナイス!」
ズバッ!!!
そして、動きが鈍ったゾンビにウィルがとどめを刺していく。
動かなくなった死者をキラはすごくつまらなさそうに見ている。なるほど。当たってもがいているのが楽しいのだな。
◆ ◇ ◆
ウィルたち一行は道中ではぐれ死者を撃破しつつ、ちょうどいい木陰と井戸があったため、小休止することになった。
子供たちが井戸に殺到して、水を飲み始める。
老人たちが座ってお喋りしながら休憩している。
ウィルは周囲の警戒のためぐるりと周囲を見回ることにした。
- - -
木陰でジョセルとキラが立ち話をしている。ウィルに何の気もなしに話が聞こえてくる。
「……お嬢様、あの錬金術師が変です、ずっとボクを見てて」
「む、キラにも春ですか。のろけですか」
「そういうのじゃなくって、何でしょう……なんか役人が書類見てるみたいな目で」
「錬金術師のことだから、なんかの素材に使えると思ってるんじゃないです? まぁ、たまによくあります」
「よくあったら困りますよ、なんか格好も変だし」
「恰好はあんなもんじゃないです? どうせ“塔”の錬金術師なんてもっと変ですし?」
「比較対象それでいいんですか……?」
「まぁ、キラを素材にするなんて許さないですから。それは私の権利です」
「……」
会話が止まった。聞かなかったことにしよう。
- - -
さらに進むと、アメノが居た。
いつも通りの無表情で木を眺めている。
その木は枝を高く伸ばす種類で、その先に花が咲いている。
アメノでは手を伸ばしても届かない距離。
持ち前の身軽さでぴょんぴょん飛び跳ねているが、うまくつかめないようだ。
欲しいのかな?
軽い気持ちで手を伸ばすと、花を折り取ってアメノに渡した。
「……ありがとう!」
アメノは突然花を貰って、軽くびっくりすると、すぐにお礼を言って微笑みかけてきた。
どういたしまして。
「大切にする」
というと、アメノがそっと手で押し包んで、大事に大事に箱にしまい込んでしまった。
いや、そんな大事にしなくても。
「ウィル殿が採取した、大変貴重。大事にする」
とにこりと笑う。
……って、これってレディに花を捧げてる?!
やばい。
しかもアメノもとても嬉しそうだ。渡した花をあんなに大事にしまい込んで。
……まさか、アメノは俺のことを……。
そう思うと、陽光に照らされるアメノの髪が途端にきらきらして見えてきた。そしてアメノの服がきらりと光って、その下の素肌の記憶が。
……ってそんなことを考えている場合じゃない。まずはみんなを送り届けないと!
ウィルは目をつぶってぎくしゃくした動きでその場を立ち去った。
◆ ◇ ◆
アメノたちは移動を再開した。
「……新しい植物サンプル、戻り次第分析を」
アメノはニコニコしながらつぶやく。
しかしウィルはなんか先ほどから動きが硬いが何かあったのだろうか?
「うぉっと」
「こら! クソガキ! 気をつけて歩きやがれです! 血でも流したらえらいことですよ!」
よそ見しながら歩いてこけそうになる子供をジョセルが叱り飛ばす。
「そうだな、やつら、音と匂い……特に人間の新鮮な血の匂いには敏感だから気を付けてくれよ」
ウィルが補足する。
そうなのか。しかし、死者の行動原理は血と音だけでない気もする。いろいろ試してみる必要がありそうだ。
「えーん、お嬢様に怒られたー」
「だから、走り回ってんじゃないで………」
ふみっ。
「ふぎゃっ?!」
長く黒いローブの裾を踏んで、こけた。
ジョセルが。
顔面から地面に突っ込む。痛そうだ。
「あたたた……」
鼻に手を当てたジョセルが、自分の手を見て……固まった。
「血が……」
だらだらと鮮血が顔から手、胸元に垂れていく。
「手当を!?」
近づこうとするウィルとキラを制止する。
「近づくんじゃあないです!!!」
ジョセルは一生懸命鼻をつまんで血を止めようとするが、そんな原始的な止血法は興奮するものだから、もう服にもべっとりと血が付いている。
……医療モジュール展開。止血モード。
アメノは腰から医療モジュールを伸ばすとジョセルに近づいて行った。
「こ、こうなったら鼻を石化………だめ、もう出た血が多すぎる……」
ジョセルはブツブツ呟いている。
「ははっ、クソッタレ!!」
ジョセルはそういい捨てると、大きな黒い目から涙をぽろぽろ流し始めた。
「おい、騎士。ガキどもを頼みますよ、私は村に戻ります」
「何を」
「さっさとしやがるんですよ!! すぐにでもバケモノどもは私に襲い掛かってきますからねぇ!」
というと、ジョセルは逆を向いて、村の方に走り出した。
待ってほしい。止血ができない。
「だめだ!!」
ウィルが走りよってジョセルを抱き留める。ぐっどじょぶ。
「ちょ!? 離せ、離しやがりなさい、どこ触ってんですかスケベ!」
「治療」
ウィルの腕の中でじたばたもがくジョセルに近づく。
医療モジュールをジョセルの顔に当て血内物質に直接干渉して固めた。タオルで顔をぬぐって、血が止まったのを確認する。
「止血完了」
「……回復魔法覚えられなかったんですよ私は」
ジョセルは座り込んだまま、ぶつぶつと何か文句を言っている。
そんな彼女をウィルが無理やり立たせる。
「いくぞ、見捨てられるか」
「バカですか? こんな血だらけの服で一緒にいったらバケモノの目印ですよ!!」
なるほど、ならば解決は単純。
- - -
「……うう、いっそ殺して」
白い薄手のキャミソールとドロワーズだけになったジョセルが、馬車に転がったまま泣きながら力もなく呟く。
一行の後ろに血だらけの黒いローブと血をぬぐったタオルが立ち木にぶらさがって残されていた。
首元の受信機がうるさくなってきたのでアメノは皆に急ぐように伝える。
「急ぐべき」
「もちろんだ」
ウィルたちが足を速める。
『さっきからその馬鹿女がグダグダ騒いで血の匂い振りまいてるせいで、周りから1000体単位で死者が近寄ってますよぉおおお?!』
『その馬鹿女を捨てて逃げてくださいマスタアアアアア!?』
サポートAIの絶叫が受信機に響いていた。
金曜日夜更新分です。




