17 狩人と魔女
柵や溝で荒く区画分けされた農地には雑然と草が生え始め、牧草地からは家畜の姿が消え失せている。そしてその真ん中に滅亡した村がひっそりと佇んでいた。
木で屋根を葺いた粗末な家が立ち並び、土を塗りこめた壁はあちこちが破壊され、全体が傾いている家や焼け落ちた家もあった。
そこで、ウィルとアメノはクロスボウを携えた銀髪の少年と出会った。
「……え、うそ。人がいる?」
瞼を半分さげた眠そうな表情のまま少年がつぶやく。
「おお、生き残りか。無事だったのか」
「そっちこそ、良く生きてたね……?」
そう言いつつも、少年は手元でキリキリとクロスボウを巻き上げている。全く油断していない。
ふぅ、と一息ついてウィルは剣を鞘にしまった。騎士ウィルファスだ。と自己紹介して彼を救いに来たことを告げる。
「ふぅん。ボクはキラ。この村の狩人だよ。お姉さんは?」
まるでリボンか獣耳のように跳ね返っている銀髪を揺らして、狩人のキラがアメノに振り向く。
「私は銀河知性統合政府、盾ケンタウルス腕第563辺境調査団第13調査班所属、科学者タイプ、アメノ-リシィア-22」
「……ぱないね」
いきなり淡々と意味の分からない単語を並べられて、キラは毒気が抜けたようだった。
「アメノと呼んでほしい」
「……よろしくアメノさん……で、お兄さん達はなんで生きてるの」
ウィルは説明した。
「ここから南の森の中に、死者の寄り付かない湖がある。そこで暮らしている。良ければ一緒に逃げよう」
キラは眠そうな表情のまま答える。
「ふうん……でもボクは仕事があって。村を漁ってご飯を持って帰らないといけないんだ、面倒だけど」
ほかにも生き残りがいるのか!
こんな感じであちこちに生き残りがいるなら、思ったよりも早く復興に手を付けられるかもしれない!
ウィルは一気に希望が湧いてきた。
「そこに案内してくれ、一緒に逃げるなら今しかない」
「逃げる……って、こんな状態でどこに逃げれるの。村の外はどこもバケモノだらけだよ?」
なんか信用がないようだ。よし、ちょっと大げさに言うか。
「ふふふ、実はこちらの偉大な錬金魔導士であるアメノ様が、死者の居場所をすべて把握している」
「まじで」
「あそこの空に浮かんでる玉が見えるか? あの玉には遠見の魔法がかかっていて、我々の国……ローダイト王国全土が見える」
「魔法ではなく、技術」
「ああ、錬金術だ」
アメノが抗議してきたので訂正する。
「……ぱないね、確かにすごい錬金装備してそうだし……」
キラはアメノの衣服についたいろんな装備を見ながら、納得したようだった。
「というわけで、生き残りのところに案内してくれ」
「やめたほうがいいかもよ……?」
「なんでだ」
- - -
村の中央に大きな屋敷がある、村の領主の家らしく、実に立派な構えである。問題は壁やら屋根をことごとく破壊されつくし、ガレキの山と化していることである。
ウィルとアメノを連れた狩人のキラは、そのガレキの山の裏に回り込むと、コンコン……とガレキを叩く。
ギギィと地下が開いた。地下室への道だ。中級以上の土属性魔法で偽装されていたようで、まったく入り口があったようには見えなかった。
「立体映像カモフラージュ……これは核文明レベルの技術?」
アメノが良く分からないことを呟いている。
そして、キラが突然引きずり込まれた。
「おぅ」
「キぃいラぁあああーーー、てんめぇ、どこまで行ってやがりましたか! お腹が空きましたよ殺す気ですかこのサボリ家臣!!」
中から小声での罵倒が聞こえる。
キラの襟首をつかんでいるのは、黒い漆黒の長い髪をなびかせた、ぞろりとした黒一色の足元まで覆うローブをまとった若い女性である。背はすらりと伸びて、胸部のふくらみはローブの上からでもわかるぐらいだ。
キラは慣れているのか、眠そうな表情のままでぼそりと呟いた。
「お嬢様、静かに。バケモノが来ますよ」
「ひっ?!」
黒髪の女性は慌てて口をつぐんだ……周囲が静かになる。死者のうめき声はしない。
「……それはそうと、メシはどこですか」
「それはそうと、お客様」
襟首をつかまれたまま、キラがウィルたちを指さした。
- - -
「……ウチの王国の紋章ですけど、知らない騎士ですねぇ」
ウィルをじろじろと見ながらつぶやくこの女性はこの村の領主であり、ジョセルと名乗った。見た目の通りの魔女貴族である。
「騎士叙任の式は2年前に」
「でしたら私は“塔”にいましたから知らないです」
“塔”とは中つ国人間諸侯領最高の魔法学院“遠見の塔”のことである。
「まったく、たまの休暇で帰ってくればとんだ災難です」
「そうそう、居なきゃよかったのに」
「……キぃラぁ?? なんか悪意を感じますよ?」
「ふぁふぁ? 気のふぇいでは?」
ジョセルが茶々をいれたキラのほっぺを引っ張り上げている。
「ええ、危機的状況だ。なので、一緒に逃げませんか?」
ウィルが提案する。
「逃げろ……ですかぁ?」
ジョセルは胡散臭そうにウィルを眺めた。
「はい、今ならバケモノどもも少ない。俺たちの拠点の南の森には死者共も少なく、安全かと」
「そっちは森人や魔獣のナワバリですけどねぇ?」
「まだ、勝てます」
ふん……とジョセルは何を言うのかという顔でウィルに説明し始めた。
「ごらんのとおり、ここは私が隠蔽していますし、今までバケモノどもからこれで逃れてきたんですよぉ? いきなりそんな良く分からないところに行く必要はないですね」
「しかし、バケモノが少ないのは今しかない」
ウィルはアメノの偵察結果について説明すると、ジョセルはじろじろとアメノを見て言う。
「ふうん、錬金術で偵察?? でも、変な格好ですねぇ。あなたは出身教室はどこです?」
「教室? 最後の教室は第342教室」
「はっ、そんな教室は知らないですよ私は! “塔”の出身じゃないってことは“帝大”ですかぁ?」
ジョセルが、“遠見の塔”に次いで高等な魔法学部のある旧帝都の大学の名前を挙げる。
「テイダイというところには行ってない」
「ふん! モグリの詐欺師じゃないですかぁ!」
ウィルはさすがに見逃せずに反論する。
「詐欺師ではない! 魔道船を持っている立派な錬金魔導士だぞ!」
「それが“帝大”か“塔”以外のどこで学んだっていうんですか。信用できませんねぇ!」
言い争い始めたウィルとジョセルに、キラが口を挟んだ。
「……お嬢様、なんでもいいけど、もう食料ないよ」
「え……」
「ないよ、探しつくした」
「うぇええん、おなかすいたよう……」
絶句するジョセルの後ろから一斉に泣き声が起きた。見ると子供ばかり10数人もいるだろうか。
「ええい、黙れ! 黙りなさい! 黙らないと絞め殺しますよこのクソガキども!」
それを見てアメノが話しかける。
「お腹が空いているのか?」
「そう言ってるじゃありませんかこのモグリ」
「……では、これを。私もこれが最後の給食」
そういうと、アメノは残念そうにパックにつめた固形キューブ食を差し出した。
感想ください!
 




