16 カッコよく戦って
人を護りたい。
たとえ国が滅びようと、世界が終ろうとも、騎士が一人残っている。
ウィルは騎士だ。
目の前の女の子を意識してしまう青年だが、騎士なのである。
「報告。このあたりに人間がいる。生きている」
というとアメノは手元の魔術箱を操作して、地面に地図の幻影を映し出す。
「人が生きている!? 詳しく!」
それはウィルがアメノに抱いているちょっと後ろめたい気分が吹き飛ぶニュースであった。
「これが現在の死者の濃度」
地面に投影された地図に踊るような人型の印が大量にあふれ出た。
「はええ」「さすがは魔導士様だ」
燻製屋夫婦は幻影魔法が珍しいのか、ただただ驚いてしげしげと地図の模様を眺めている。
まぁ、俺は騎士だからこういう幻影魔法を見たことぐらいある。……こんなに精度高かったっけ?
ウィルの疑問をさておき、アメノが続けた。
「前回、我々が戦闘を行った場所は、現時点では死者濃度が最大。おそらく派手な動きをするとそこに集まってくる習性」
アメノが地図の一点、崖のある場所を指さす。
「逆にこちらは非常に濃度が薄い。知性生物の集落らしきものがある」
「そこに人間が?」
「肯定、ここで、ゾンビとは違う生命反応を探知。非常に高い確率で、人間と判断」
アメノが頷く。
……ところでどうやってそんな情報を手に入れたんだ?
「探査ビーコンで調査した。あの空を飛んでいるのがそれ。この惑星は球形をしているため一定の高度からの観測は距離的な制限がある。地平線の先は観測不能。よって、探査ビーコンを打ち上げ、高高度から観測することにより、新たな距離、つまり観測者の高さの平方根に被観測者の高さの平方根を加え、それに定数をかけた距離まで計測可能となった」
ごめん、わからない。
「……つまり、高いところからは遠くまで見える」
とてもよくわかる。
いずれにしても、生き残りがいるということならば救いに行かなければいけない。もちろんすぐいこう!
「待って、あなたの装備を少し貸してほしい」
◆ ◇ ◆
調査船の中。
『なんでそんな危険なところに行かれるのですかーーー!?』
ウィルのロングソードを汎用精製機にセットしながら、アメノはサポートAIが騒ぐのを聞き流していた。
『他の原住人類がいるって言ったって、そんなのマスターには関係ないですよね! あのオスを適当に操って鉱石を持ってこさせれば修理は可能なんですよ!』
スキャン結果を確認する。非常に原始的な加工しかされていない。金属の純度を上げていくのと、結合構造を組みなおす必要があるな。
『たしかに生き残りを飼いならせば労働力にはなるかもですけどぉ!! 反乱したらどうするんですか不安定要素です!! 不要なリスクですぅ!!』
AIは2頭身の頭をぶるぶると振りながらアピールする。大きなリボンがわさわさと揺れた。マスターが明らかに非論理的な行動をしているときに諫めるための、緊急説得モードに入っているようだ。
「Please AI, これはとても重要な研究のチャンス。リスクを負う必要がある」
『むぐ……かしこまりました、マスター』
最優先命令権を使用してAIを黙らせてしまった。しかし冷静に考えればその通りなのである。未知の文化の研究サンプルならば今の3人でもまだまだ研究余地があるし、鉱石探しならウィルだけでも十分だ。
だが、ウィルがあれだけ人助けに固執している以上、彼に協力してあげるのは今後の友好関係構築のために重要だろうし……何よりも
ウィルが戦っている姿は美しい。
無表情なまま、ウィルの剣と鎧の加工を行っているアメノはどことなく楽しそうで、AIはむすっとしながらその様子を眺めていた。
◆ ◇ ◆
ズバッ……
第一陽も第二陽も天高く昇っている。昼の日差しが街道に照り付け、死者の首がするりと落ちた。
切り裂いたのは全身に鎧を着こんだウィルのロングソードである。
「ものすごい切れ味だな……」
ウィルは太陽を反射して見違えるように輝く自分の新しいロングソードを眺めて呟いた。
刀身に付着した体液を草で拭おうとして、草がすぱりと切れてしまった。これでは常に気をつけないと鞘にしまうときに指を落としてしまいかねない。
「金属の純度と構造組成を調整して強度を引き上げた。これは斧と同じ。刃の部分は単原子までの薄さを確保して、切断能力を向上。さらに使用中の刃こぼれを考慮して、重層式結晶すべり構造を採用した。つまり、非常に薄い金属結晶を何層にも重ねることで、刃こぼれするたびにすべって剥離し、切断面の薄さを維持することができる」
「9割理解できなかったが、要するに永久に刃こぼれし続けることで、手入れ無しで無限に切れ味が維持できるってのか……」
ウィルが信じられないものを見るように刃を眺めていた。
- - -
「うあー」
またもや死者がウィルに襲い掛かる。
しかし、金属鎧を着ているとは思えない身軽さで、ウィルは襲い掛かる死の腕をよけ、その脚を斬り飛ばした。そして倒れ込んだその首にロングソードを突き立て、とどめを刺す。
「鎧がすごく軽くなったんだが……強度は大丈夫か?」
「そちらも金属構成を調整して強度を上げたのと同時に、三次元立体ハニカム構造を採用して複層型装甲に改編した。厚みが少し増したが、空隙を増やした分だけ重量は大幅に軽減できた。そして全体的な強度はむしろ向上。斬撃や打撃を受けても衝撃を分散し、肉体にダメージを伝えないようにしている。また金属片の裏に樹脂部を確保して稼働時の騒音も軽減した」
「何言ってるかわからんが、軽くて丈夫になったのは分かった」
結局、ウィルは目的の村に着くまでに単体や少数でうろついている死者を次々あわせて11体、ほとんど危なげなく処理していた。
「じーーー」
なぜかアメノが、戦闘中もずっとこちらを見つめてくる。その顔を見るとウィルは今朝方やらかしたことを思い出してとても気恥ずかしくなってくる。
できれば見つめてほしくないのだが、流石にそんなことを説明できるわけもなく、戦闘に集中するのであった。
なお、燻製屋夫婦はお留守番である。敵が少ないという事前情報があるとはいえ、死者の支配地域のど真ん中に遠征するのだ。ついて来られそうにないので置いて来た。
万が一ウィルたちの不在中に死者か魔獣の襲撃があった場合は、湖の調査船によじ登るようにアメノが指示している。
- - -
ウィルたちは生き残りが居るという村に着いた。
戸数は40~50戸だろうか。
数百人が住んでいただろう家々は窓を壊され、戸を破られ、あちこちに血痕が飛び散って凄まじい虐殺が行われたことを物語っている。
しかし、その村人たちの亡骸は一つたりとも見当たらなかった。それすなわち、死者の列に加わったのだろう。
ウィルは想像以上の凄惨な光景に眉をしかめつつ、生き残りを探すことにした。少ないとはいえ、死者がどの家から飛び出してきてもおかしくない。神経を張り詰めながら村に足を踏み入れた。
その後ろをすたすたとアメノがついてきた。
待て。とアメノを制止する。
ウィルの前に死者が一体姿を現した。家の陰でゆらゆら揺れている。まだこちらには気が付いていないようだ。
壁沿いに進んで、できるだけ音を立てずに首を飛ばすのがいいだろう。と、ウィルが慎重に進み始めると。
ビシュッ!!!!
死者の首に矢が突き立って、家の壁に縫い付けられてしまった。
じたばた。じたばた。
死者はもがもがと手足をばたつかせていたが、もう一筋。
ビシュッ!!!!
脳天に矢が突き刺さり、びくびくとなって……動かなくなった。
「イヒ、イヒヒ……」
不気味で、どこか楽しげな声が響く。
声がする方にウィルが振り向くと、大きなクロスボウを持った少女が一人立っていた。
眠そうな半開きの目に暗く青い瞳。癖の強い白に近い銀髪が跳ね上がっており、頭にバンダナを巻いて押さえつけている。余った髪は背中まで伸ばし、括って一つにまとめている。
身体には白いマントを巻き付けており、一振りのショートソードをぶら下げている。
「……え、うそ。人がいる?」
……訂正。声は少年だ。
 




