エピローグ。
「こうして、誰も殺さず、なにも傷つけず、世界を滅ぼす魔竜から、おっさんロワは世界を救いました。そうして末永く、シェスティンさんとモンブルマ山で暮らしましたとさ」
疲れ切った表情の女が、両側を子どもに挟まれながら、粗末な布団の中で一冊のボロボロな絵本を読んでいた。独特の臭いがする魚油を使った灯りは薄暗く、絵本の絵が子どもたちに見えているかどうかもわからなかった。
「ママ、ボクこの『おっさんロワ』の話キライ。全然おもしろくないんだもん。『騎士物語』を読んでよー」
女の左側で絵本をのぞきこんでいた、兄と思われるこどもが不満そうにいった。
「ごめんね、シム。明日は『騎士物語』にするね。でも、このおっさんロワの話って、素敵だと思わない?」
女は優しい目で、自分の体に身をすり寄せている、男の子に優しい声でたずねる。
「全然かっこよくないよ。ボクは将来、強い騎士になってママを幸せにしてあげたいんだ」
そのことばに、女は男の子の頭をぎゅっと抱きしめ、ありがとうとつぶやいた。
そのとき、反対側から絵本をのぞきこんでいた少し小さい男の子が、その体をいっそう女にしがみついて、女の耳元でささやく。
「ママ、ボクは『おっさんロワ』のおはなし好きだよ。うちにもロワさんがくればいいのにね」
ゆらめく灯りが、涙で潤む女の眼に反射した。
両脇の子どもを強く抱きしめた女は、今日は寝ましょうと子どもたちに告げると、灯心をつまんで消した。
白馬の騎士にあこがれた乙女は、いつしか人の妻となって少女時代のあこがれを笑い話にしてしまう。
しかし、夫を病気や戦争で失った女たちは、心のどこかでいつか自分のところにも、おっさんロワがあらわれるのではないかという夢をみる。
3人の夫と死別したシェスティンを、女神のように崇拝したといわれる、世界を救った英雄が自分のところにあらわれる夢を。
今はもう、剣の達人テシカンや、呪術師クデンヤ、槍投ウゼの名前を知るものはほとんどいない。
だが、おっさんロワの名前は、世界中の子どもたちが知っている。
元気な男の子にとっては、退屈なおはなしの主人公として。
心のやさしい子どもにとっては、自分たちも物語の主人公になれるかもしれないという象徴として。
「ママ、ところで魔竜ドリュラトはどうなったの」
暗闇の中で、小さな男の子がたずねた。
「魔竜ドリュラトは不死の存在。いまもモンブルマ山にいる。でも、おっさんロワの子孫たちが見張っているから、あなたは心配しなくていいのよ。おやすみなさい」
しばらくすると、3人の安らかな寝息が部屋にきこえはじめた。
おしまい。
長らくのご愛読ありがとうございました。
はじめての連載で、至らぬところやお見苦しいところがあれば、この場を借りてお詫びいたします。
感想や評価をいただければ、次の作品への励みになります。
お時間あれば、ぜひお願いいたします。
まだ描いていない部分もありますので、どこかで数話追加で更新するつもりです。
次はもう少し強いオッサンものを書きたいと思っています。
明日、どうでもいい設定と備忘録を追加しますが、本編とはまったく関係ありませんので、興味のある方だけお読みください。