こいつらいったい、なにをいってるんだ?
私が本当に、このモンブルマ出られないかどうかはわからないが、支払としては最も可能性が高いはずだ。
魔竜を滅ぼすという願いに対する支払は、私か、大切な人の死が相当であろう。
ならば、誰かを山から逃がさないという願いをすれば、自分もそこから逃げられないというのが相応の支払だと思われる。
もちろんヴィーネ神がなにを要求するかは、文字通り神のみぞ知ることがらなので、実際のところはわからない。
しかし、相手がこの説明で納得できるのであれば、特に問題はなかった。
ドリュラトは、しばらく考えてからいった。
<お前を食い殺すのは容易なことだが、お前のいう神の力は恐ろしい。ならば、たかだか30回の夏、30回の冬くらい待ってやろう。我の永遠の命と比べると、猿の命のなんとはかないことか。もし、お前が謀ったとわかれば、生まれたことを後悔するような目にあわせてやるぞ>
とりあえず第一関門は突破した。
時間はかかるだろうが、このドリュラトに人間というものを教え込み、共存できるようにしなければ。
<もう一つ、さきほどの約束を守れよ>
<約束?>
唐突なドリュラトのことばに、心当たりがない私は思わず普通にきき返してしまった。
<お前が腹いっぱいになるまで、我に虫を食わせてくれるんだろう? 約束は守れよ>
たしかに、なんでも好きなものを食べさせるという約束をしたような気もする。
<ああ、そのことでしたか。わかりました。おなか一杯食べられるように用意しますが、虫以外でもかまわないのでしょうか>
<虫しか食べるものがなかったのであって、もっとうまいものがあるなら、それでもかまわんよ>
虫を大量に集めるほうが、肉などを用意するより格段に手間がかかることはまちがいない。虫が好きなわけでなければ、人間の料理を食べてもらうのもかまわないだろう。
<それでは契約成立ですね>
私のことばに、竜は首を横にふりながらいった。
<契約? 呪いのまちがいじゃないか。お前が我にたちの悪い呪いをかけたのだ>
そういいながらドリュラトは、洞窟の中に戻っていった。
魔竜が洞窟に戻っていく姿を見て、4人はどうするべきか考えあぐねているようだったので、苦笑いしながら、私は4人にここを立ち去るように身振り手振りで伝えた。
全員で途中で休憩した湧き水の場所まで戻り、緊張からの解放にホッとして一息つく。
それぞれが手を洗い、清水でのどを潤すと、みなは車座になって私の報告を待ちわびていた。
木の枝を手にして、私は地面に文字を書き連ねていく。紙にペンで文字を書くのは苦手だが、地面に文字を書いても下手だとわかりにくいので気に入っていた。
「魔竜の名はドリュラト。雌。贈物では滅ぼせない。私の贈物の力でモンブルマ山から出られなくした。代償に私もこの山から出られない。私がいなくなると逃げ出す。暴れないよう取引した。魔竜の食事を用意すること。私もこの山に住む。魔竜には知性がある。可能なら人間と敵対しないよう説得する」
ビッデが私の書いた文字を読みあげると、なぜか鼻をすする音がきこえた。
目を真っ赤にしたテシカンが、いまにも泣きそうに嗚咽をもらしている。
「オッサン、いやロワさん。あなたこそ真の勇者だ。ここに魔竜を封じるために、自分の人生を捨てるなんて、俺にはとても真似できない。ちょっとばっかし剣の腕前に自信があるくらいで、あんたをバカにしていた俺を許してくれ」
「ロワさん、私も考え違いをしていました。我が槍に誓って、あなたこそ真の英雄です」
「オッサンがただものでないことは、俺にははじめからわかっていたぜ。さすがだな」
「かくもヴィーネ神は偉大なり!」
こいつらいったい、なにいってるんだ?