魔竜をおびき出す。
小休憩ののち、私たち5人はふたたび山をのぼりはじめた。
「もし、魔竜があんたのことを襲ったら、俺たちはあんたを守って戦うからな。そのことだけはわかってくれよ」
クデンヤは鉈をふるいながら、いつにない真剣な声でいった。
「そうならないことを期待しますよ」
そう答えると、また無言で斜面をのぼる。
半刻ほどの時間がすぎ、あとどれくらい時間がかるのかをきこうとしたとき、先頭のクデンヤが振りかえって唇に指を立てた。そして、進行方向にむけて人差し指を二回ほど指し示す。
この先に魔竜はいるのだ。
魔竜の洞窟は、その手前が小さな棚のような平地になっているらしく、4人は以前、そこで魔竜と戦ったという話をあらかじめきいていた。
私は大きくうなずき、手のひらを開いてクデンヤの方に向け、待ってほしいと頼む。
意思が通じたようで、クデンヤもうなずく。
服が汚れることも気にせず、私は斜面に腰をおろし、目を閉じた。。
ヴィーネ様、私はあなたの贈物で世界を救いたいと思います。魔竜と話がしたいです。
あの音はきこえなかった。目を開いても体からは黄色い光は出ていない。
なにか間違ったか。ことばに問題があるのかもしれない。
慈悲深き女神ヴィーネよ。我は魔竜との対話を請い願う。
少し難しい感じで考えてみたが、特になんの反応もない。願い方が足りないのか。
本当に心の底から願います。魔竜と話をすることで世界を救いたいんです。支払いが何になるのかはわかりませんが、私はそれを受け入れます。ヴィーネ様!
これでもダメ?
瞼を開くと、他の4人が私のほうを心配そうにみつめていた。
「少しうまくいかないみたいなので、もう少し待ってくださいね」
目を閉じて、一心不乱に魔竜のことばが話せるように願う。
魔竜と話したい。願う、願う、願う。マリューと会話。魔竜とお話がしたいなぁ。魔竜と意思疎通したい。
いろいろと考えてみたが、まったく反応がない。なぜ願いがかなわないのだろうか。瞼を閉じていていても、4人の視線を感じる。なぜ贈物が発動しないのか。そもそも魔竜とはなんだ。私は一度も魔竜を見たことがない。魔竜という存在をなんとなくは理解はしているが、はたして大きなトカゲなのか、大きな蛇なのか、そういった知識すらなかった。やはり実物をイメージしないことには贈物も発動しないのではないか。
そう思い当たった私は、おそるおそる目を開き、こちらを注目している4人に小声で伝える。
「いま、贈物を使おうとしたのですが無理でした。私は魔竜の姿を一度もみたことがないので、願いが具体的にならなくて、それが原因だと思います」
「だったら、私が魔竜を洞穴からおびきだします」
そういってウゼは槍を左手にうつし、背中の投槍を右手に握った。
「攻撃すると、また巨大化します。竜に手を出してはいけません」
ビッデのいいぶんはもっともだが、ウゼには考えがあるようだ。
「大丈夫です。私の投槍を魔化したのはクデンヤですから、いま私が持っている投槍にはすべて炎の力がこめられています。これを入口近くに投げれば、大きな音と炎があがりますから魔竜は必ず洞穴からでてきます」
他の3人からは、特に反対はないようだった。
「じゃあそれでいこう。洞窟が見える場所までいき、ウゼは槍を投げてくれ。俺とビッデはオッサンを守る。クデンヤはウゼの援護だ」
すこし斜面を登ると開けた場所があり、その奥に洞窟が口をのぞかせていた。
私とビッデ、クデンヤの3人は、洞窟の右側にあるこんもりとした木の茂みに姿を隠した。
ウゼとクデンヤは、洞窟の左側から入口に近づいていった。
クデンヤの詠唱がはじまる。いざという時の準備だろう。
いよいよ人生をかけた戦いがはじまることになる。