不運はしばしば福をもたらす。
それからしばらくして、アギロバさんにより排水坑の掘削が決定され、メコアの町は喜びに沸きたった。
小火で2部屋が使えなくなり、寝具がひとつ足りない部屋があるとはいえ、唯一の宿屋であるわが赤銅亭がこれから忙しくなることは間違いない。
昔から、不運はしばしば福をもたらすといわれているが、小火が富を生み出すとは思わなかった。
排水坑が掘削されることが決まった夜、アギロバさんから、10日くらい後に鉱山技師があと5名ほどくるので部屋を空けておいてほしいとお願いされたのだ。排水坑が完成するまで、少なくとも半年はかかるらしいから、毎日宿代として銅貨60枚が収入となる。10日で正銀貨6枚。100日でヴィーネ金貨3枚の計算だ。これで貧乏から脱出できるに違いない。その夜は興奮でなかなか寝つけなかった。
翌朝、眠い目をこすりながら鉱山にむかう。鉱山の仕事をしなくとも生活できるめどが立ったように思えるが、約束は約束だ。鉱山の仕事は辛いことばかりだが、鉱夫たちは食堂のお客さんになるかもしれないと考えると、いきなり辞めるわけにはいかない。
小火の翌日も仕事を休まなかった。
この町での暮らしはそれほど長いわけではないが、いつ事故で死ぬかわからない鉱夫たちが、特に信義を大切にすることは学んでいた。約束を守る男は尊敬されるのだ。私はシェスのためにも、尊敬される男でありたい。
いつものように、下財頭のワベにからかわれても、今日は気にならなかった。
明日でこの仕事も終わりだ。そう思えば、すべて許せてしまう。
単調できつい水のくみあげも、なまっていた体を鍛えなおすことができたと思えば、意味のあることだったかもしれない。
鉱山での仕事が終わると、ベンユ爺さんと大工の親方のところへむかう。爺さんに保証人となってもらい、大工の親方にツケで階段の修理と火事があった部屋の改装を依頼するのだ。
親方いわく、部屋を見てから正式な費用を決めるとのことだが、正銀貨6枚くらいになるだろうとのことだった。排水坑の話はすでに伝わっていたので、支払いも問題ないだろうといわれ、明日にも仕事にとりかかってもらえるらしい。
ベンユ爺さんには保証人となってもらうかわりに、なけなしの正銀貨1枚を支払った。
あとで、シェスは強欲な爺さんだと怒っていたが、ベンユ爺さんが私の保証人にならなければならない理由はないし、正銀貨1枚は適切な対価だと思う。排水坑を掘るために、たくさんの鉱夫が雇われるだろうから、また朝の食堂をはじめてもよいだろう。
支払という贈物を呪いだと思ったのは、大きな間違いだったのだ。
ベッドの中で、シェスと食堂の再開についてあれこれとはなしをする。
6人のお客さんの朝食を用意するなら多めにつくって、また食堂を再開してもいいのではないかというと、シェスは泊りのお客さんに満足してもらうよう集中するべきだという。
鉱泉に焼き石を入れて、温泉にすれば喜んでもらえるといえば、シェスは誰もが温泉が好きだとは限らない答える。たしかに、シェスはあまり鉱泉が好きではないようで、体を流すくらいしかしなかった。
たわいのないことをあれこれとはなしていると、シェスがウトウトしはじめた。
動物は、信頼する相手の近くでないと眠らないという。シェスは私を信頼してくれているのだろう。
これが永遠に続けばいいのにとは思うが、決してそのことを願わない。
支払う代償のことを考えると、願うことはできない。
今の幸せで十分だ。
そのうちに、私も眠りに誘われる。
今日と同じ明日がくることを信じて。